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こいのうた(現代、恋愛未満)

恋は盲目、これ常識。

ただし、恋にも色々あるもので――。







「先輩、好きです愛してます!!」


ある一人の少女が、すらりと長身痩躯の人物に向かってそう叫んだ。

熱烈な告白である。

叫ばれた側は、二、三度瞬きを繰り返し、最後に苦笑を浮かべた。

艶やかな短い黒髪は、襟足だけが首に掛かる位に長い。

涼しげな切れ長の目の奥にある虹彩と瞳孔も、珍しい程に黒味が強い。

非の打ちようもない程に整った顔立ちのその人物の名は、藍川緋色アイカワヒイロという。


「気持ちは嬉しいけど…ごめんね」


細い身体はジーンズとTシャツに包まれていた。

どう見ても、雑誌のモデルになれる位に格好いい、十七、八歳程の美青年である。

――が。


「俺……そういう趣味ないし……一応、これでも女だからさ」


緋色の性別は、生物学上、確かに女であった。





「あっははははははは!!」

「……そんなに笑わなくても…」

「だってあんた、愛してますって…そこまで熱烈な告白は初めてじゃない!」


目の前で腹を抱えて笑うのは、美女という形容詞の相応しい女性であった。

二重の大きな瞳は焦げ茶色で、高い鼻梁に小さく赤い唇。

笑い過ぎたせいで落ちてきた茶色い髪をかきあげて、年の頃は二十代前半と思しき女性は一つ咳をした。


「ヒイ、あんた、いっそそっちの方向に趣向を変えちゃえば?」

「――実の姪になんてことを勧めてんの、叔母さん」

「……『おばさん』?」

「ま、真白マシロさん……」


瞳をぎらりとさせた美女に怯え、緋色はすぐに言い直した。

年の差が七つしかない姪に叔母呼ばわりされるのが余程嫌なようで、目の前の女性…鈴原スズハラ真白は、幼い頃から姪に自分を名前で呼ぶことを強制していた。

逆らったが最後、痛い目を見ることは目に見えている。


「ただいまー」


唐突に耳に届いた声に、救われた、と緋色はほっと息を吐く。

時を待たずとして、ひょこりと扉から顔が現れた。


「あれ、ひーちゃん。来てたんだ」


目をぱちぱちと瞬かせ、次いで嬉しそうに笑う顔は、ひどく愛らしい。

ふわふわ揺れる柔らかな茶色の髪に、くりっとした大きな目。


蒼衣アオイ……おかえり!」


ぎゅっとその細身の体を抱きしめると、相手は驚いて暴れた。


「ちょ、ちょっとひーちゃん!何するの!」

「蒼衣はいいなあ……そのまま俺好みの美少女に育ってね」

「いきなり何!?っていうか、おかしいでしょ!――俺は男だってば!」


べり、と引き剥がされた。

目の前には、憤然とした様子の……非常に可愛らしい少年がひとり。

中学二年、十四歳の彼の名は、鈴原蒼衣。

真白の息子であり、緋色の従弟であった。

藍川家と鈴原家の相関図は、少しだけややこしい。

藍川家は男三人兄弟、鈴原家は二人姉妹の子どもを持つ隣人同士であった。

緋色の母は鈴原家の長女で、真白の年の離れた姉であったのだが、藍川家の次男に嫁ぎ、緋色が生まれた。

その二年後、藍川の長男夫婦が事故で他界する。

遺されたのはまだ生まれたばかりの赤子の蒼衣一人。次男夫婦――つまり緋色の両親が蒼衣を引き取ろうとしたのだが、三兄弟の両親が孫を育てると申し出たので、蒼衣は未婚の叔父と祖父母の元で育った。

そして、蒼衣が小学校に上がる頃、まだ十七歳だった真白が藍川の末弟と結婚した。

長女は藍川に嫁いだからと、藍川家の三男は鈴原家に婿入りすることになり、その際に蒼衣を養子に迎えた。

よって、緋色にとって蒼衣は二重の意味で従弟であるのだ。

祖母譲りの線の細い美しさを持つ少年は、どう見ても少女にしか見えない。

性格も純朴で、藍川家と鈴原家の両家から可愛がられていた。


「蒼衣が女の子で俺が男だったらなあ……嫁にもらったのに」


何故だかとっても男らしく育ってしまった緋色は、女の子の憧れの的となっており、日々同性からの熱い視線を受けている。

いっそのこと男であれば良かったのにと、周囲だけでなく本人も思うことはしばしばだ。

緋色の台詞を受けて、蒼衣はむっと顔を顰めた。

それに緋色は全く気がつかない。


「あ、ひいろちゃん!おにいちゃん!」


意外に鈍い緋色に真白が苦笑していると、その場に現れたのは、天使のように愛らしい幼子であった。


紫乃シノ!」


緋色が腕を広げると、母親に生き写しの少女はまっすぐに飛びこんできた。

蒼衣の妹で緋色の従妹である鈴原紫乃は、真白の娘である。六歳になった。


「今日も良い子にしてた?」

「うん!あのね、きょうはねー」


姪と娘が微笑ましい会話を交わす横で、真白は息子に呟いた。


「あんたも報われないわねえ……」

「――ほっといて」


むす、と拗ねた顔をする蒼衣は、確かに愛らしい。

そんな顔をするから緋色に女の子扱いされるのだと思いながら、真白は笑いを堪えた。

昔から、明らかに蒼衣は緋色に対してあからさまに好意を示しているのに、本人が気づく様子は一向に無かった。

この頃は本当に姪が女の子に走るのではないかと、時折真白は疑ってしまう。

その場合、間違いなく息子はぐれる。

両家の親達は、さっさとこの二人がくっつけばいいのになどと思っているのだった。

純粋な少年のこいのうたは、言葉にしなければ相手には伝わらないようだ。



数年後、緋色の身長を追い抜き成長した蒼衣の想いが叶ったかどうかは、また別の話である。



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