勇者さまの災難
「どうか、この世界をお救いください、勇者様!」
気が付けば、目の前に、ずらりと並んだ大勢の人間が一斉に土下座――基、平伏していた。
人々が決死のオーラを漂わせてくる中、どことなく身形の良さそうな中年の男性が、一人身体を起こして、半泣きで見上げて冒頭の台詞を吐いたわけで。
「……は?」
ぽかん、と口を開けたままで、何一つ状況が理解出来ずに固まった。
正直、ドン引きである。
想像してみて欲しい。
ただの平凡な大学生に、ざっと百名はいるだろう老若男女が、いきなりひれ伏しているのだ。そりゃもう心の距離は千里位後退もするだろう。
土下座という言葉は耳にしても、実際されたことのある人間の方が少ないはず。
人生初の土下座をされるという体験は、ダッシュで逃げ出したい程に衝撃だった。
何の冗談か、はたまた奇怪な宗教に巻き込まれたのか。
つい先程まで、自分は確かに大学の構内を歩いていたはずなのに、今立っているのは、まるで、映画やテレビで見た、古代欧州の神殿のような建物の中だった。
しかも全員、彫りの深い、明らかにアジア系ではない顔立ちで、日本ではまず見ない、中世欧州だか洋風ファンタジーだかな格好をしている。
「魔王によって、現在この国は危機に瀕しています!どうかお願いです、勇者様、お助けください!!」
如何にも聖職者だろうと思しき、丈の長い白い衣服に身を包んだ、十代中頃位の美少女に涙ながらに訴えられた。普通はこんな美少女に潤んだ目でお願いされたらイチコロだろう。
が、正直、自分は『関係ない国の人間になに勝手なことほざいてんだ』と思っただけ。
「……とりあえず、どういうことか説明してくれる?」
ひとまず、頭のおかしいらしい人々があまりにも必死なので、何どういう設定、ここは何、これ誘拐?という諸々を押し込め、それだけを聞いた。
……その仏心が仇だったか。
「それはこちらで説明する」
妙に艶やかで色っぽい声が耳朶を打ち、ぞくりと背筋を悪寒が走ったと思ったら――後に知ったが、どうもそれは本能が危機を知らせていたようだった――背後から、温かな何かにすっぽりと覆われた。
思わず振り返った瞬間、唇に触れた熱。
ファーストキスを熱烈に奪われて呆然としている間に、物事は超展開で進んでしまい、勇者様と呼ばれた一介の女子大生は、魔王様の伴侶にされてしまったのでした。まる。
――その世界では、魔を統括する為に、数百年に一度、魔に耐性のある人間が選ばれ、魔王となる。
人でありながら人でなくなり、更には数百年という寿命を得た魔王は、あまりの孤独に、伴侶を求めた。
伴侶無くしては、狂いかけ、魔の統制を取れず、魔物が蔓延り人々が危険に晒されることもあった。
故に、伴侶となる者は、この世界の人間からして見れば、世界を救う英雄――勇者なのである。
勇者は、魔王の魂と惹かれ合う魂の持ち主が選ばれ、召喚される。その召喚を行うのは、魔王の出身国の神殿と決まっていた。
今まで異世界から勇者が訪れたことはなかったが、偶々、当代の魔王の魂の伴侶がこの世界にはおらず、異なる世界にいた為に、平凡な女子大生の彼女は、勇者として召喚されてしまったわけだ。
――永き孤独を癒す伴侶を、魔王は心から愛し、慈しみ……執着する。
出会った瞬間から、熱烈な口付けを見舞われた彼女は本能的に、逃げられないことを悟って、内心がっくりと膝を折ったのだった……。
余談だが、此度の勇者は中々に図太……行動的で、魔王の目を盗んでは、美味しいもの巡りだ芸術探しだと、世界のあちらこちらを旅して回っていたので、魔王の苛立ちを受けて、彼の国の神殿の人々は、よくよく青くなって勇者を探し回ったという。
リハビリ作品。異世界召喚もののネタが尽きてきた気がする今日この頃。