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短編小説集。(読切や未完過去作)  作者: 水月 灯花


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雲雀娘と猫かぶり狼2(異世界転生)

目の前で宙に浮かぶ美しい緑色の珠は、不規則に淡い緑の光を放っている。

王宮の最深部にある、祈りの間と呼称される広間に、神子の姿があった。

少し離れた位置から衛兵と神官がじっと見つめている。

神子が片手を伸ばし、宝珠に触れる。金色の髪がゆるく広がりをみせ、榛の瞳も一瞬で美しい翡翠へと変化した。


『主よ、汝が眷属の声を聴き、御使いの力を分け与えよ』


麗しい声が古き祝詞を唱えることで、宝珠の光が輝きを増す。通常であれば目を開けていられない程の目映い力の奔流に、控えていた人々は思わず目を庇ったが、神子だけはじっと宝珠を見据えていた。

凡そ幾度かの瞬きをする程の僅かな時間ではあったが、光は徐々に収束してゆき、広間は落ち着きを取り戻した。ゆっくりと神子は手を降ろす。


「――終わりました。部屋に戻らせて頂きます」


見る者を魅了する華やかな微笑を湛えて告げられた言葉に、慌てて人々は動き出す。神官が労いの声を掛けると、神子の為に道が空けられ、後ろから護衛がついてくる。

長い裾を優雅に捌きながら、颯爽と歩く神子。その後ろで、緑の宝珠は先程よりも力強く光を散らしていた。


自室に着くと、付き人たちを下がらせて、書斎へ向かう。緋色の柔らかい布張りの長椅子には、銀の毛皮にもたれ掛かりながらすやすやと寝息を立てる少女の姿があった。

椅子の下に力無く垂れた片手が、読みかけであろう本を床に置いた体勢になっている。

部屋に入ると同時に頭をもたげ、ゆるく尻尾を振る銀狼の頭を一撫ですると、神子は少女の艶ややかな黒髪に触れ、その頬にくちづけを一つ落とす。


「んん……?」


眉間に皺が寄せられたのが可笑しくて、小さく笑みを溢した。そっと手を差し入れて、少女を抱き上げる。起きていれば羞恥に声にならない悲鳴をあげるだろうが、彼女にとって幸いなことに眠りは深い。

大好きな「もふもふ」な毛皮とやらと引き離されて、寝ているのに表情が更に険しくなった相手がまた可笑しくて、神子は足早に寝室へと向かう。

そっと寝台にその身体を横たえて、自身も隣に入り込むと、腕の中に少女を囲いこみ、大きな純白の翼で包み込んだ。

現金なことに、翼に触れた瞬間表情が和らいだのが、これまた面白かった。

少女を抱き締めると、胸の辺りがゆったりと穏やかな気分になる。これが安らぎだと知ったのはつい最近のことだ。

再び、今度は前髪を掻き分けて額に唇を落とすと、長い金の睫毛が伏せられ、やがて穏やかな呼吸が場を支配した。隣室から音もなくするりと扉を通ってやってきた銀の狼が、番をするかの如く寝台の下を陣取り、丸くなった。

二人と一匹は安らかな昼寝の旅へ出たのであった。



神子とは、その名の通り神の子――正確には「神の力を持って産まれた子」を指す。五十年に一度の割合で産まれる為に、新しい神子が誕生した時、前任の神子がまだ存命である場合も少なくない。

ただ、緑の国ヴェルデでは、二代続けて神子が短命であり、次代への空白の期間がそれぞれ二十年程あった。何も神子は産まれてから五十年ずっと役割を続けなければいけない訳ではなく、ある程度宝珠が安定出来れば、次代へと繋ぐことが出来るので、差し迫った問題があったわけではないが――此度の神子が産まれた時、民衆は歓喜した。

なにしろ、王家出身の神子は百五十年ぶり。必ずしも王族貴族から産まれるわけではない神子だが、王家の血を汲んでいる方が不思議なことに宝珠が安定するのが早い。それは即ち、神子としての力が強いということでもある。

生まれてすぐに高位神官による占術の結果、神子は特定される。宝珠に触れて瞳の色が翡翠へと変化すれば間違いない。

今現在の神子は、王の亡き妹の忘れ形見であった。王族は血が濃い程に金の色彩を持ち、二対の純白の翼を持つ。加えて母親譲りの美貌を兼ね備えた、正に天の使いのような風貌であることから、人々の神子への憧憬は高まるばかり。

神子の名を、ルーシャ・リコス・ネフリティスという。少女のような美貌の現王の甥である。


「――起きてください、アルエ。私の雲雀さん」


声を掛け肩を揺するが、少女は微動だにしなかった。おまけにルーシャの翼はがっつり捕まれていて、動けば痛いことになるのは学習済みだ。


「……もう」


ひとつ、嘆息して。


「――アルエット。もう日が暮れました。まだ寝ているなら、私にお付き合い下さいますか……?」


とても蜜を含んだ色香の声が囁かれて、背筋に走る悪寒に黒髪の娘は飛び起きる。


「ごごごめんなさい!!」


一瞬にして寝台の端へと距離を取ってしまったアルエットに、少し寂しげにルーシャは微笑む。


「残念。でもあと一月もすれば貴女は私の連理になるのですからね。待ちます」


どうも、この顔のせいか、神子の衣装が中性的なせいか、アルエットははじめ、ルーシャが女であると勘違いしており、性別を理解したらしい今でも時折、無防備すぎる嫌いがある。こうしてたまには脅かして見せないとすぐに油断をするのだ。

にっこり笑って、夕食に行きましょうと囁く美貌の青年に、アルエットは顔を赤くしたり青くしたりしながら、こくこくと頷くことしか出来なかった。

食堂へ向かう二人に寄り添うように、銀の狼が付いてくる。


「ヴァイゼ。おはよう」


一見固そうだが、とても柔らかく至上の手触りの銀毛が心地よい。三角の耳の短い毛も良いけれど、首回りの襟巻きのような毛も捨てがたい、いやいやこの初対面の時から「もふかろう」と囁いてくる尻尾もまた――なんて欲望のままにアルエットが撫で回していると、ルーシャに止められた。夕食に遅れます、と。

名残惜しそうにするアルエットとは裏腹に、決して主とその連理を噛んだりはしないが、若干迷惑そうにしていたヴァイゼはどこかほっとしたように見える。

代わりと言っては何だが、寝ながら散々堪能していた筈のルーシャの翼を優しく素早く捕獲し、歩きながらわさわさと撫で回した。


「……どきどき、貴女は雲雀ではなく猫のようですよね」

「ええ、猫はルーシャでしょ。猫被りな狼さん」

「否定はしません」


こんな気安い関係になるまでにそう時間はかからなかった二人だが、逃げ出さなくなったアルエットを見ては嬉しいと感じるルーシャだった。



産まれる前に近衛騎士をしていたという実父は亡くなっており、元々体の強くなかった母もルーシャを産んですぐに儚くなった。王宮にて乳母の手で育てられたルーシャだったが、彼自身、幼い頃はその神子としての力の強さに体が付いていかず、寝込んでしまうことも度々あった。宝珠へ力を移してすぐは良いのだが、三日もすれば体内に力が溜まりすぎてしまう。

宝珠への力の移行はそれだけで負担が大きいので、一月に一回程しか出来ない。

そんなルーシャを見て、王宮の典医は一つ王に提案をした。数年前に引退した、自分の師でもある元王宮薬師が安らぎの森に住んでいる。あの近くにある王家の別荘で暫く療養し、師に具合を見てもらってはどうか、と。

元王宮薬師アマベル・ドローガの才覚の確かさは王自身がよく知っていた為に、ルーシャは早々と安らぎの森と呼ばれる首都の外れへ連れられていった。

城壁と半ば一体化したような森、少し向こうには美しい泉も見える。生まれて始めて見た王宮の外。

王家の別荘で荷ほどきした後、連れられたのはこぢんまりとした屋敷で、主である老婦人、アマベルは快く彼らを迎えてくれた。


「騎士様がた、少しお話したいことがございます。神子様は暫く、お待ち頂いても宜しいですか?」


アマベルが煎じたという薬湯は甘口で飲みやすく、すっかり飲み干してしまった頃にそう言われた。体調も今は安定しているので横にならなくとも問題ない。

「庭の羊達と遊ばれていても構いませんよ」とのことなので、せっかくならと庭に出た。勿論、護衛が二人付いているが。

この家の羊はメェメと呼ばれる種類のようだ。小さく愛らしく、もこもこの桃色の毛と真ん丸の瞳が特徴である。その毛はとても暖かく、首都から出た寒い土地では夜重宝されているとか。

人懐っこいメェメ達は、そういえば人の魔力や神力をおやつがわりに好む特性を持つ。試しに指先に力を込めて一匹の口元に持っていくと、我も我もと桃色の毛玉に群がられた。もこもこに潰される。


「ルー様ーっ!」


血相を変えた護衛に救出され事なきを得たが、念のためにと栗色に染めた髪はぼさぼさである。背中の翼は王宮の魔術師に隠してもらっているのであまり影響はない。

もうお仕舞い、と力を出さなくなった手を見せて告げれば、賢く聞き分けのよい羊達は、如何にも渋々といった体で散っていった。

余っていた力を食べてもらったので少しすっきりしたが疲労も大きい。


「……だ、だいじょうぶですか……?」


やれやれと溜め息をついたルーシャの耳に聞こえてきたのは、どこかおどおどした少女の声だった。

桃色の毛玉の背中に乗って、そうっと様子を伺ってくる五歳程の少女。黒い髪を左右で編み込み、大きな帽子を目深に被っているが、漆黒の瞳が見えている。


「ええ、大丈夫です。……あなたは?」

「おばあちゃんのおきゃくさま?私はアマベルおばあちゃんのまごのアルエです」


拙くも一生懸命に名乗る様子は微笑ましい。自然と綻んだ表情のまま、名乗り返した。


「私はルーシャといいます。暫く近くの屋敷に滞在して、アマベル様にもお世話になるのでご挨拶に来ました。アルエさんもよろしくお願いしますね」

「は、はい……」


恥ずかしそうにアルエという少女は桃色の毛玉に隠れてしまった。その背中に、手のひら程の小さな黒い翼がぴこぴこと動いているのが可愛らしい。人慣れしていないのだろうかと思ったルーシャだったが、いくら髪を染めようと、翼を魔術で見えないように隠そうと、元々の美しい顔立ちは変えようがなく、その容姿の目映さに、「てんしさま……」なんて口内で少女がまごまごと呟いてノックアウトされていたことなどは知る筈もなかった。

間を空けて定期的に通った安らぎの森。過ごした日々は合わせても三月にもみたない程だったが、時折顔を合わせた時、アルエはいつも、もこもこに隠れながら色んな話相手になってくれた。

同年代の自分の身分を知らない子どもと話す楽しさをはじめて知った、安らかな日々だった。

残念ながら、アルエ自身も療養に来ており、その必要がなくなったからと親元に戻ってしまってからは接点もなくなってしまった。

そして、少しずつ力が体に馴染んできたルーシャも、時折アマベルに送ってもらう薬湯を飲む程度で落ち着いていた為、わざわざ森に行く必要がなくなった。

神子は王宮の中で育ち、成人を迎えて御披露目があるまでは、基本的に民の前には姿を見せない。ルーシャが大きくなったアルエを見つけたのは、正に成人の御披露目の時であった。

何故かこちらを避けて関わるまいとする彼女に近付き、外堀から埋めていき、そして彼女を手に入れた。

幼い頃はただ可愛い妹のように思っていたが、大人になってからは、逃げる様子に本能を刺激され、いつの間にか囚われてしまっていたようだ。


可愛い可愛い雲雀さん。猫かぶりな狼に捕まって、もう決して逃げられない――。


連作短編を格納。

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