約束の履行(トリップ)
私は、昔から子どもが好きだった。
そして、友人からは隙だらけだと言われてきた。
だから、なのだろうか。
こんな事態を招いたのは――。
それはある晩の夢の中のこと。
綺麗な銀髪に榛色の瞳をした、綺麗で可愛い男の子に会った。
うっすらと緑がかったそのオッドアイがとても美しくて、ついつい、会ったばかりの子だというのにまじまじと見つめてしまったのだ。
すると、男の子はその視線を避けた。
失礼なことをしたかと思い、ごめんね、目が凄く綺麗だったからと謝れば、何故か唖然とした眼差しを向けられて、逆にこちらがきょとんとしてしまった。
それから暫く、その子とはよく夢で会ってお話をした。
どこか儚げな印象を受ける外見とは裏腹に、なんだかとても利発でやんちゃな子だったけれど、五歳くらいの子であればそれが普通かと思って、とにかく可愛くて仕方がなかった。
夢の中の空間は、西洋風の広々とした、まるで物語に出てくるお城の一室のような場所で、そこでよく、彼と遊んだ。
甘えているのかよくよく抱きつかれたり膝枕を要求されたり頬に口づけられたりしたのには驚いたけれど、外国の子どもだからスキンシップが多いんだろう、ということで別に不思議には思わなかった。
それに、寂しいけれどこれは夢なのだ。
ある日、彼が言った。
「結婚してほしい」と。
私はにこにこ笑いながら小さな頭を撫でて、こう答えた。
「あなたが大きくなっても私が結婚していなかったらね」と。
約束だぞ、と言われて何やら不思議な紋様のついた指輪をもらい、別れ――それから一週間、私はもう、彼と会える夢を見なくなってしまった。
思ったよりも楽しみにしていたらしいその夢を見なくなってから、気分が落ち込んで、友人たちにも心配された。
夢から起きた時に何故か手に持っていたあの指輪を大事にしながら、落ち込んでばかりいられない、と仕事に励んでいたある日。
珍しく長く取れた有給初日、まったりと自室で煎餅を頬張っていた私は、気付けば誰かに後ろから抱き締められていた。
会いたかった、と耳にぞくぞくするような美声が届く。
見上げた先には、銀髪に榛色の瞳の美青年がいた。
茫然としている間に煎餅は相手に食べられ――不思議な味だが美味しいとかなんとか言っていた――ついでに何かを言おうとした私の口も食べられた。
気付けば、あっという間に純白のドレスに身を包んでゴールイン。
あれえ? なんて思っていたらきちんと手続きを踏んで会社は退職させられ、友人たちへの挨拶回りも終わり、家族にも年に一度は遊びに来ると言って、私は異国へ嫁いでいた。――異世界の。
ちょっと抜けてる所が可愛い、とたまにいじめてくる夫になった人は、間違いなくあの夢で会っていた男の子。
厄介な呪いを掛けられて子どもの姿でいたらしいけれど、実はれっきとした大人だったそうだ。…私よりも二歳年下だったが。
ちなみに、彼はある国の王子様で、王位には全く関わりのない気楽な五男だと言っていた。
ずっと後に聞いた話、彼のオッドアイは不吉だと忌み嫌われていたそうだ。それで、自分でも嫌だったその目を肯定してくれたことで、私が気になるようになったのだと。
好きになったのは、その心を和ませてくれる笑顔だ、とは言われたものの、私はただの一般女性にすぎないのだけれど――何が良かったのか、それは結婚して数年が経った今でもよくわからない。
不用意に約束なんてするものではない、と学んだ。
けれどあの時既に、私はおそらくあの綺麗なオッドアイに囚われていたし、今では大好きな子どもたちに囲まれて、幸せに過ごしている。
結果オーライって、こういうこと?
旦那がなんか腹黒い…。
でもこんなのもいいかなー。
腹黒×天然。
なんで夢の中で会ったのかなんて、気にしちゃいけないお約束。