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けものとりっぷ!?(転生トリップ)

――世界を断ち切られた感覚というのは、ひどく不可解なものだった。

例えそれが薄氷の上に築かれた偽りの幻想だったとしても、日本と言う国では「平和」という言葉が蔓延していた。

時折ニュースで目にするだけで、眉を顰めるようなそんな出来事が、自らの身に降りかかるだなんて――爪の先ほども思っていなかったのだ。

たった、一瞬だ。

命が終わるのは。

何故その白刃は、ぶすりと私の心臓を突き刺したのか。どうも素人のようにしか思えない相手だったので、一突きで死を迎えたのは、恐らく非常に確率の低い、明らかなる偶然だったのだろう。

画面が真っ暗になるような、意識の喪失。ぶつんと音を立てたような人生の強制終了に、何かを思うまでもなく死んだ――はずだった。



気が付けば、もこもこふさふさとした、淡い白色の毛並みが見えた。

何かの動物の前足だ。ぷにっとした桃色の肉球と、真珠のように輝く小さな爪も見える。

間違いなく猫科の生き物だ、触ってみたい! と、思わず手を伸ばしたつもりが……何故か、手が遠のいた。

あれ? と首を傾げ、再び手を伸ばすが、やはり届かない。

頭の中で疑問符が踊りながら、同じことを数回繰り返して漸く――驚愕の事実に気が付いた。

前々から、鈍臭いと友人知人に罵られてきたが、ここまで自分が鈍いとは思っていなかった。

手を伸ばせば目の前の前足が逃げていくのは当然だ。

……その前足の付け根は、己の方にあるのだから。

つまり、それは自分自身の持ち物だった。

後に母親は、私が一人遊びをしていたと嬉々として父親に語ったそうなのだが――。

手を動かして目の前にやってみれば、なんとも簡単に、逃げていた動物の前足は傍に来た。

反対の手で触れてみても、ふわふわする気はするのだが、以前のように、小さな子猫を見つけて触ってはしゃいでいたような気分にはならない。まあ、自分自身の手や毛に触れて歓喜していたことなどないので、自分のものと他のものに触れるのは感覚が違うということだろう。

これはおそらく、生まれ変わりというやつだろう。

人間としての死を迎え、猫に生まれ変わったのか、なんて思っていたのだが……。

よーく考えれば、今生の父母は金と銀の毛並みの美しい美猫だと思い込んでいたが、猫としては結構な大きさだったし、顔立ちもどこか違うし、おまけに、あまり覗くことがなかったので気付かなかったが、背中には、鳥のような形の、小さな翼があった。

それらに気付かず、完全に猫だと思い込んで、親に甘えるがまま、のんびりまったりと過ごしていた為に――偶々水面に写った己の容貌を初めて認識した時は、茫然として魂が抜けたような状態になってしまった。

雪のような色をした、ふわふわの毛並み。大きなアーモンド形の目は、左右で色違いの琥珀と橙色の虹彩の中で縦長な黒い瞳孔が目立つ。小さな足に生えた真珠色の爪。ぷにっとした桃色の肉球に、ふさっとした尻尾。体毛の割に尻尾の毛だけは犬のようにふっさりとしているので、一部だけ毛の長い猫かとばかり思っていたけれど……首を後ろに回して――猫はかなり首が回る生き物である――背中を見てみれば、小さな小さな真白き翼がちょこんと存在した挙句、太陽と月のような不思議な紋様が背中に描かれていた。

はっきりいって、外見だけ見れば、物凄く愛らしい子猫に見えるが、顔立ちがやっぱりどこか猫とは違う。虎に近いものもあるが、あれほど凛々しさを持ち合わせているわけでもなく。

生後数カ月になった所で、父母に色々なことを教わったが、自分は一般に『聖獣』と呼ばれる種族であるらしい。

日本にいた頃は、平々凡々の社会人だった。性別は一緒なれど、種族が明らかに違っている――まさか、猫ですらなく、地球では存在しないような生き物とは。

聖獣の成長は遅い。生まれた時は生後二カ月程の子猫の大きさ位で、一年が経っても、あまり大きさは変わらなかった。

ただ、聖獣は一年経ったら巣立つのが普通。

恐らく猫科の生き物に近いように思えるのに、生殖能力はやや低め、一生の内出産回数は平均でも一度か二度のようで、母は初産。一度の出産で基本的に一、二匹しか生まれない種なので、私は一人っ子だった。中々愛情は注いでもらったが、一歳になったら親元から巣立たなければならない。

生まれた土地、美しい様々な色彩を湛えた緑豊かな森から離れねばならなかったことはとても寂しかったし、父母も別れを惜しんでくれたが、独り立ちせねばと、私は巣立った。

森の中を歩き、自然の彩に見惚れながら足を運んでいた時、ふと思った。

猫はあまり色彩を認識できないと聞いたことがある。にも関わらず、人間だった時のように、世界が鮮やかに見えることも、考えてみれば自分が猫ではないという証拠の一つだったのではと。――まあしかし、なかなか気付きづらいことだよなと、自分で自分を慰めた。断じて鈍いせいではないと思いたい。断じて!

聖獣は名の如く、『聖なる獣』である。広く存在は知られているらしいが、人間の前に顔を出すことはあまりない。

ここは地球とは違う世界だ。それは自分が猫ではないと知った時に気付いたことだが、この世界には、ファンタジーやお伽噺で登場するような生き物が多数存在する。その中に自分自身も含まれるのだが――世界には、たくさんの精霊と呼ばれる種族がいた。目には見えないが、自然と共に在るという世界を形作る要因のひとつである彼らは、時に他種族にその力を貸してくれる。

他種族が精霊の力を借りて為すもののことを魔法と呼ぶが、人間に対して精霊が力を貸すことは滅多になく、その反対に、神の眷属と謳われる聖獣は、大層彼らに好かれていて、生まれた時からその加護を与えられていた。

喉が乾けば水をくれるし、空腹になれば果物が飛んでくる、といった具合に、至れり尽くせりで甘やかされてきた。前世の記憶がなければひどく我がままで高飛車になっていたかもしれない。あるいは、とんでもなく箱入りのお嬢様になっていただろう。……いや、世間知らずではあるのだけれど。

精霊ってなんでこんなに優しいんだろう、と母に零した所、元から精霊は友好的だが、私に対する過保護さは異常だと言われたことがある。好かれているのは嬉しいが、何故そこまで、というのは未だに疑問である。

希少な種族である聖獣は、狼のように、生涯ただ一匹の相手としか番わない。

それと同じように、時折人の中に好ましい相手を見つけた場合、稀にだが、生涯でただ一人とだけ、主従の契約を結ぶことがあるという。

気楽に世界をのほほんと見て回りながら、もし良い人や良い番に巡り逢えれば行幸だなー、なんて思っていた所。

早々にして、あることを切欠に、私は唯一のひとを見つけてしまうのだった。


「どうしました?」


じいっと見上げれば、優しい手が頭や背中を撫でてくれる。特に喉を擽られるのは気持ちよくて、ごろごろと鳴った。

短く、ふんわりとした癖っ毛の黒髪も、灯火を含んだような柔らかな黄金と夕暮れ刻の胸を打たれるような紅の瞳も、包み込むようにあたたかな雰囲気も、全て好ましい。


『なんでもない』


聖獣は、人間のような声帯がないので、一種のテレパシーのようなもので人と会話する。

主となったひとに擦り寄りながら、私って面食いだったんだなと、神々しいまでに整ったその顔に見惚れていた。




その時の私は知らなかった。

聖獣は成長すれば人の形を取ることも出来、中には人を伴侶とした者もいたことを。

自分の主への思いが、主人への敬愛とはまた違う感情を含んでいたことも――。

子どもの頃はまだ、何も知らなかった。

現代から異世界トリップ、しかも人外がいいなーと思った所、猫っぽい生き物に。

説明とか多くなってしまったけど、これはこれでいい気がします。

書こうと思えば、これも長編に出来なくもなさそう。暫くは無理だけど。

気分転換に書きました。よろしければ感想などお願いします。

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