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前世は悪役だか悲劇の人だったそう。

その時、私は前世の記憶があることを知った。

――だけどそれは、決して良いものなんかじゃなくて。


「反逆者に殺されそうになって自殺した王族とかなに……?」


どう考えても、普通じゃないし羨ましくない前世だった。




巫女姫サティラ・エンデ・ヴァールハイト。

その生涯は悲劇の王女と称されるように、他者からは決して明るいとはいえないものであった。

腐敗した大国の王家の十三番目の王の子として生まれた彼女は、その立場からは破格の扱いをされていた。

側室や愛妾を多く持つ王の子どもは、三王子に十二姫。

王家の姫達のうち、真ん中までは既に嫁いでおり王宮からは辞している。

それでも幾人も兄姉がいる身は継承権がないも同然にして、兄姉達より優遇される立ち位置にあった。

それは彼女が巫女姫といわれる所以、『天眼(てんがん)』を持って生まれたからだ。

言葉を解するようになると、ある時ふと、美しい紫眼でどこか遠くを見るようにして、彼女は周囲に告げた。


――こんどうまれてくるのはぎんいろのかみのおとこのこだよ。


それは、女児の多い王の三番目の息子の誕生を予言する言葉であった。

母は平民出の身分の低い側室であり、彼女を生んですぐに他界していた為、幼いサティラの側にいたのは使用人達。すぐにその予言は王の耳に、また神殿に届いた。

天眼――それは、未来に起こりうることを予測する力。目には見えない第三の眼……神の眼を持つと謳われる存在。

その力はとても稀有であるが故に、彼女は常よりも優遇されるようになったのだ。

天眼や他の「加護者」と呼ばれる尊き力を持つものは能力の発露と共に、神殿にて育てられるようになっている。

しかし、ヴァールハイト王家は神殿の申し出を退け、彼女を渡そうとしなかった。

それは、神殿――創世の女神シュピラーレを奉じる神の使徒が集まる地――が各国とは切り離された、独立した力を持つ特殊な存在で、特にヴァールハイト国とは長年不仲であった為だ。

決して彼女自身を大切に思ってのことではなかった。

それでも譲歩として、身柄は王家にありながら、神殿からは教師の神官が送られることになる。

無論、彼女が長じてからも神殿に属するようにとの勧告は何度もあったが、ヴァールハイト国が応じることはなかった。


夜だというのに、明々と天井も床も全てが照らされて見える。

それは松明の灯りや魔法の火ではなくて、燃え盛る火の中にいるからだ。

サティラは、穏やかに微笑んだ。

薄い腹を貫く剣は明らかに致命傷を与えていた。広がり続け滴り落ちるそれは確かに赤色で、己にも人の血が流れていたのだな、などと場違いなことを思っていた。

何故か、目の前の人物の目には、茫然とした色が少しだけ浮かんでいるように思えた。


「――なあ。来世は、争わずに済むと良いな」


私が天の国に行けるとは思わないのだが。

そう付け加えて、彼女は思い切りその身に突き刺さった剣を引き抜き、最後の力で持って、窓から躍り出た。

地上は遠い。万が一にも己が生き残ることがないように――そして願わくば、己の死を人のせいにしないように。

そうして、十七年の生に幕を閉じたのだ。

もし、少しでも神の温情があるとするならば、平穏な暮らしをしてみたかったと思いながら。

そんな彼女の死は、ヴァールハイト王家が断絶し、国の頭が代わってから、吟遊詩人によって悲劇の王女として謳われるようになるのだった。



そうして、その時から百数十年の時が流れ。

地球と呼ばれる惑星の日本という島国で、平穏に暮らしていた一人の少女は、気がつけば見知らぬ土地にいた。

そしてその地で、全く聞き覚えのないはずの言語を耳にした途端、脳に「知るはずのない他者の記憶」が流れ込み、あまりに膨大な知識に耐えきれずに意識を無くした。


「……未来を詠む力があったなら、自分が殺されることはわかってたんじゃないの?」


そして不思議なことに、夢の中で前世の自分、サティラと出会った。最初は仰天したものの、妙に肝が座った性格の彼女は、色々と前世の自分に聞くことにした。大体「知った記憶」と合致したが、思わず腹を庇ってしまうような痛々しい人生だった。

話の途中で、ふと疑問に思ったことを尋ねる。

記憶は受け継いでも、想いは受け継がなかった。だからこそ、サティラが何を考えていたのかさっぱりわからない。


「そんなもの、逃げられないからに決まっている」


金色の波打つ美しい髪を揺らして、彼女は笑った。


「どうせ遅かれ早かれ王国は滅びた。私が死ぬのは確定した未来だったんだ」


ふてぶてしい笑みだった。けれどそれは、どこか自虐的でもあった。


「私は彼が好きだ。だが、彼は私を好いていない。――それでいいんだ。彼が私を殺してくれたなら、それで私は彼の特別になれる……そう思ったが」


ことり、と小首を傾げる様は愛らしい。


「アホな私は、刺されるまで、それでは彼に罪を背負わせるだけだと気付いた。そんなことをされていい人間じゃない。彼はもっと尊ばれるべきだと。だから、最後は身を投げた」


事も無げに言ってのける姿には、彼女はぽかんと口を開けるしかなかった。

前世の自分の思考は意味がわからない。

理解できない。


「――私はそなたの前世だが、その業を負う必要はない。この身はただの残滓だ……が、生憎と、能力は引き継いでしまったようだな」


仕方がない、がんばれ――なんて激励を受けた途端に浮かび上がる意識。

三日三晩昏睡した末に目を覚まし、満足に動かない身体を必死に動かして頭を抱えた。

そこで話は冒頭に戻る。


その後、運の良いことに人の良い老夫婦に拾われていた為――何故か五歳ほど若返って十歳ほどの子どもになっていた――彼らに保護され、優しく穏やかな日々を暫く送ることになるのだが。

その内天眼を持っていることが露見し、神殿へと連行されることや、そこで運命の出会いを果たすことになるなど知るよしもないのだった。

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