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雨夜の月(異世界恋愛)


何度この想いを口にしたら、貴方は受けとめてくれる?







「――リシア様」



鳥の囀りとあたたかな木漏れ日に包まれながら、ゆうるりとその両目が開かれる。

数度の瞬きの後に焦点を合わせた、春の陽の光に煌めく一対の美しい青玉は、声を辿って一つの人影を捉え、輝きを増した。


「…レイド!」


身を起こすと、ふわりと長い桃色の髪が揺れた。

明るく輝く顔はまだ少しあどけなさを残し、美少女と言える外見だが、愛らしいという表現がよく似合う。

年の頃は十七、八歳といった所のその少女は、満面の笑みを浮かべて相手の名を呼んだ。


「――リシア様、講義の時間は過ぎていますが」


淡々と、感情のない声音は述べる。

冷たい緑の瞳が、彼女を射た。


「…だって、歴史の講義なんて、今更いらないのに…」


拗ねたように唇を尖らせる少女は大変可愛らしかったが、相手は微動だにせず、無言で見上げてくる。


「……」

「………」

「…わかったわよぅ」


暫し無言の闘いの後、先に音を上げたのは少女だった。

むっとしたような顔を、良いことを思い付いたとばかりに喜悦に染める。

そして、すっくと『木の枝の上』で立ち上がり、


「…リシアさ、」


驚いて顔を上げる緑の瞳を無視して、何の躊躇いもなく彼女は、


「……えいっ!」


――木の上から飛び降りた。


「……っ」


どさり、と音がした。

息を飲んだ音と、温かな温もりを感じて、少女は満足げな笑みを浮かべる。

はあ、と呆れと安堵の混じった溜め息を吐いた黒髪の青年は、少女を抱き留めたまま、咎めるような視線を寄越した。


「リシア様……危ないでしょう」


無表情ながらに眉を顰めた、涼しげな美貌の持ち主である青年の抗議の声に、桃色の髪の少女は明るく笑い掛ける。


「大丈夫っ!だって、レイドが受けとめてくれるってわかってたもの」


にこっと微笑むが、青年は嘆息を返すだけ。

何かを口にしようと薄い唇を開いたが、声を発する前に再び閉じ、諦めたように肩を落とすのだった。


「……それで、木の上で何を?」


すとん、とぶっきらぼうに地面に下ろされて、しかしその手つきは優しかったことにちゃんと気付いていた少女は、嬉しそうに、高い位置にある青年の顔を見上げた。


「ん?お昼寝よ」

「…………」


青年は、疲れたように息を吐き出した。






リシア・シェルティーザ。

その名は有名だった。

淡い桃色の髪に、深い青玉の双眸を持った、華奢な身体付きをした可憐な容貌の少女の名だ。

容姿の美しさだけでなく、彼女は、元素の聖霊全ての寵愛を受け、己の意志で彼らの力を使うこともできる『聖なる巫女』であった。

そして、僅かながらに癒しの力をも持ち合わせた『聖女』でもある。

――そんな、神に愛されているとしか思えない、奇跡のような存在は、この世に生を受けて僅か十八年の若い少女でありながら、『元素の聖女』をはじめとする多数の称号、呼称を有していた。


永世中立大国レゼナのエルスティア大聖堂。

そこに身を寄せる彼女は、日夜能力の制御の修業と、人々に癒しを与えるお勤めを持っている。

稀有なる存在――いつ何時、下賎な輩に狙われるとも知れない身なので、リシアには当然の如く護衛がいた。

エルスティア大聖堂には、多くの聖女が集められているが、その中でもリシアは類を見ない存在なので、護衛騎士が一個小隊程いる。

その、筆頭護衛騎士の名前が、レイクォード・エル・スティーリア――愛称、レイド。

黒髪に緑の瞳の、冷たい美貌を持った二十一歳の青年である。

無口に無表情に無愛想と良いとは言えない三拍子が揃っている彼だが、剣技の腕は神業並だ。

故に、その若さでリシアの筆頭護衛騎士を務めているのである。

……そして、リシアは彼に全幅の信頼を寄せ――恋心まで、抱いていた。

リシア達聖女は、婚姻を禁止されていないので、別に良いだろうという思いのもと――猪突猛進、思い立ったが吉日のリシア・シェルティーザは、常日頃から特攻を掛け続けているのである。

暴走系聖女は、日々自分の護衛騎士に熱烈なアプローチを掛けているのだが、如何せんレイドが朴念仁のせいか…全く相手にされておらず、はいはい、と適当に返事をされ、のらりくらりと躱され続けているのが現状であった。



「………」

「――何ですか?」


隣を歩いているレイドの横顔をじっと見上げていると、不審そうに問われた。

リシアは素直に口を開く。


「レイド…好きよ?」


彼女はかなり真剣に、想いを口にしたのだが、


「――リシア様」


ぴたりとレイドが止まって、リシアを見下ろす。

緑の瞳の人間は、とても稀だ。彼女は彼の森を思わせる瞳が大好きだった。

まっすぐな深みのある大好きな緑に、思わず見惚れる。


「…え?」

「……そろそろ正午です。早く帰らないと司教から長い説教が…」

「え、嘘、じゃあ急がなきゃ――って!」


毎回毎回小言を頂く人物のことを思い描き、焦ってつい反応したリシアは、直前の告白を思い出して、顔を顰めた。

せっかく告白したのに、真面目な顔で何を言うかと思えば。

ちょっとどきっとして、損をした。


「またはぐらかして…あ、待って、待ってー!!」


長い足ですたすたと行ってしまうレイドを焦って追い掛ける。

幸い、彼が途中で歩調を緩めてくれたので、追い付くことができた。

しかし、その時はもう、リシアは肩で息をしていた。



「もー、馬鹿ーっ」



罵りながら、レイドの腕を掴む。

先に行ってしまわないように、と。


「………」


諦めているのか、レイドは何も言わなかったが、さりげなく歩幅をリシアに合わせてくれた。

そのことに気付いたリシアは、嬉しそうな笑みを溢すのだった。





――聖女の想いが伝わる日は、いつのことやら。

彼らは今日も、不思議な主従関係を築いている。

携帯HPの方で連載しつつちっとも進まない話の第一話を改稿。元は読み切り短編だったのでさらっと読めるかと。なんとなく載せてみました。一応サイトでは看板的ペア。こちらでは連載の予定はありません…でも何か反応があったら嬉しいな。

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