飛んで火に入るなんとやら?(トリップ)
わーお、なんて呑気にオーバーリアクションしている場合ではないよな、と一人思った。
……実際は、僅かに目を見開いただけだったが。
目の前で、真っ赤な目を涙で潤ませ、更に赤く染めている可愛い生き物がいる。
なんか、ぷるぷるしてるし。可愛いなあ。
うーん、どうしようかな。
これはもう、これしかないだろう。
――イタダキマス。
合掌。
「そうか、迷子になったのか」
「…うん、帰れなくなっちゃったよう…」
ぐす、と鼻を啜る音。
傍に寄って、ぽんぽんとその背中を軽く叩いてやる。
出会ってこの方、たった数時間。その間、優しく相手をしていたからか、相手はすんなりとその身を擦り寄せてきた。
……可愛いなあ。
「でも、親御さんが心配してるんじゃないか?」
「ううん、父さんと母さんは、僕のこと大切に思ってくれてるけど、らぶらぶだから、早く独り立ちしてほしかったみたいで、ばいばいって」
「……そうか」
神妙に頷いて見せると、ふと思い付いたようにこう言った。
「実は一人で寂しかったんだ。よければ、一緒にいないか?」
唐突すぎるかとは思ったが、一度くらい断られるのを承知で言ってみた。すると驚いたことに、相手は嬉しげに了解したのである。
ちょっと事がうまく運びすぎているきらいはあるが、自分は好機をみすみす逃すような人間ではない。
数年前、わけもわからぬうちに見知らぬこの地へ唐突に移動していて、周囲にはほとんど人の気配もなく、何とか自給自足で暮らしていたわけだが――まさかこんな展開が待っていようとは思いもしなかった。
こんな幸運に見舞われるならば、たとえここが異世界であろうとも、人との関わりが、山を二つ程越えて十数人程の小さな集落に辿りつくという極端な程に少ないものであっても良い。
トリップ万歳。
目の前にいる幼い白銀の竜に優しく微笑みかけながら、常人よりもはるかに優れた容姿と能力とぶっとんだ思考を兼ね備えた少年は、内心で非常に腹黒いことを考えていた。
仲良く暮らしているうちに、数年が経ち、竜もそれなりに成長した。
ちなみに可愛らしいその竜は、一人称こそ「僕」だが、性別は女の子。
人の形とかなれる? と何気なさを装って尋ねた黒髪黒瞳の美貌の青年に、疑いもせずに頷き、嬉々として転化してみせた彼女がどうなったかは――言わずとも知れたことである。
ある日、突然異世界に来ました。
周囲には誰もおらず、仕方がないのでアウトドアな生活を始め、自給自足暮らしが二年程続きました。
人里の存在も知り、必要がある時はそこへ行っていたものの、もはや他人とのかかわりも面倒でトリップした山奥に小屋を建てて住んでいたある日、一匹の小さな竜に出会いました。
泣きはらした赤い瞳はとても綺麗で、一目で心を奪われました。
正直、竜のままでもよかったのですが、人の形をしていたほうが、何かと便利なので、よくその姿でいるようにお願いしています。
寿命などは違うかもしれませんが、どうやら髪や爪があまり伸びないことから、身体の老化がひどくゆっくりになっていることがわかったので、然程問題ないでしょう。
何が言いたいかっていうと、邪魔しないでくださいねってことです。
わかりましたか?
ある山賊の一団は、たまたま隣国との国境をねぐらにしようとした所、愛らしい少女と戯れていた青年にこてんぱんにやられ、消えない恐怖を刻み込まれて、以来相手の僕と化したとか――無垢な竜の少女はいつまでも、彼を疑うことを知らなかったとか。
ある意味、裏の世界の人間達の間で語り草になった、そんな話がある。
彼と彼女の二人だけの世界は今日も、平和だった。
やっちゃった感がありますが、すみません。楽しかったからいいかなって。
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