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その後 これからも二人

 私、美並菜水は状況を整理してみる。

 優が言っていた放課後に付き合わなくてはいけなくなった友達、これは予想通り福代くんだったようだ。

 そして、その用事とは、どうやら目の前の阿久間冬子さんというらしい彼女絡みのことと見た。優の発言から考えると、優も何かされたのかな。

 ふむ。とりあえず、私は少し様子を見ることにしよう。


「本陣、くん。それに、なんでかぁ——夏良(かよき)までいるのよ」


 かぁ——なんだろ? 愛称で呼びそうになったのかな。この二人、仲がいいのかもしれない。


「もう一度聞くよ、冬子ちゃん。優くんの彼女さんに何をしていたの?」


 福代くんが冬子さん(阿久間は悪魔を連想して呼びにくい)を真剣な表情と眼差しで見つめて聞く。

 冬子さんはそれを黙って受けていたけど、やがてため息をついて諦めたように話し始めた。


「本陣くんと別れるように言ってただけだけど」


「そんなっ! 冬子ちゃん、もうこんなことやめてよっ!」


『もう』か。冬子さんはこういうことを頻繁におこなっているのか。何のために?


「夏良には関係ないでしょう。男なんて浮気したり総じてクソの存在よ。私は美並さんが傷付く前に別れさせようとしてるだけ」


「冬子ちゃん、優くんは浮気なんてしないよ」


 表立ってはしないけど、心の中で頷いておく。


「はっ! どうだか。私がちょっと声をかけただけで、どれだけの男が私に浮気したと思ってるの? そいつも同じよ」


 あら、それは軽薄な男性との出会いが多いことで。

 でも、自分も同じなどと言われたら優は黙っていまい。


「俺は微動だにしなかったがな。お前が接触してきたことも勝手に名乗ってきた名前も頭の片隅に追いやるくらいに。福代からお前のことを聞いてもピンと来なくて、お前の写真を見てようやく思い出したくらいだ。何かの悪ふざけで無理やり写真まで撮って行ったのかと思っていたが、別れさせる材料にするつもりだったのか? 浅はかな」


 ああ、やっぱり不本意な写真だったか。

 ふふふ、さすが私。

 それはともかく「浅はかな」を筆頭に言葉の選択がよろしくない。そういうとこだぞ、優。


「ふん。そうは言っても、慌ててここに来たということは心配だったんじゃないの? 美並さんが自分を信じてくれるか自信がなくて」


 失敬な。ここは言ってやれ、優。


「菜水のことは信頼しているさ。俺が信用していなかったのはお前だ、阿久間冬子。俺はお前のことはよく知らないんでな。菜水が話を聞き入れなければ、脅しや暴力に訴えて菜水を傷付ける奴の可能性もあると思ったまでだ」


 傷付けられるかもしれない私のもとに駆け付けてくれたってこと? 予想以上の言葉に、嬉しいだけでなく照れてしまう。


「優くん、冬子ちゃんはそんなこと——」


 福代くんが冬子さんにフォローを入れようとする。ただ仲がいいのではなく、よく知る仲なのかもしれない。


 優は福代くんに向けてだろう、軽く手を挙げた。


『お前の言いたいことは分かる。だが、俺にとって阿久間冬子はよく知らない奴なのだから仕方ない』


 そんな意味を込めた所作のようで、福代くんに「皆まで言うな」と制しているみたいに思えた。

 そのことを察してなのか、福代くんはそれ以上言葉を続けなかった。


 おおぉぉ。俺たちの意思疎通に言葉は必要ない、みたいな。

 福代くん、しっかりと友達してくれている。……あの優と。


 私は少し寂しい気持ちになりつつも、ひっそりと感動した。


「女子に酷いこと言うのね。聞いた? 美並さん。これが、この男の本質よ」


 はっ! そうだ。つい嬉しくなってしまったけど、冬子さんには結構酷いことを言っている。

 でも、いつもどおりだよ。もう知ってる。それに、言ったのは()()()()()()


「女子に言っているんじゃない。お前に言っているんだ、阿久間冬子」


 冷静かつ凄みを効かせてキメ顔で優が言った。

 冬子さんも福代くんも、その迫力に呑まれたかのように言葉を失っている。


 一方で私は、吹き出しそうになるのをこらえていた。


 何か言うとは思っていたけど、まさか私たちが愛読している『(にのまえ)十一(といち)の事件簿』のセリフをもじって言うとは。

 あれは、第十七作『数字館殺人事件』。

 十一が「一たす一じゃあ、二の前じゃあなくて二じゃあねぇか。ほれ、ピースしてみろよ、ピース」などとからかわれながらも、数時間で事件を解決する伝説の作品。

 それにあるセリフ。


「女性に言っているんじゃない。あなたに言っているんだ、アンダスタン」


 めっちゃ影響受けてる。

 ツッコミたいけど、ここは彼氏を立てて黙っておくとしよう。

 それはそれとして、あとで思いっきりからかってやるけども。


「ともかく、俺たちの関係は強固だ。お前に立ち入る隙などない」


 あらあら。私のおかげでかっこよさを保っているお方が話を続けていますのね。


「ふぅん。言うだけならいくらでも言えるよ。まぁ本当に今はその信頼関係が成り立っているとしても、いつか必ず壊れる。美並さんから心が離れたとき、本陣くんは浮気する。今のうちに別れたほうがいいと思うけどな」


「冬子ちゃん……」


 冬子さんの名前を口にした福代くんを、優が迷っているような顔でちらっと見る。そして、ため息をついてから冬子さんに視線を戻した。表情も元に戻っている。いや、これは、何かを始めようという目、かな。


「俺が男だからか」


「そうよ。男なんてみんな同じ。ちょっと揺さぶったら浮気して、別れて。だから、美並さんの、女の子たちのために私は——」


「お前のためだろう、阿久間冬子」


「は?」


 冬子さんがたじろぐ。予想外の言葉だったのか、それとも——。


「男が皆浮気する存在なら、お前は肝心なことからずっと目を背けることができるものな」


「何を言って——」


「浮気されて別れた彼氏、浮気するようなそいつを選んだのは自分だってことだ。だが、それを認めたくないから、お前は男が皆浮気するということにしたいんだ。その思想が崩れないように、知ってか知らずか浮気しそうな男に声をかけて実証していたつもりになっていた、なんてのもあるのかもな。不特定ではなく特定の人にアンケートを取って回答を偏らせるように。だとするなら、その特定に俺が選ばれたのは不本意にもほどがあるが」


「そんなこと、ない」


 冬子さんの声が弱くなる。「お前のため」と言われてたじろいだのは、気が付かないようにしていたものの少しは自覚があったのかもしれない。


「だったら、今度は福代と付き合ってみたらどうだ? 俺の見立てでは、福代は浮気しないぞ」


「なんで、ここで夏良が出てくるのよ」


 冬子さんのいうように、たしかにそう思う。

 でも、優の横のようなちょっと斜め後ろのような位置にいる福代くんの赤くなっている顔を見て、なんかいろいろと察した。


「浮気しない福代よりも浮気する顔が好みの男がいいのなら、やはり自ら選んでいると言わざるを得ないだろう?」


「付き合う前に、好きかどうかの問題があるわよ」


 冬子さんが投げやり気味に言う。

 それを聞いた福代くんの顔が沈む。


 やっぱり、そういうことだよね。うう、なんだか見ていて辛くなるなぁ。


「……もういい。なんか、疲れた」


 本当に疲れたような声でそう言って、冬子さんは教室を出ていこうとする。


「待って」


 どうしようか考えるよりも先に、立ち上がって私はその言葉を言っていた。

 冬子さんは立ち止まり、私のほうを向いた。


「えっと、冬子、さん。私は女子の代表でもなんでもないから、ただのいち意見として聞いてほしいんだけど。私は優と何かあったとしても、別れる選択をするときは誰かの介入なく、私の——私たちの判断で決めたいと思うよ」


「だから、もうこんなことはやめろって?」


「……うん。それとね、まだ伝えたいことがあって。優はさっき、冬子さんが元彼を選んだ自分を認めたくないから男性全体のせいにしているなんて言ったけど、私はこうも思うんだ。冬子さんは、元彼を憎みきれないから男性全体のせいにしたかったんじゃないかって。だから、その、だとしたらなんだけど、冬子さんは愛情深い人だよね」


 冬子さんはしばらく表情を変えなかったけど、いずれ微かに笑った。


「ははっ、そんなことないよ。買い被り過ぎ。あなたの彼氏のほうが、きっと合ってる」


「それから、方法は間違えたと思うけど、心配してくれてありがとう」


 あの時の黒島さんと違って、冬子さんから私に対しては強い圧を感じなかった。

 自分のためだという背景があったとしても、女子の——私の心配をしてくれたのも本当のことだと思うから。


「美並さん、いい子過ぎ。本当に、本陣(こんな奴)でいいの?」


 ここは、強く、言える。


「この人が、いいの」


「ふふっ、負けた、負けたよ。……ごめんね、こんなことして」


 かすかに潤んだ目でそう言うと、冬子さんは優のほうを向く。


「でも、あんたには謝らないから」


「期待していないさ」


 この反応。

 やっぱり、考え直そうかな。


「ほんと、あんたはムカつく」


「すてきな二人でしょ、冬子ちゃん。こんなカップルもいるんだよ。だから——」


 やり取りを見守っていた福代くんが優しい声で言う。

 冬子さんは福代くんに目を移すと、やがてため息をついてこう言った。


「分かったよ。もう、しないから」


 よかった。

 今まではどうだったか知らないけど、こんなのきっとトラブルになる。傷付く人もたくさん出ると思うから。冬子さんも含めて。


「はぁ。もう、行くよ。これ以上ここにいたら、あなたたちの幸せに嫉妬してしまいそうだから」


「よかったら、またね。冬子さ——冬子ちゃん」


 私はそう言って、軽く手を振る。

 冬子ちゃんは手を挙げたものの、本当に少ししか手を振らなかった。さすがにばつが悪いと思ったのだろうか。顔を伏せて足早に教室の出入り口に向かっていく。


 そして、教室を出ようとするその時、私たちに背を向けた冬子ちゃんは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。


「ありがとう」


 ほんの少しだけ、時間が止まったように教室が静寂に包まれる。その静寂を切り裂いたのは優だった。


「何してるんだ、福代」


「え?」


「俺たちはもういいだろう。ここからは、お前の出番だ。行けよ」


「う、うん。ありがとう、優くん、美並さん」


 福代くんがふくよかな体を揺らして、冬子ちゃんの後を追おうとする。

 教室を出ようとするその背中に、状況はよく分からないながらも想像どおりであればと声をかける。


「頑張って」


 私の言葉を受けてか、福代くんは教室を出る前に一度こちらを振り返った。


「ありがとう」


 さっきの冬子ちゃんとは違って大きな声。それから、とびっきりの笑顔を私たちに向けて大きく手を降ってくれた。

 福代くんが教室をあとにすると、ドタドタと廊下に足跡が響いていく。そして、その音も徐々に小さくなっていった。


 再び静寂。取り残された私たち。教室という世界に二人きり。高校では放課後に残って一緒に勉強することはなかったから、懐かしい気持ちになる。

 もう少し浸っていたかったけど、私の彼はやはり二度目の静寂も破る。


「じゃあ、俺たちも帰るか」



 帰り道。私たちは話しながら歩いていた。


「やっぱり福代くんは冬子ちゃんのことが好きだったんだ」


「ああ。俺の発言で気持ちを落としたところに福代が行けば、もしかしたら目もあるかと思ったが、菜水がフォローを入れてしまったからな」


「え? じゃあ、あれはわざとあんな言い方をしたってこと?」


「いや、俺はただ言いたいことを言っただけだが」


 ですよね。いや、そういうことにしておきますか。


「うう。そうすると、私は余計なことをしてしまったのか」


「いや、気持ちが晴れたあとというのも、言葉は響くものかもな。まぁ、あとはあいつら次第だろう」


「そうだね。うまくいくといいな。……ねぇ、ところでさ、今日はなんか中学のころを思い出さなかった?」


「そうだな。思い出したかもな」


「もう! そういえばさ、遥から連絡があったんだけど、バレー部でレギュラー取ったらしいよ。三年生がいたころからベンチ入りしてたから、当然といえば当然なんだけど」


「ボウリングはともかく、バレーの腕は本物だったか」


ボウリング(それ)、結構互角じゃなかった?」


「そうだったか」


「みんな、どうしてるかなぁ。あ、姫川さんの学校、もうすぐ文化祭だ」


「行きたいのか?」


「うん」


「じゃあ、行くか」


 姫川さん。

 勘違いとはいえ、優が前に好きだった人。

 でも、今回優が浮気していない確信があったように、二人が会うことにまったく問題は感じない。



 いつだったか、優と浮気について話をしたことがある。


『優は浮気したりしない?』


『しないが』


『へぇ』


『なんだ、その疑いの目は。……そうだな。菜水はこれをやったら自ら命を絶ってしまいそうなことはあるか?』


『え、えぇ? うーん? 誤って人を殺しちゃったりとか?』


『過失致死か。責任感の強い菜水らしいな。いや、答えはどんなものでもいいんだが、俺はそういう位置に浮気——交際中に違う誰かを好きになることを置いている。死ぬってのは簡単なことじゃないから死ぬことはできないかもしれないが、それはそれで残る人生が死んだも同じような地獄になるものだと思っている。そんなの、俺はごめんだ。だから、することはない』


 いつもの『自分のため』にですか。こういうとき、嘘でもいいから『お前が好きだから』とでも言えたらいいのに。いや、だからこそ信じることができるってことでもあるんだけどさ。


『まぁ、菜水が好きだからというのもあるがな』


 ぐっ! 落ち着け、私。これは二番目の理由だ。私は、こんなのに心を揺さぶられるようなチョロインじゃない。その前にヒロインじゃないけど。



「ふふ」


「どうした?」


「いーえ、なんでも」


 信じてるよ。

 だからこそ。


『一位を取ったら彼女に告白する』


 その相手であった姫川さんにも、一緒に会いに行けるのです。


 好きだし、その感情と関係なく信じられるあなたと。


 これからもずっと、二人で歩いていける。

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