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ひとりといっぴき<後篇>


――義務教育の中学校を卒業し、数日が経ち、十五回目の誕生日を迎えたその日。


私は、住んでいた所から追い出された。

制服や体操服以外の手持ちの服はごくわずか。

それ以外の持ち物も、ほとんどなく。

お金なんて、一銭もなかった。

異様に軽い小ぶりのトートバッグを抱えて、ふう、とある公園のベンチに座り込む。

父や母の顔は、覚えていない。生まれてすぐにどちらも死んでしまったらしく、幼い頃は母方の祖母に育てられた。

祖母との暮らしが、一番楽しかったように思う。けれどそれも僅かな時間で終わり、五歳の頃、私は唯一残された親戚、父方の叔母の元に身を寄せることとなった。

ささやかながらに父母と祖母が遺した財産が目当てだったようだが、叔母夫婦の嫌悪の目はいつもついて回った。


キミガワルイ、アノ子ノ母親ノ家系ハ、奇妙ナ呪イノヨウナモノヲ使ウノヨ。


祖母の家系は魔女の家系だったらしい。日本にもそんなものが存在したのかと今では思うが、記憶を辿れば、先祖はどこか違うところの出身だと言っていたような気がする。私は黒髪に黒い瞳だし、平凡な容姿だから、外国の血が混じっているとは全く感じないのだが。

祖母は私に一つだけ、魔術を教えてくれた。それが、叔母の言うところの「気味が悪い」原因。

呪いなど使えず、その癒しの魔術だけしか使えないのだが、都会から少し離れた、やや寂れた田舎に住んでいた二人には、怪我をしている動物を拾っては魔術を使って傷を治す私は、不可解で気色の悪い存在だったのだろう。

よく、殴られたり閉じ込められたり食事を抜かれたりしたが、虐待にしては軽い方だったと思う。

彼らは所詮、お金がほしかっただけ。得体の知れない姪の存在は、極力無視をしていたから。

とうの昔に遺産は使い切られ、一筆書かされて私は追い出された。

その、遺産は自分の為に全て使われた、ここから出て行くのは自分の我がままだ、というような文章を書かされた理由は、私がどこぞでのたれ死んだ時の保険だろう。

それで逃げ切れるとも思えないが、私には親しい人間もいないし、どこかで死んでしまっても気付いてもらえないかもしれない。

行く所もないし、初めてのホームレスになることになった。初・公園生活。

今まで生きてきた中で、外で眠ることはたくさんあった。流石に屋根の無いところは初めてだが、どうにかなるだろう。

あまり使われていないその公園のベンチに座ったまま、遊具の一つを、今夜は寝床にしようと決めた。

立ち上がり、雨風をなんとか凌げそうなその遊具の中に入ってみる。小さいし固いし下は地面だし、寝心地は最悪だろうが、何とか一晩は過ごせるだろう。

ぼうっと外を眺めているうちに、夜になり、雨が降ってきた。

直接雨粒は当たらないが、地面と続いている為に、足元が濡れてくる。

尻を浮かした座り方で堪えるが、いつまで耐えられるか。

おなかがすいた。

さむい。

ぼうっとそう考えながら、膝を抱えて目を瞑る。

いつの間にか、濡れるのも構わずに地べたに座り込んでいた。


そういえば昔、お仕置きで土倉に閉じ込められた時に出会ったあたたかな温もりは、本当にあったことなのだろうか。

煌めく白い毛の狼なんて、あれ以来一度も見たことが無い。

叔母の元に引き取られてから唯一の、温もりのある記憶は、今では遠くて――本当にあったことなのだろうかと悩む。

けれど、思い返すのは、暴力を加えられて、酷く痛めてしまってから、軽く引きずるようになっていた右足が、もう治らないと思っていたのに、驚異的な回復を見せたこと。

こちらに関心を示すまいとしていた叔母達はどうやら気付かなかったようだけれど、足を治してくれたのはあの狼だと、確信があった。

あの夜の記憶を思い出すだけで、心が温かくなる。

大きくなるにつれて、人が嫌いになった。

外面だけは良い叔母。親がいないと嘲笑う同級生。

動物の方が、こちらの愛情に応えてくれるということを、あの記憶を思い出すだけでも思ってしまう。

だけれど、成長して思うのは、あの狼は一体何者だったのかということ。

どう考えても、話せる狼なんているはずがないのに。

ぼうっと思考を巡らせていると、座っている部分から雨水が染みて、不快を感じた。漸く自分が座ってしまっていたことに気付くが、いまさら遅いと腰を上げる気力もない。

――得体が知れなくてもいい。あの獣は、祖母以外で唯一温もりをくれたのだ。もし、叶うならば。


「会いたいなぁ……」


ぽそりと小さく呟いた声音は、雨音に消された。




あたたかな何かに包まれている気がする。求めていたものに。

迎えに来た、と誰かが言った。

額に何か、柔らかな感触が触れた――。


目を覚ました時、そこは公園ではなく、立派な寝台の上だった。

近寄ってきたのは幼い頃に会ったあの白い毛に赤い瞳の狼で。

口を開く前に、瞬く間に狼がいた場所に、見知らぬ人が立っていた。

限りなく白に近い白金の髪、切れ長の瞳は鮮やかな緋色。とても整った顔立ちの青年だった。

呼んだから、遅くなったが迎えに来た、と彼は言った。

なんと、そこは地球とは異なる世界だった。母方の祖先は、どうやら元はこの世界の人間だったらしい。魔術とはこちらでは割と知られていて、その力を使える人間は魔族と言われているそうだ。

彼が脚を怪我していたのは、暗殺を生業にする者たちに追われていたため。

ある国の、地位の高い貴族であるらしい彼は、とても魔術に長けていて、あの土倉までやってきたのは、転移の魔術を使用したさいの、偶然の出来事だったそうだ。

帰ることは簡単にできても、来ることは難しい。

私が彼を呼んだことで、道をつなげやすくなったとか何とか――正直、ちんぷんかんぷんだ。

彼は、ただの人間ではなく、魔獣という種族で、人の姿と獣の姿の両方を持ち合わせているという。

怖いか、と問われたが、そんなはずがない。人よりも獣の方が好きだというと、何故か微妙な表情を向けられた。




それから、彼女はその世界で、白金の髪の青年の庇護の下で暮らし始める。

ただお世話になるのも嫌だ、と彼の侍女として働くことになった彼女を、彼はいつも困ったように、けれど温かく見守っている。

それを日々見ている使用人達は一様に思う。うちの旦那様は明らかにべた惚れなのに、あの少女は気付いていない、と。

憎からず思っているだろうとわかるだけに、早くくっついてしまえばいいのに、と。

恋人ではないのに時折異様に甘い雰囲気を醸し出している両者のことを、周囲はやきもきしながら呆れて見守るのだった。

彼らのじれったい気持ちは、数年続いたとか、続かなかったとか……。



彼女はやがて、思い直すようになる。

ヒトは嫌い、獣の方が好き。

――でも、人にも色々いて、好きになれる人もたくさんいる、と。


今までのが割とすぐ突っ走ってたので。今回は割合純情組で。

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