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ひとりといっぴき(トリップ)<前篇>



ヒトは嫌い。何もかも奪っていくから。

――ヒトは怖い。いつも、何かを企んでいるから。





「……けが、してるの?」


そこは、とても暗い場所だった。

血に濡れた脚は痛みを訴えていたけれど、それにかまっている余裕などない。

埃っぽい香り。土のようなにおいもする。

どこかの、土倉だろう。

いつの間にここへ逃げてきたのか覚えていないが、取り敢えず追手の気配はないとほっとした瞬間に、頑是無い声が耳に届いた。

高い位置にある、くり抜いただけの小さな窓から、月の光が忍び込んで、相手を照らした。

長い黒髪に黒い瞳の小さな少女だった。良くも悪くも平凡な顔立ちだが、その頬には赤黒くなった痣がある。

――その痣は、人の手形の形をしていた。


「わんちゃん…ううん、おおかみさん?」


きょと、と首を傾げ、少女は近づいて来ようとする。

ううう、とうなり声をあげると、一瞬躊躇ったものの、少女は足を運ぶのをやめない。

ふと、気付く。少女は片足を引きずっている。


「ごめんね、こわいよね。でも、ちょっとだけさわらせてね」


威嚇の声をあげるが少女は動じない。伸びてきた手に、思わず噛み付いた。

だが、牙が刺さっても少女は身じろぎしただけで、何度もごめんねと謝りながら、反対の手を伸ばしてきた。

その手が、先ほど負わされた後脚の深い傷に触れる。

不快な感覚に、更に牙を食いこませようとした瞬間、仄かな温もりを感じた。

少女の手を離して目をやると、何故か傷の辺りが仄かな橙色の光に包まれている。

少女はとても、真剣な顔つきをしていた。


「……ふう…」


暫くして、少女は額に浮かんでいた脂汗を拭う。

そして、問いかけてくるのだ。大丈夫? もう痛くない? と。

驚いた。この少女は――治癒術が使えるのか。


「よかった、なおって。あのね、これ、おばあちゃんがおしえてくれたんだ。まじゅつ、っていうんだって」


幼い少女は疲れた色を見せつつ、言葉を紡ぐ。


「でも、おばさんはキモチワルイっていうの。つかっちゃだめっていわれてるのに、きょうもけがをしてることりさんをてあてしてあげたのがみつかって、ここにとじこめられちゃった」


えへへ、と笑う少女に、何故か苛立ちを感じる。

私、悪い子だね、と彼女は言った。おそらく、いつもそういって罵られているのだろう。

人よりもはるかに良い視力で観察した結果、少女はあちらこちらに痣のようなものがあるのがわかった。

どうやら、ろくでもない人間に養われているようだ。


『…噛んですまなかった。お前はどうやら、「こちら側」に近い人間のようだ。――共に来るなら、連れていくぞ』


少女はびっくりしたように目を見開いている。そして、きらきらと目を輝かせた。


「すごーい、おおかみさん、おはなしできるのね」


治癒術は他人にしか使えない。噛まれたくせに血の出た手を平気でそのままにしている少女に眉を顰め、ぺろりとその手を舐めてやった。綺麗に治る傷跡に、ますます少女は驚いていた。

おんなじことができるんだね、おおかみさん、白い毛がとってもキレイね……云々。

ほとんど、少女が話していたことに、頷きを返すだけだったが、時間は飛ぶように過ぎて行った。





朝日が昇り、肌寒いが夜ほどは寒くなくなった時刻。

人がやってきそうな気配を感じて、のっそりと起き上った。

毛皮にうずまりあったかーいと言っていた少女が、離れて行った熱を感じて、身を縮こめてくしゃみをひとつした。

その安らかな寝顔に残る手の形をした痣は痛々しかったが、それまで消しては少女が厄介なことになりそうだと、治療を断念した。すぐさま怪我が治っていてはまた、詰られるだろうと思ったのだ。

昨晩の誘いに、少女はごめんね、いかないと断った。


「わたしがいないと、おじさんとおばさんがこまるから」


子どもに似合わぬどこか悲しい頬笑みには、そんな顔をさせる自分にすら苛立ちが浮かんだ。

別れの挨拶の為に、その黒髪に鼻先を寄せ――尻尾で頬を擽ってから、呟く。




――いつか、きっと。





それは、少女の知らない約束。




この話だけ前後篇。

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