あたたかな檻(現代FT?義兄妹)
過去の作品なので文章など稚拙です。
若干のゲテモノ要素があります。(ほぼギャグみたいなものです)
――辺りは、闇に包まれていた。
「はあ、はあっ――も、もうっ!!」
息を乱して、走りながら叫ぶのは、一人の少女。
腰の辺りまでの艶やかな長い黒髪と、同色の瞳が愛らしい、高校生位の少女だ。
「何で、いつもいつも私がこんな目にっ!」
足を止めずに後ろを振り返ると、ずりずりと後を追いかけてくるモノの姿が見える。
それは所謂、古来から魑魅魍魎とよばれる類のモノだった。
「い、っいやーっ! ぬるぬるしたのはいやーっっ!!」
泣きそうな少女の絶叫が、誰も居ない通路に響く。と共に、彼女の走る速度が上がった。
アスファルトを駆ける音が響き渡る。
只今の時刻、九時四十五分。
さすがに夏と言えど、辺りは暗い。
常なればもっと早い時分に帰途につくのだが、如何せん、今日は色々と用事が重なって、こんなに遅くなってしまった。いつもより二、三時間以上も遅い。
これはもう、帰り着いた時に、地獄の大王が怒り狂っていることは間違いない。
よほど、友達の家に泊まらせてもらおうかとも考えたが、そんなことをしても執行猶予が延びるだけだ。
そんなこんなで、急いで家に帰ろうと走り出したところ、後をつけてきているモノの存在に気付いた。忍び寄るその暗い影を撒こうと孤軍奮闘をしていたのだが、それは非常にしつこかった。
大分前から、とうに息は切れている。
そこで相手がどれくらい近くに来ているのかと、振り返った少女が目にしたのは、彼女が最も嫌悪する物体だった。
そのことで、火事場の馬鹿力のように、一旦は生理的嫌悪から足も速まったが、徐々に速度は落ちてくる。
りーりーと何処かで虫が鳴いているが、そんなことに気がつく余裕も無い。
「なめくじなんて、嫌いーっ!」
そう、台所に点在するあの黒光りするものは(名前を呼ぶのもおぞましい)滅殺してしまいたいほど嫌いなのだが、あのぬるぬるした、のそのそと這い回っている物体も、憎むと言っても過言ではないほど大嫌いだった。
苦手なんてものではない。この世に存在すると思うだけでおぞましい。
それなのに、今後ろを追ってくるのは、巨大ななめくじ、そのものだった。
彼女の名前は神薙優希。
十七歳、高校三年生の、現役受験生だ。
優希は、基本的に、虫や両生類の類を一切受け付けない。視界に入れたくないほど、嫌っているのだ。
――昔から、彼女には不思議な体質が備わっていた。
物心ついたときにはもうすでにその体質だったから、おそらくは生来のものなのだろう。
その体質とは、一言でいうなれば、「魔寄せ」とでも言うのか。
一般的――というと語弊があるが――まあ、魑魅魍魎の存在を知っている者たちの間で、「闇」の部類に属すると認知されているモノを、惹きつける。それが、彼女の持つ特殊な体質だった。
よって、少女は行く先々で、妙なモノに遭遇する。
一日たりともそういったモノと出会わなかった日はないが、数年前から、いつもはある人物に持たされた特注の御守りのおかげで、害のあるモノをあまり寄せ付けないように――そのひとの言葉を借りれば、そういったモノから姿を隠してくれるらしいのだが――なっていたのだけれど、今日に限って、御守りを何処かで落としてしまった。
先程、それに気がついた所存だ。
御守りをくれた人物本人、家で自分の帰宅を待っているであろうひとから、罰せられる罪がまたひとつ増えた。
それだけでも十分災難なのに、どうして、今自分を追っているモノは、自分が一番嫌いなモノの姿をしているのだろう。
必死の形相でひた走る。
が、曲がり角を曲がったところで、彼女は何かに躓いた。
「ぎゃっ!」
乙女にあるまじき悲鳴と共に、見事なまでに転んだ優希は、危うく顔面を地面にぶつけるところで、慌てて手をついた。
何しろ猛スピードで走っていたので、転んでしまって怪我をするなというほうが、彼女にとっては無理だ。
手のひらを確実にすりむいたことがわかって、悲鳴をあげる。
「また怒られることが増えたー!」
怪我をして、「彼」が黙っているはずが無い。
どうして今日は、やることなすこと全て、後で「彼」に叱られる方向に向かうのかと、優希は心の内で頭を抱える。
そうこうしている間にも、追手は来ていた。
外灯を遮り、己の上にふっと掛かった影。その存在に気付いて、少女は固まる。
おそるおそる振り返って、すぐ、そばに、巨体が。
「いやーっっ!!」
絶叫に覆いかぶさるように、なめくじの頭が傾いで、近寄ってきた。
あわや少女に触れようというその時。
巨大なめくじの、声にならない咆哮が響いた。
「――え…」
視界の端に映るのは、赤い炎の立ち上るなめくじの姿。
苦痛にのたうちまわるそれは、既に少女から離れたところにいた。
「――今日は、御守りをどうしたのかな?」
涼やかな声が、後方から届いた。
ぱっと振り返ると、誰もが見惚れずにはいられない、美貌の青年がひとり、立っていた。
「媛兄!」
びっくりして、声をあげる。
そこに居たのは、兄である神薙媛夜だった。
「な、ななな何でここに!?」
最早、巨大なめくじなど眼中にない。
――それより遥かに恐ろしい者が降臨したのだから。
家で自分を待っているはずの人物、「彼」が、媛夜である。
夜を写す漆黒の髪、深淵を覗かせる闇色の瞳。
自分と同じ「黒」に分類される色彩なのに、その色は、どこまでも深く、どう見ても、別の色のようだった。
「優希?」
「は、はいっ」
優しく囁かれた声に、びくんとして反応する。
…その声が、響きのごとく優しさを内包したものでないことを身にしみて知っていたために、少女は内心で号泣していた。
「後でおしおきされるの、覚悟しといてね?」
「………………ハイ」
――あきらめるしか、なかった。
二人の、己を全く無視したやりとりに腹を立てたのか、炎に撒かれながら、嫌な咆哮を上げて、なめくじが迫ってこようとした。
気色悪さに優希はひっと息を呑む。
「ふうん。いい度胸だ…俺に立ち向かおうなんて、ね」
対して、にやりと媛夜は笑った。整った顔立ちは幼少の砌より周囲を騒がせてきたが、その頬笑みは嫌に好戦的で、顔が良い分恐ろしい。
優希がそれに、ぞっと鳥肌を立てたのは言うまでも無い。
ついつい、相手が人外のものとはいえ、同情してしまった。
なめくじの身体に、また別の火の手があがる。
巨大なめくじがもがき苦しむ様子は、えも言われぬものがあった。目を逸らしたいが、身体が固まってしまっている。
ふと、兄がじいっと自分に視線を注いでいるのに気がついた。
「?」
何事かと首を捻ると、媛夜が、少女の手を取った。
手のひらに滲む、鮮血。
途端、媛夜の周りの空気が凍った。
「――これは、どうして?」
壮絶、としか言いようの無い笑顔だった。
どす黒い何かが彼の後ろで湧き出ているように見えて、一瞬意識を飛ばしかけたほどだ。
…勿論、媛夜がそんなことを許すはずも無く。
「――優希?」
瞬時に意識を持ち直して、気絶する代わりに、嫌な汗が大量に噴出してきた。
「こ、ここ、転んで…」
「へえ――」
頷いて……悪魔が、君臨した。
「フルコース、決定」
至極愉しげに告げられた言葉は、少女にとって、死刑を意味していた。
「そ、そ、それだけはっ! それだけはやめてーっっ!!」
顔面蒼白、…鼓動が不規則になってきた気がする。
「んー、じゃあ、代わりに何をしてくれる?」
「何でも、何でもするからっ。フルコースは嫌ー!」
「…何でも?」
「な、何でもっ!」
こくこく、と猛烈な勢いで首肯する。
すると、悪魔は、にやりと笑った。
思わず、背筋に悪寒が走る。
「何でも、ね。じゃあ、それでいいよ」
輝かしいまでの笑顔を見せられても、身体の震えは止まらない。
恐ろしいことをしてしまったと、がたがたと震えながら、今更ながらに思った。……後の祭りだ。
媛夜がのた打ち回るなめくじに向き直って、一言、呟いた。
「消えろ」
その言葉と共に、なめくじの身体がばきばきと音を立てて氷に覆われ、それからすぐに、業火に包まれて跡形もなく消え去った。
どうせなら一撃ですませてやればいいものを、わざわざえげつないやり方をとった兄に、顔がひきつる。
それでも、短時間ですませたかったから、わりと簡単なほうにしたのだろう。時間さえあれば、もっと残酷な方法を取っていたであろうことは、想像に難くない。
くるりと振り返った媛夜は、極上の笑みを浮かべていた。
「…帰ろうか?」
手を差し出されて、とらないわけにもいかず、その手を握った。
帰り道、さーて何をしてもらおうかな、と機嫌の良さそうな兄の横で、何を言いつけられるのだろうと、妹がびくびくしていたことは、言うまでも無い。
その日は本当に、ツイていなかった。――ある意味、憑いていたかもしれないが。
ふんだりけったり。
**********
――遠い、遠いところで、子どもが泣いている声がする。
どうしたの、と問いかけるけれど、子どもは泣き止まない。
それどころか、ますます酷くなる。
どうしようもなくておろおろし始めたとき、ふいに、あたたかなものに包まれた気がした。
すぐ、側で。
そして、遠くで。
同時に、同じ優しい声が響いた。
『大丈夫だよ』
その言葉を紡いだひとが、自分を抱きしめてくれたのがわかった。
同時に、泣いていた子どももまた、抱きしめてもらったことが、何故かわかった。
……子供はもう、泣いていない。
唐突に、理解した。
――ああ、そうか。あの子どもは…。
ぬくもりが、消える。
――私、だ。
「――あ、れ」
目を覚まして、優希は首を傾げる。
「どんな夢、見てたんだっけ…」
瞼を上げるのと共に、散ってしまった夢の痕。
風花のように、手のひらで掴んでも、すぐに消えてしまう夢は、いつもひとを翻弄させる。
未練はあれど、おそらく帰っては来ない夢を、しぶしぶ諦めて、寝返りをうとうとした優希は、ぴたりと動きを止める。
今更ながらに気付いたが、背中に、何か温かなぬくもりがある。
腰の辺りには、わずかな重み。
その正体に思い至った彼女が、奇声の混じった大きな悲鳴をあげたのは、当然のことだろう。
「…まったく、もうっ!」
ぷんぷんと怒る優希を尻目に、元凶は、飄々とした態度を崩さない。
「朝から元気だね、優希」
「誰のせいよっ!?」
ぬけぬけと言い切った兄を、百獣の王さえ降参しそうなほど鋭い視線で睨み付ける。
媛夜は全く動じない。
…朝、目を覚まして、ひっついていたぬくもりは、媛夜だった。いつのまにか隣にもぐりこんで来て眠っていた兄に、優希が怒らないはずがない。
いくら兄妹とはいえ、年を考えろ、というものだ。
媛夜は、優希より四つ年上で、この間二十二歳の誕生日を迎えた。
優希とは少しも似ていないその華やかな容姿のおかげで、彼に想いを寄せる女性は後を絶たないのだが、誕生日当日、多くの女性から誘われたのに、彼は全て断って、家へ帰って優希と二人で自分の誕生日を祝った。
…媛夜のことを知っている、優希の昔からの友人は、「シスコン」と呼ぶ。
――それは、限りなく真実に近いだろう。
この頃の優希は、もはやその域を超えてしまったのではないだろうかと思っていた。
「媛兄はさ、私にばっかり構ってないで、早く彼女作ったら?」
「え?別に、いらないし」
「――あ、そ」
呆れてしまった。
朝食を済ませて、後片付けをしてから、鞄をひっつかむ。
玄関で靴を履いているところで、見送りに来た媛夜が、声を掛けた。
「…ね、優希」
「んー?何?」
とんとん、と履き心地を確かめる。
よし、ばっちりだ。
振り返ると、いつもの温和な笑顔があった。
「俺と初めて会った時のこと、覚えてる?」
「はあ?そんなの産まれてすぐのことでしょ。覚えてたら、私は超人よ」
いってきます、といって、外へ出る。
空は、薄い灰色の雲に覆われていた。
少女は、青年が、どこか寂しげな表情をしていることに気がつかないまま、出て行った。
「――俺が、守るから」
幼い日。
ずっと昔のあの日に、そう、決めた。…そう、誓った。
『媛夜。この子が、お前の妹になる優希だよ』
連れられて来た、初めて会った二歳の少女。
愛らしい容貌をした少女は、あちこち怪我をしていた。
その怪我の原因を知ったときは、猛烈に腹を立てたものだ。
常々、あまり感情と言うものがよくわからなかった自分が、腹を立てるなんてことに驚いている間もなく、小さな子どもが、笑顔を浮かべた。
――その時、彼女に、彼は囚われたのだ。
意に反してではなく、自ら進んで。
初めて、何かを守りたいと思った瞬間だった。
「…すっかり、忘れているよなあ」
苦笑する。
自分たちが血の繋がりなど無いということを、流石に二歳という年齢だったせいか、優希は綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
「まあ、いいか」
どうせ、あと少ししたら、告げるつもりだ。
「…逃がさないから」
妹だと思ったことは、一度も無い。
出会ったその時から、彼女は自分を虜にしたのだから。
彼にとって、彼女は、出会ったときから、誰よりも何よりも大切な存在で、誰にも譲れない、生涯を掛けて共に生きると決めた者なのだから。
「逃げようとしても、絶対に逃がさない。追いかけて、捕まえる」
時々、自分の中の、あの少女に対する想いが、恐ろしくなる。
出来ることなら、誰の目にも触れさせず、閉じ込めて、自分だけのものにしておきたいという、行き過ぎた独占欲。
そんなことを、あの少女が望むはずも無い。
自分が、こんなにも彼女を想っていることに、少女自身は全く気がつかない。
――せめて、あの無防備さをもう少しどうにかしてくれないだろうか。
青年は日々、ため息を吐きながら己と戦っている。
むかーしに書いたまま眠っていた話。
続きものにしようと思っていたはずがもう書かないと思われます。
義理の妹に執着するお兄ちゃん。
私の書く話はヒロインに執着する男が多い気がす…一途なんです、と言っておきます。