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オセロゲーム(現代ファンタジー)

サイトに載せているものです。一話分。随分前に書いたものなので文章が整っていませんが…。

その内校正したいと思います。

また、最初の英文は翻訳サイトを利用したものなので間違っている所もあると思います。ご了承ください。

Person who becomes it foolishly.


(愚かなる者よ)


There is no light in thine road.


(汝の道に光は無い)


It is carved for the body and the crime


(その身に刻まれし罪を以て)


Crush the dark in the abyss.


(深淵の闇を破砕せよ)


Thine is a sword.


(汝は剣)


Thine is steel.


(汝は鋼)


Keep atoning for a crime.


(贖罪し続けよ)






Light until the day where looking begins to exist sooner or later.


(――いずれ、光を見出す日まで)






  ◇オセロゲーム◆



§prologue§黒紅の狩人



橙色の空が、黒く染まっていく。

ゆるやかに降ろされる暗幕のように、じわりじわりと、闇が落ちる。

昼が終わり、そして夜が始まる。

それは、「狩り」の開始の合図。

降ろされた太陽の幕とは別の幕が、上げられた瞬間だった――。


「…一、二…全部で五つ、か」


冷たい風が音を立てて吹き付ける。

黒い厚手のコートの長い裾が、舞うように翻った。

地上数十メートル、ある廃ビルの屋上の端に彼は立っていた。

真冬の寒さなどものともせずに、堂々とした風体で、片手に高性能の双眼鏡を持ち、もう片方の手は無造作にポケットに突っ込んでいる。

清潔な短い髪は、深い闇の色。

その瞳は、黒と紛うような深遠の紅だった。

多少、少女めいた面差しだが整った顔立ちに、今は獲物を見つけた獣の如き笑みが刷かれている。


「…今日は豊作だな」


高くもなく低くもない、よく通る声でそう呟くと、彼はその足を、ビルの縁から「外側に」踏み出した――。



「…狩りの始まりだ」



やけに愉しげに言うと…その姿は、大地へと落ちていった。


闇に呑み込まれるには不釣り合いな、酷薄な笑みを浮かべたまま。




――闇夜に轟音が響き渡る。

街灯に照らされて、長い指が、どこかその手には不釣り合いな豪壮な拳銃を握っているのが見えた。


「――これで終わり、か。案外、あっけなかったな」


すぐ側には、倒れ伏す一つの人影。

彼はその人物に見向きもせず、相手の向こう側にゆっくりと歩いていく。

黒いブーツは足音をたてることなく、コートも衣擦れさえ生じさせない。

ぴた、と足を止めた。

彼の背後、遥か高い上空には、疵痕のような月が、それでも闇に取り込まれないようにはっきりと存在を主張して黄金色に輝いている。

月明かりに照らされて、彼の容貌が浮かび上がった。

黒髪に赤い瞳の、飛び抜けているわけではないが整った顔立ちの……まだ、年若い少年。

そう、小一時間前にビルの上に居た彼である。

外見とは裏腹に、彼の纏う空気はいやに老成しており、その瞳は強い信念を湛えていた。

彼が見つめる先には、奇妙な黒い「卵」があった。

固形ともゲル状ともつかないが、溶けだしたチョコレートと表現するのが一番類似しているか、きちんとした形をとってはいないが、それでも「卵」としか形容仕様がない物体が、宙に浮いていたのだ。

倒れた人物の真上に。

彼はおもむろにその手を伸ばし――ぐしゃり、とそれを握り潰した。


「…ふん。まだ孵化はしてなかったか。なら、手応えがないのも当たり前だな」


まあその方が手間取らずにすんで楽といえば楽なんだが、と零す。

最期の執念か、彼の手に、潰されたのを恨むかのように、醜悪な黒い霧がまとわりつく。

言うなれば呪われそうなそれを、大した感慨もなく見つめると、彼はその手を二、三振った。

たったそれだけで…霧は四散して、消えた。

そして、漸く倒れる人影に近づくと、その身体を見下ろして言い放つ。


「…今度は、取り憑かれないようにしろよ」


確かに先刻銃声が鳴り響いたというのに、その倒れた男の身体には、傷など少しもなかった。


「――本日の狩り、終了…と」


気怠げに言って、今居た寂れた裏路地から出る。

表に一歩足を踏み入れると、そこは裏側の静寂が嘘のように喧騒に包まれていた。


しゃらん、と彼の手首で涼やかな音が鳴る。

凡そ彼の持ち物とは思えないが、細い銀の輪に黒か白の鉱石のような小さな物質が幾つも通されている、やたらと精巧な作りの腕輪だった。

似合わないと言っているのではない。

寧ろ妙に相応しているが、彼がそのようにアクセサリーを身に付けるとは思えないという意味だ。

事実、その腕輪はファッションで付けているのではないが、本人以外、そのことを知る者は殆どいない。

…数時間前より、石の数は「五つ」増えていた。

石達が擦れ合って、またしゃら、と音が生まれる。

眠らない街を、彼は確固たる足取りで歩み行く。


――そこに渦巻く人々の欲望や感情など、微塵も気にしない様で。


その背中は人込みに紛れて…消えた。




§first game§絶体絶命の最大幸運


act.1 A quirk of fate



私立織上(おりがみ)高等学校。

…その、二年一組には、ある一人の有名な少女がいた。

少女の名前は、浅羽水薙(あさはみなぎ)

肩より少し長めの髪は色素が薄く、他人よりもその一本一本が細い。

年頃の乙女達は羨むかもしれないが、髪が細すぎるというのは欠点でもある。

まず、雨が降ったり風が強かったりする日には、すぐにもつれて解きにくくなる。

体育なんかではそりゃあ悲惨だが、本人には髪の毛を巧みにまとめるという手際の良さもなかった。

なので、いつも適当に括るか垂れ流し状態。

ぱっちり二重の瞳は琥珀に近い茶色で、可愛らしい顔立ちだが特に目立つ美人というわけでもない。

背丈はやや低め、色彩が日本人の天然色にしては薄いという所を除けば、何かに秀でてもおらず。

小動物形を思わせる外見に、のんびりやと言われがちの性格。

標準よりちょっと上くらいのレベルかと思われる彼女が何故有名なのかと言うと…。


「――おはようございます…」


始業時間はとっくに過ぎた。

今更教室に入ってきた生徒を叱ろうとした教師は、ドアを開けた相手を見て一瞬停止し、次いで泡を食った。

何があった、早く保健室に行きなさい…云々。

教師が焦る前で、全身ずぶ濡れになった少女は、


「登校途中で自転車とぶつかって、その後車が水溜まりを撥ね上げた水が掛かって、最後に廊下に置いてあったバケツで転んで頭から水を被りました」


と、普通なら嘘だと思われる説明をあっさりとした。

怒りの言葉が飛んでくるかと思えば、教師だけでなく級友達からも、同情の視線が投げ掛けられる。

…そう、彼女が言ったことは間違いなく事実だと、皆は認識していたのだ。


――浅羽水薙が有名な理由。

それは、彼女が生粋の「不幸体質」であることだった…。


――放課後。

水薙は帰宅途中だった。

今日もまたありとあらゆる不運に見舞われたが、いつものことである。

濡れた制服のかわりに体育服に着替えて授業を受けている最中、校庭から野球ボールが飛んできて開いている窓から入って彼女の頭にぶつかったり、階段を降りていたらたまたま落ちていた雑巾に足を滑らせて二、三段滑り落ち尾骶骨を打ったり、靴箱を閉めようとしたら扉が壊れてしまったりと…大小様々の不幸に。


「…はあ…」


ため息を吐く。

こう毎日不幸な目に遇うと、自分は呪われているのではないかという気がしてもおかしくないだろう。

肩を落としてとぼとぼ歩く水薙は、ふと顔を上げた。

視界の隅に、見知った人間の姿が映ったのだ。


「あれ…?」


仲が良いわけではない。

寧ろ話したこともない。

それでも、彼女はその相手を知っていた。


教室の片隅で、他を拒絶するような姿勢でいつも外を見ている彼。

友人さえいるのかどうか、水薙はよく知らない。

人に干渉されることを嫌っているような雰囲気を纏っているから、水薙以外にも、殆どの人が言葉を交わしたことは無いだろう。


――けれども、目立って仕方がない。


皆が目を離すことの出来ない程、圧倒的な存在感を醸し出している。

艶やかな黒髪に、闇色をした切れ長の双眸。

際立って美しくはないけれど、端整な顔立ちのクラスメイトは、制服ではなく私服らしく、黒いズボンにハイネックの黒いセーターを着用し、長い黒のロングコートを羽織るという黒づくめの恰好で街路を闊歩していた。

――時刻は、間もなく七時を回る。

水薙にとっては不幸の連打で遅い帰路…珍しくないことだ。

常にこの時間帯に帰宅することになってしまっている水薙だが、この道で――否、学校を出た処で――彼を見掛けたのは初めてだった。

何だか、いつもとは様子が違う気がする。

普段より格段に生き生きとした印象を受けるのは、気のせいだろうか?


「――…」


その時、彼女を何が突き動かしたのかは解らない。

けれど、ほぼ無意識に、少年の後ろを歩いていた。


――それが、彼らの未来を交わらせることに繋がるとは、知りもせずに。






act.2 Start to Un-daily



――其は、孤高を讃える獣の如く。




追い掛ける背中は、確固たる目的を持っているように、迷わずに何処かへと向かう。

その確たる足取りとは対照的に、水薙はどこか夢現にふらふらと進んでいた。

ある角を曲がった所で、少女はふと我に返る。

「…あれ?」

自分は何をしているのか。

これではまるで、思いっきり不審者だ――。

己の奇怪な行動に慌てふためき顔を隠すように頬を押さえたその瞬間。


「――俺に、何か用か?」


涼やかな声音が耳朶を打った。

背中に、何か固いものが押しつけられている感触。

――そう、この場合、常識で考えると…拳銃…?

「…ひゃぇっ!」

背後からの声と刺激に、水薙は奇妙な声をあげて飛び上がった。

「ご、ごめんなさい!怪しいことしてるけど怪しい者じゃないんです本当ですすみませんーっ!」

動揺し過ぎて矛盾する言葉を吐き騒ぐ水薙に驚いたのか、背後の銃口のようなものが僅かにずらされた。

「――あれ、あんた…」

ふと、後ろの脅しがなくなる。

「……確か、同じクラスの…浅羽?」

「ふぇ…っ」

恐る恐る振り返った目に、多少、少女めいた面差しの黒髪の少年の姿が映る。

「――そ、宗谷君…」

自分が、半ば何かに操られるように後を追っていた相手その人――宗谷利人(そうやりひと)と言う名の少年が、いつもは表情の無い端正な顔に、少しの困惑を浮かべて立っていた。

決して頭が悪いわけではない水薙は、相手が手に一枚の布を持っているのを見て、先程突き付けられていたのが銃などではなく、ただの指であったことに気付いた。

――そういえば、布を使ったその手法で、銃だと錯覚させられると何かの本で読んだことがある。

考えてみれば、一介の高校生が銃を所持している訳が無い。

水薙はかくりと肩を落とした。

「…何で俺の後をつけてた?」

不機嫌そうな問い掛けに、ぴしっと姿勢を正した水薙は、犯罪者にでもなった気分で萎縮しながら言葉を返す。

「ご、ごめんなさい…。特に理由は無いんだけど、帰り道で宗谷君を見掛けたの初めてでびっくりしてたら、じ、自分でもよくわかんないけど追い掛けてたの…」

「……」

どういう理由だ。

呆れたような顔をされたが、水薙自身、ほとほと己に愛想が尽きていた。

初会話だというのに、印象も最悪だろう。

穴があったら入りたい、と羞恥心に縮こまっていると、嘆息した少年――利人が口を開く。


「…こんな所まで、よく付いてこれたな」

「え…?」


きょとんと瞬いて、周囲を見回す。

元の大通りから、どれ程外れてしまったのだろう。

そこは、水薙が来た事もない程奥の路地だった。

街灯の明かりもほとんどなく、ただ両脇を、薄汚れた壁が囲み、少しの異臭と不気味な陰が鎮座している。

昨夜降った雨で、地面はぬかるんでいた。

裏の路は危険だから、近づくなと再三学校から注意を受けているのに――。


「っ、どこ!?ここどこーっ!?」


混乱をきたしてあたふたする水薙に、利人は頭痛がするとでも言いたげに額を押さえ、


「――わかった、表の路まで送ってやるから――」


何を言おうとしたのか、水薙にはそれを知る機会が与えられなかった。


「――!」


突然、利人の背中が強ばったのだ。

全身に緊張を漲らせたまま身動きしないクラスメイトに、何があったのかわからない水薙は不思議そうに首を傾げる。


「え、えと、宗谷く――」

「――避けろ!」


え、と思う間も無く、利人に突き飛ばされた。


「ひゃあ!」


肩口を押された拍子にずるりと足が滑り、頭から泥を被った。


「――…っ!」


こんな時まで不幸体質がしっかり発揮されなくていいのに、と涙ぐんで突き飛ばした相手を咎めるように視線を戻したが、


「…え?」


自分が先程居た位置の壁に、ぽっかりと穴が空いているのを見て涙も引っ込んだ。


「――ちっ。もう出たか…」


利人は舌打ちする。

同時に懐から、一丁の重々しい拳銃を取り出した。

銀色に光る銃身には、奇妙な文字が刻まれている。

ぼうっとしていた水薙だが、本物と思しき銃にぎょっと目を見開いた。


「そっ、そそ宗谷君っ!?」


何で銃なんか――。


「じ、銃刀法違反が犯罪で高校生は拳銃ーっ!?」


状況が理解出来ずに大混乱して奇天烈なことを口走る水薙。

利人は、闇の中の何かを睨み付けたまま、ため息を吐いた。


「――浅羽」

「は、はいっ!?」


ガシャン、と弾丸を装填する音。

雲の隙間から顔を出した月の光に照らされて、利人が左手に持つ拳銃が銀色に煌めいた。


「――死にたくなかったら、じっとしてろ」

「…っ!?」


――いつもと変わらない日常の道を、踏み外した瞬間だった。




act.3 What do you have to lose?



――現世と夢幻の境目は、どこか。



これは、現実だろうか。

先程浴びた泥水が体温を奪っていく。

季節は冬の最中。

水薙は学校にいる時に乾燥させてもらった制服の上から学校指定のコートを着ていたのだが、防寒の為の布地が逆に水を吸い取り重くなり、熱を吸収してしまっていた。

ぶるり、と身体は寒さに震える。

けれど、そんなことに気を取られていられる余裕は無く、全神経は目の前の少年に向けられていた。

闇よりも濃い漆黒の髪が風に吹かれて流れる。

その黒い瞳は、ひたと前方を見据えていた。

黒く長いコートの右側のポケットに、無造作に片手が突っ込まれている。

もう片手で銀色の銃を構え、利人は唇を開いた。


「――出て来いよ」


その言葉に触発され、影の中から何かが姿を現した。

明かりの少ない路地で、目は闇に馴れてはいたが、水薙ははじめ、それが何かわからなかった。

しかし、相手がこちらに近づいてくるにつれ、その容貌が徐々に顕になり――やがてはっきりとその姿が見えた。


「――っ!?」


息を呑む。


「な、何…あれ…?」


水薙の呟きが耳に届いた利人は、視線を向かい来る何かから外さないままで、意外そうな声音で囁いた。


「…あれが見えるのか?」


何のことを指しているのかはわかりきっている。

こくんと頷いてから、利人がこちらを見ていないことを思い出し、慌てて肉声に出して肯定した。


「う、うん」


現れたのは、三人組の十代後半から二十代と思われる若者達だった。

皆、いかにも不良といった態で衣服を着崩しじゃらじゃらと無駄にアクセサリーを身に付けている。

――しかし、利人と水薙が注目したのは、相手の出で立ちにでは無く、その胸の辺りで蠢く、不自然な「黒い物体」にだった。

おぞましい感覚を撒き散らし、不快な気分にさせるその黒い…卵のような物体は、胎動しているように脈打ち、孵化直前の如く、亀裂が走っている。

罅から滲み出ているのは黒い霧。

利人の色彩が気高き深遠の闇とするならば、その色は禍々しさを感じさせる堕落の影。


「何なの…?」


声に震えが走る。

それは、寒さからではなく――未知の脅威に対する生物としての恐怖故だった。


「――孵りかけてるな…。普段なら愉しい趣向だが、今日はそうも言ってられないか…」


利人の言葉が何を意味するのかはわからなかったが、彼がこの不可解な状況に精通しているらしいことは確かだった。


「……」


――自分が、足手纏いだろうということも。


「…はは」


耳障りな声が耳に届く。

男の一人から漏れ出た声。


「はは…ははははは!」


狂ったような、哄笑だった。

狂いが伝染したかの如く、残りの二人も同じように嗤い出す。


「ははははは!」

「ぎゃははははははは!!」


――ひどく気色の悪い不快な多重奏に、観客たる二人の人間は、嫌悪と困惑を示した。

どちらがどの反応をしたのかは、言うまでもない。



顔を顰め、引き金に指を掛けたまま、利人は小さく吐き捨てた。


「…最低だな」


よく見れば、男達の衣服には赤黒い汚れがこびりついている――それが何の血であるにせよ、碌でもない事を為したことは間違いない。


「…以前に、この世に生きている価値の無いものなど無い、と何処かで聴いたことがある」


独白のような、利人の声。

それは、男達の狂笑の中でさえ、不思議なことに水薙の耳には真直ぐに伝わった。


「――だが、お前らのように巷の蛆虫以下の下衆を見てると、その言葉に如何に矛盾があるかがわかってくるな」


――氷よりも、冷たい冷たい嘲笑が、黒髪の少年の顔を彩った。


「…え…?」


水薙はちらりと見えた利人の横顔から、少年の変化に瞠目した。

黒曜石にも似た色の彼の瞳は――今、人の血のように紅く染まっていたのだ。

紅い、瞳。

アルビノと呼ばれる先天性のメラニン色素を欠く存在が居るのは識っていた。

けれどアルビノは肌が弱く太陽の光を受けられず、毛の色は白いはず。

兎が良い例だ。

――しかし利人は、通常、昼日中に学校に通っていて、日光に当たっても全く平気。

何よりその髪は先の通り真っ黒で――瞳も、黒いはずだった。

それが、何故か今は赤。

有り得無い現象の連打に、水薙の頭は情報処理が追い付かず、思考機関は破裂寸前だった。


「――そこまで侵食されているなら、無事ではいられないだろうな。だが――」


自業自得、と言うものだ。

そう告げた利人の白く長い指が、


――撃鉄を、引いた。


銃声を耳にしながら水薙が思ったことと言えば…撃たれた者の心配でも利人への恐怖でもなく、この煩い音は周囲の人々の邪魔になっていないだろうかという、とんちんかんな発想だった…。




act.4 Unknown truth



――思っている程、人は世界のことを識らない。



彼女の耳に銃声が聞こえた時。

その弾丸は、迷い無く一人の男の胸部に吸い込まれていった。

正しくは、水薙には理解不能な…黒色の『卵』へと。


「……っ」


目の前で、ゆっくりと傾いでいく、ヒトの身体。

――死、んだ…?

生まれて十数年、並外れて不幸に遭遇しやすい体質とはいえ、平和な世間で――例えそれが表向きだけだとしても――幸いにも、暴力とは殆ど無縁に過ごしてきた水薙には…殺人という、異常で、残酷な事態に対する衝撃は、生半なものでは済まされなかった。

当初は、脳が起こったことを考えるのを拒否したのか、この状況において奇天烈な感想を抱いてしまったが――と言っても彼女自身正直に感じたことで、変な感想とは思っていない――時間の経過と共に、少なくとも常識は持ち合わせていた彼女の頭は、じわじわと状況を理解し始め…それから、驚愕と怖れで硬直した。


胃の中のものがせりあがってくる感覚がする。


――気持ち悪い。


猛烈な吐き気に、涙さえ込み上げた。

眼前に倒れ伏した身体はぴくりとも動かない。

口元を押さえ、水薙は、のろのろと視線だけを、恐ろしい事を為した犯人――利人へ向けた。

その赤い瞳は何の感慨も表しておらず、彼は平然とした態で、未だ銃を構えていた。


…銃を、構えて…?


はっとする。

吐き気に耐えている場合じゃない、しっかりしなくては――!

飛び起きたその瞬間には、吐き気も恐怖も、全く感じなくなっていた。


一人目を仕留めた後すぐ、利人は銀の銃口を別の獲物に向けていた。

常ならば間髪入れずに弾を連発している所が、こうして時を置いてしまうのは。


――傍らに居る少女に、衝撃的な場面を見せているという、負い目故か。


けれど、時を逃してはならない。

対峙しているのは、一時でも気を抜けない相手なのだから。


「……」


引き金に置いた指に力を込めたその瞬間。


「駄目っ!!」


想像もしていなかった方角、つまり後方から、思わぬ邪魔が入った。


「――っ!」


胴体に体当たりが入った衝撃で、弾丸が飛び出す。

しかしそれは、照準が狂って建物の壁に向かった。


「浅羽…!?」

「駄目、宗谷君!!これ以上罪を重ねないで!!」

「……は?」


目が点になった利人に構わず、背後から抱きついた形のまま、水薙は必死に言い募った。


「大丈夫、裁判では正当防衛だって証言してあげるから!一人で自首するのが嫌なら、私も共犯だって言って捕まるから!だから――!」

「…浅羽」

「ひとりにしないから!」


きつくきつく、抱き締めた。

こんな奇妙な状況下、ヒトゴロシが恐くないのかと、頭の中で誰かが言う。

普通は恐いはずだ。

…でも。

どうしてか水薙には、殺人という出来事は恐怖の対象であっても――彼が恐いとは思えなかった。


「……」


何か言いかけて、利人は口を閉じた。

そしてため息を吐いたと思った途端、回していた腕が、ぽんぽん、と宥めるように叩かれる。


「――テレビの見すぎだ。…第一、殺してない」


そして何かがおかしい、と言う少年。

一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「………え?」


ぽかん、と口を開く。

腕の力が緩んで、拘束を外した利人がこちらを向いた為に、視線が交わる。


「……殺してない」


静かに紡がれた台詞を漸く理解して、水薙は混乱し出した。


「え、でも…だって…!」

「――よく見てみろ」


指差されたのは息絶えたはずの身体。

死体――彼が言うには違うらしいが――をまた見なければならないのかと、水薙は震えた。

その肩に手を置いて、苦笑を浮かべながら、利人は水薙を反転させた。

再び目に映った、弾を受けた男の身体には…その胸には、傷が無かった。

血も、無い。

…いや、思い返してみれば、初めから出血などしていなかった。


「…え?」


ただただ呆然とする水薙の後ろで、利人はやれやれと言いたげな息を吐き出したのだった。




act.5 inevitable accident



――奇跡は突如として降ってくる。



混乱の極みにある水薙に説明しようとしたのか、利人は口を開きかけた。


「――あのな、」


けれどその刹那、水薙が知覚したのは彼の論ずる声ではなく、その背中と――頬に飛び散ってきた赤い液体、だった。


……え?


視界を掠めた鮮烈な赤。

指先で頬を触ると、ぬるりとしたものが付着した。

血。

…誰の?


「…っち、油断したか…」


彼の正面に誰かいる。


「ぎゃはははは!」


その不快な笑い声からわかったが、あの『卵』を持つ、狂ったような男達のひとりだった。

俊敏に動き出したのは、水薙を庇ってくれた一人の少年。

汚れた地面に、血液がこびりついたナイフが高い金属音を響かせて落ちる。

利人は、銃身で手の甲を強打してナイフを落とさせた後、横から別の相手が突き出してきた刃渡りの長いナイフを躱しつつ、最初の男に回し蹴りを食らわせた。

そのままの勢いで、振り返り様に銃声を響かせる。

路地裏に轟いた二発目の発砲音に、一発目の時のようなボケをかます余裕も無い。

ただ利人が流した血が、水薙の感覚を麻痺させていた。

だからこそ、利人が三度目の銃弾を撃った時、後ろから忍び寄る影に気付かなかった。

いち早く水薙に迫った危機を察知した利人が銃を構えるより先に、彼女の腕が掴まれる。


身体が後ろに引かれ、正に絶体絶命に陥るかというその時。



――彼女の最大なる悪運は、発揮された。



強く腕を引っ張られた瞬間、偶然にも足が滑った。


そして何故か固まったように右手に握りっぱなしだった通学鞄が、その拍子に偶然手からすっぽ抜けて、男の鳩尾に見事にヒットした。


「ぐえっ…!」


かなり重量があった鞄が与えた打撃は大きく、思わず男は水薙の腕を離して前屈みになった。

退がりながらの、重心を踵に乗せた不安定な体勢は当然ながら崩れ、男の身体は後ろに倒れ込む。


それから偶然、積み重ねられていた不法投棄の不燃ごみが真後ろに存在していた為に、男はその中に背中から突っ込んだ。

途端に上の方のごみが落下してきて男の上にどさどさと重なった。

人の上に築かれたごみの山。

死にはしないだろうが、明らかに身動きがとれず、更に凄まじい異臭と衝撃に相手は気を失ったようだ。

ぴくりとも動かない。


とどめのように、『偶然』その場で怯えていたらしい黒猫が、恐怖と怒りの限界に達したのか、僅かに覗いていた男の足に激しく爪を立て、逃げ去っていった。

…窮猫人を引っ掻く。


男にとっては『不幸』の、水薙にとっては『小さな幸運』の連続だった。




利人は、思いもよらぬ展開に、拳銃を構えたままの格好で、目を幾度も瞬かせて…固まっていた。






act.6 He don’t cry.



――痛みに慣れていることは良いことではない。




しばし呆然としていた二人だったが、唐突に水薙が慌てだした。


「どどどどうしよう、ごめんなさいっ!って宗谷くんも大丈夫ーっ!?」


一人、ごみに潰された男と怪我をしているクラスメートの間で右往左往している水薙を見て、呆気にとられていた利人は漸く自我をとりもどした。


「ああ…大丈夫だ、たぶん」


ナイフは右の掌から甲にかけて貫通していた。

襲撃者は突き刺したナイフをすぐに一度引き抜いていた。血が噴き出すのも構わず即座に叩き落としたので、地面に転がる刃物に付着したものと、手から滴り落ちる液体はかなりの量に達し、黒く変色を始めている。

その様相のどこが大丈夫なのかと、水薙は青ざめて叫んだ。


「大丈夫じゃなーいっ!」


一瞬きょとんと瞬いた利人を置いて、水薙は珍しく素早く行動した。

利人を座らせ、汚れた鞄を取り上げて口を開くと、中から四角いポーチを取り出す。

その中には、驚くほどたくさんの医療品が詰め込まれていた。

消毒液、ガーゼ、絆創膏、包帯……等々。

まるで――いや、救急箱そのものだった。

ひとまず止血が必要だ、と水薙は鞄から更に長い黄緑色のタオルを出し、利人の腕を取ると、手首の少し上をきつく縛り付けた。

利人の傷口は掌の中央より少し下の位置であるために、血液が供給されている腕の部分を縛ったほうが良いとの判断からだ。手首ちょうどを縛るのは何だか怖かったので、その微妙な位置なのである。

次は、と傷口を覗きこんだ水薙は、目にした光景に虚を突かれた。


「……あれ?」


もう、血はほぼ止まりかけている。

あの出血からしてこんなにすぐに血がとまるはずもないと普通ならば疑惑を抱くのだが、水薙はすぐに気を取り直した。

宗谷くんは代謝が良いんだな、と。

すぐに消毒が出来てちょうど良かった、などとも思った。


――彼女が人とズレていることは、この思考からして間違いない。

明らかに縫合しなければならないだろうと思われる傷であったのに、そう簡単に血が止まるものか。

思ったことが口に出ていて、その内容に利人が瞠目していることに気付かないまま、水薙は治療を続けた。


「よし、出来た!」


一仕事終えたことに安堵し、救急セットを鞄に仕舞い込む。

利人の右手には、綺麗に包帯が巻かれていた。


「……どうも……」

「いいえ、どういたしまして!って、もともと私を庇ってくれたんだから、お礼なんていらないよ!」

とんでもない、と水薙は顔の横で手をばたばたと振る。

「私、よく怪我をするから、医療品を持ち歩かないといけないんだよね」


えへへ、と屈託なく笑う少女に、場が和む。

それまでの戦闘が嘘であったかのような空気に、一瞬少年も絆されたかに思われた。

しかし――


「……え?」


自分に向けられた、銃口。

それを、浅羽水薙は信じられない面持ちで見遣る。

暗い闇の落ちた路地裏に、ほんの少し月光が差し込む。

その光に照らされて、銀色の銃身はやけに冷たく輝いていた。


「宗谷く――」


何の躊躇いもなく、少女の言葉の途中で、少年は引き金に掛けた人差し指を引いた。


乾いた音が一つ、薄暗い道に響き渡った――。




「――目を開けてもいいぞ」


へ、と間の抜けた声を上げて、ぱちりと目を開く。

拳銃を懐へ仕舞い込む少年の姿が映った。

二、三度、瞬きを繰り返す。


「……生きてる…?」

「……おい、俺が殺そうとしたみたいなことを言うな」

「え、だっ……え?」


だって確かに、自分は銃を向けられた。

銃口は自分の頭の方に向いていて、思わずきつく目をつぶり、頭を下げたが――


「頭を下げろって言う前にすぐ下げたから、わかってるのかと思ったら――まさか、勘違いされてるとは……」


利人は、何とも渋い表情を見せる。

後ろを見ると、どうやって這い出したのか、先程自分がごみの山に埋めた男が倒れていた。

自分ではなく、撃たれたのはこの男らしい。

微妙な表情を浮かべる利人に視線を戻して、水薙はあはは、と取り繕うような笑みを浮かべるのだった……。





act.7 invisible light



――それは運命か、それとも偶然か。




「それで、」


倒れた三人の男達を放って、利人が口を開こうとした瞬間、くしゅんっ!と盛大なくしゃみが響いた。


「………あ、ごめんなさい…」

「………そういえば、濡れたままだったな」


利人の言葉を遮ってしまい、申し訳なさそうに謝る水薙を見て、利人は顔色ひとつ変えることなく、自分のコートに手を掛けた。


「それは脱いで、これ着てろ」

「え、でも――」

「俺は寒さに強いから平気だ。……転んでから大分経つ、早く温まった方がいいな。話はまた今度にしよう」


服を横取りしてはいけないと首を振ったが、利人は自身のコートを半ば強引に水薙に渡して言った。


「とりあえずここから出るぞ」


濡れたコートを脱いで利人のものを着ると、温かさにほっとした。

中の制服まで結構濡れていたので利人のコートが駄目になるのではないかと思ったが、既に目立たない程度に彼のコートには血液が点々と付着しており、裾なども泥で汚れていた。それに、着ないと無理やり着せられそうだったので躊躇いながらも着込んだのだ。

手が出ないので袖を捲り上げる。

濡れた衣服が気持ち悪いことに変わりはなく、思わず顔を顰めた所で右の手首を掴まれて、引っ張られるようにして歩きだした。


「宗谷君、あの、あの人達は――」

「孵化は防いだから、これ以上凶暴になることはない。後始末は知り合いに任せるから、心配しなくていい」

「え、警察にでも通報するの…?」

「……似たようなものだ」


利人はとても早足で、軽く駆け足になった。

軽めの運動をしているようなもので、息と共に体温が上がっていく。

後を尾行していた時は周りの光景が見えていなかったが、角を何度も左右に曲がったり直進したりと、かなり複雑な道だったようだ。絶対に一人では帰りきらなかったな、とぼんやり考えている内に、早々ながらはじめ歩いていた大通りに出た。


「浅羽、家は?」

「あ、もうすぐそこで――」

「送っていく。帰ったら早く着替えて温まれよ」

「い、いいよ。すぐ側だし……」

「……無事に家に辿り着ける自信はあるのか?」

「う……」


この不幸体質では、少しの道でも不運なことに遭う可能性が高い。

口ごもった水薙を何度も助けながら――いきなり飛び出してきた人間にぶつからないように庇ったり、子どもが蹴飛ばした空き缶が当たりそうになったのを叩き落としたり――彼女を家まで送ると、利人はすぐに去って行った。

家に入り、水薙はすぐに風呂場へ駆け込んで湯に浸かり、重ね着をして暖を取った。

が、しかし、その後、すぐには布団に入らずに二枚のコートの汚れを落とそうと奮闘したのが悪かったのか、見事に風邪を引いて熱を出すこととなった。

倦怠感に苛まれ、頭痛や鼻水などと闘いながら、彼女は思う。

色々な説明を利人から聞くはずだったのに、無様にも風邪を引いてしまった――、と。

そもそも、水薙が利人を追いかけたからこんな事態になったのであって、自業自得とも言える。

元気になったら早く謝らなきゃ、と気落ちしながら、彼女は回復に専念したのだった。




「――倚織イオリ


浅羽水薙という少女が風邪で寝込んでいると知った利人は、ただ嘆息した。

一般人を巻き込んだことは完全に彼のミスだ。

責任を取らねばならない。

けれどその前に、やるべきことがある。


「はい、ボス?」


学校の屋上に出て名を呟けば、すぐさま返事があった。


「……お前はストーカーか。当然のように現れるな」

「嫌だなあ、利人さんの為ならすぐに馳せ参じますよ」


こちらが憂鬱そうに溜め息を吐いても、相手は嬉しそうに笑っている。

もういい、と諦めたように言って、利人はいつの間にか背後に現れていた人物を振り返り、こう告げた。


「浅羽水薙について調べろ。――関係者の可能性がある」

「え、それって……」

「構築者、もしくはそれに準じる者かもしれない。……『エッグ』がまともに見えていた」

「!……了解です。あ、博士にも伝えるべきですか?」


利人の台詞に目を見開きつつも、すぐに承諾する。

続けて尋ねると、利人は眉間に皺を寄せて暫し考え、こう言った。


「そうだな……伝えておけ。『世界』の研究者で唯一信頼出来る相手だからな」

「りょーかいでっす。あ、それとこれ、頼まれてたものですよ。預かってきました」

「――ああ、御苦労」


受け取ったのは、小さな半透明のボトル。

それを懐に仕舞い込むと、利人は踵を返して歩き出した。


「倚織、ストーカーも程々にしないと警察に突き出すぞ」

「やだなあ利人さん、あんな奴らには捕まりませんよー。この国の人間は平和ボケしてますしね」

「……とにかく、いい加減やめろ」

「はいはい、わかりましたよボス。では、任務に向かいます」


にかっと笑って、端整な顔立ちの青年は、琥珀色の瞳を愉快そうに輝かせ、同色の髪をなびかせて、そのまま屋上のフェンスに飛び乗り――消えた。


「……わざわざ飛び降りなくてもいいだろうに…」


頭を振って嘆息すると、ちょうど、予鈴が鳴った。

すたすたと歩き、屋上から立ち去る。

その顔はやや、強張っていた。



――そして世界は、動き出す。


お見苦しい文章で失礼いたしました。

結構気に入っている話ですが続きは全く…。

ここ半年程更新ができていないので、せめてものお詫びに、と思いまして…

次の更新は、短編か、連載の再開ができたらいいなあと思ってます。

お待たせしてすみません。

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