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勇者が仕事を終えた後。(異世界転生?召喚勇者との話)

今でもたまに、夢を見る。

遠くなってしまった記憶の中で、尚色あせない人のことを。

とてもとても、大切だった人のことを。

思い出すと無性に哀しくなるけれど、その記憶に浸っていてはいけない理由がいくつもある。

だから、哀しくも恋しい記憶を鍵の掛かった箱に仕舞って、心の奥の深海に沈めることにした。

深く、深く。もう二度と浮き上がってこないように。



「勇者よ、よくぞ無事に帰還してくれた。まずは我が民、我が国の為に多くの苦難を乗り越え、魔の一族を鎮圧してくれたことに礼を言おう。ご苦労だった。その栄誉を讃え、そなたを約束通りーー」


重厚な声音で紡がれる言葉。

威厳に満ちたそれを、す、と挙げられた優美な手が遮る。

本来であれば不敬罪にあたりかねない行為ーー現に側近達の数名は色めき立っていたーーだが、声の主、豊穣の貴国と謳われる大国アレグリアが賢王は、さして文句を言うでもなく、側近達を視線で宥めながら、言葉を止めた。

さらりと長い金の髪を揺らして、問う。


「ーー如何した?」

「王よ。申し訳ありませんが、報償でしたら、先日の約束以外に叶えて頂きたいことがございます」


凛とした響きを持つ、どこか甘い声。


「帰還の約束は反故にして頂いて構いません。これからもこの力がご入り用の時はお手伝いさせて下さい。……その代わり、私が望む方の傍に在らせては頂けませんか」


それは、物語の中の台詞のようだった。

どこか蒼をはらんだようにも見える黒眼が、真っ直ぐに一つの方向を捉え、その先にいた黄金色の髪の可憐な姫君は、頬を薔薇色に染める。

物語の王道に沿えば、間違いなく続く言葉は一つしかなかった。

その場にいた皆が心を一つにしてその先を待つ。


「ーーどうか、聖なる獣姫、レーナルーアのお傍に」


姫君の向こう側で、眼前の光景を微笑ましい思いで見守っていた優美な獣の瞳を、熱の籠もった眼差しで射る勇者。


『ーークァ?』


衆目の予想を完全に裏切った言葉に、思わず獣は力の抜けるような鳴き声を上げた。

数秒間固まった場が、すぐに驚愕の声で埋まるのは無理もないことだった。

ただひとり、国王だけが、どこか面白そうにその場を眺めていた。


白銀の毛並みは極上の肌触り。

神秘的な深い闇色の瞳は美しく。

彼女の名はレーナルーア。

王の系譜を守護する獣。


『グアアルゥゥ!!(ちょっとやめさせてー!)』


怒りに満ちた咆哮を聴き、奏者達はぴたりと奏でていた旋律を止めた。


「なんだ、気にくわなかったか?我が姫君」

『グルルゥウ!ガウガウ!グラアア!(あんたわかっててやってるでしょうが!いい加減にしなさいよ!頭噛むからね!)』

「お、王よ……私達は何か獣姫の機嫌を損ねるようなことをいたしましたでしょうか……」


端から見ていれば、至極楽しげに獣に語りかける王と、今にも飛びかからんばかりに怒りの形相の獣の様子は、心穏やかに見ていられるものではない。

恐る恐る、旅の楽士一座の座長が申し出る。


「レナ。ほら、お前のせいでかわいそうに、みんな怯えている」

『ガル……クーン……(ああ、ごめんなさい……あなた達に怒ってるわけじゃなくて……)』


しょぼん、と尻尾と耳が垂れた。

レーナルーアは、大きさこそ成人男性の二倍はあるが、種族的には、狼というよりも犬に近い見た目をしている。

おまけに、しゅっと凛々しい感じではなく、まあるい目といつも笑ったように見える口元が愛らしい、愛嬌のある雰囲気の獣だった。

その大きさと背に生えた翼がなければ、単に愛玩犬に出来そうな位で――要するに、少しの要素を取り除くと威厳もへったくれもない、しかしながらその聖性と経歴故に人々に崇められる存在なのだ。

だからこそ、褒め称えられるのは全身を掻きむしりたいほど恥ずかしい。

それをわかっていて、嫌がらせで目の前の男は何をするのか。

楽士達には申し訳ない気持ちでいながら、半眼で睨み付けると男は心底愉しげに笑い、楽士一座に褒美を取らせよと伝えて下がらせた。


「……さて、レーナよ。勇者の望みはそなたに侍ることのようだが、如何する?」


ゆったりと豪奢な椅子に凭れ、片肘を立てて頬杖をつきながら、王たる男は問うた。

その言葉に獣はピクリと耳を動かすと、何も聴かなかったかのように毛繕いを始める。


「いやぁ、面白いことだ。まさか褒美に金品でも地位でも、そなた自身でもなく、ただ仕えることを望むとは。実に面白い――それ故に、その願いを私は叶えてやろうと思う」


何事もなかったかのように毛を舐めあげていた獣は、その言葉に目を剥いた。

この男は一体何をアホなことを抜かしているのだ、と言わんばかりの呆然とした表情。

非常に艶やかな笑顔で王は言う。


「勅命を出した。本日より、勇者レン・アカツキを獣姫レーナルーアの眷属とする。異論は認めぬ」


直後、獣の叫び声が響き渡るのであった。



まだ外界に出てきたばかりで、誕生という一仕事を無事に終え、健やかに眠っている顔は赤らんでいた。

目を開けることも少なかった小さな命を抱き上げた時の感動を彼女はまだ覚えている。

首がしっかりしてきた、寝返りを打った、一人で座れるようになった……友人が母として嬉しげに報告してくる事柄を日々の糧にしながら、足しげくご近所であるそこへ定期的に通う。

親兄弟に恵まれなかったが故に、一番親しい友の子は、まるで自分の子のように愛らしかった。

夜泣きは滅多にないそうだが、それでも赤子の世話をする友の姿には頭が下がる思いだった。

生理的微笑から、頻繁にやってくる女を母に関わる人間とわかっているのか、顔を見ると笑顔になってくれるようになり、片言が話せるようになると名前で呼んでくれるようになった。

抱き締めると甘いにおい。

すくすくと育っていく様子を見ているのが幸せだった。

――あの日まで。




カツン、と靴音が響く。

艶やかな黒髪に整った目鼻立ち。

すらりと伸びた肢体で優雅に一礼すると――彼は、それまで無表情に近かった顔を劇的に変化させた。

頬に赤みがさし、口角が自然と上げられる。

壮絶な色気すら漂う甘い笑みは、大きな安堵と慕わしい相手に向けるそれで構成されていた。


「レーナルーア様、お側に置いて頂けて光栄です。――いえ」


思わず聞き入る声は甘く。

どこか切なげに、言葉を紡いだ。


「――玲奈さん。ずっとずっと、逢いたかった」

『グア……ッ!?』


まさか、気づいたはずがない。そう思っていたのに――。

朱槻(あかつき)(れん)

名に負けぬ程淡麗に育ったらしい目の前の青年は、かつて聖獣レーナルーアが、獣として生まれる前。

地球という星の日本と呼ばれる島国で、(たちばな)玲奈(れな)という名の平凡な社会人として生きていた頃、溺愛していた、一番の友の息子本人であった。

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