その後 美並菜水 恋人
「あれ? 菜水、めずらしいね。いつもは学校終わったらすぐに帰ってるのに」
放課後の教室。
ひとり自分の席で勉強している私に、用があったのかショートホームルーム後にどこかに行って戻ってきた友達の友子が声をかけてくる。
「うん。優が用事あるみたいでさ」
「あぁ、じゃあ私と一緒に帰ろう……ってことにはなりそうもないね。勉強しながら待つ気満々って感じだし」
「うん。そのつもり。ごめんね」
「相変わらず仲のよろしいことで」
そう言うと、友子は自分の席に行って机に置いていたバッグを手に取って肩に掛けた。そして、再び私の所に来る。
「それじゃあ、また明日ね」
「うん」
言葉のあとでお互いに小さく手を振り合うと、友子はそのまま教室を出ていった。
友子が言った「めずらしい」。
そう、私が——私と優の私たちがすぐに帰らないのはめずらしかった。二人とも部活に入っていないため、授業が終われば早々に合流して一緒に帰るのが日常だから。
その日常に入り込んだめずらしいことが、優の用事だ。
“ 悪い、菜水 ”
“ どうやら俺にも友達がいたようなんだが ”
“ 放課後、そいつに付き合わなくてはいけなくなった ”
“ 少し時間がかかるかもしれない ”
“ 先に帰っているか? ”
そんなメッセージが、昼休みが終わりそうなころにスマホのメッセージアプリに送られてきた。
詳しく事情を聞きたいところではあったけど、もう午後の授業が始まってしまう直前だったので。
“ ううん ”
“ 教室で待ってるから、終わったら迎えに来て ”
それだけを返した。
放課後になるまでに聞ける時間はあったけど、もう事情なんてあとから聞けばいいかと思って急ぐことはしなかった。
友達、か。
優からの話に出てきたこともある、よく優と一緒にいる福代くんのことかな。私は会釈するくらいで、まともに話したことはないけど。
お母さんに続いて優を優くんと呼ぶ人が現れたと聞いて、私は自分だけの呼び方として優を呼び捨てするようになっていったんだっけ。
それはともかく。
ふふ。お母さん、優にも友達ができたようだよ。
少し前のこと。
家のリビングでくつろいでいた時、お母さんと優のことについて話したことがある。
『ねぇ、菜水。優くんは同性の友達っていないの?』
『えっ、そうだねぇ。男子女子関わらずいな——いや、私が彼女でありつつ友達でもあるのかな。他は、いないかも。会話は割といろんな人としていると思うけど」
『それって、どうなの?』
『どうなの? とは?』
『あなたと仲睦まじく過ごしているのはいいの。でも、さすがにいつも一緒にい過ぎというか。そう、あのくらいの男子はもっと男同士でつるんでいる日があるものよ』
『はぁ』
『不服そうね』
『それ、たぶんだけど昔のお母さんの話だよね』
『そう、高校の時の彼は付き合っているのに中々つかまらなかった……』
『お父さんとは大学で知り合ったって言ってたよね。娘としてあまりその前の交際のことは聞きたくないんだけど』
『って、違う違う。私の過去の交際の話はどうでもいいの。優くんよ。彼は今のままでいいと思う?』
『いいと思うけど』
『甘い! カルピスの原液くらい甘いぞ、娘! 同性の友達は必要よ!』
『えぇっ、なに、急に』
『同性にしか話せないってことあるでしょう? くっ! 菜水に同性の友達ができて安心していたら、今度は優くんの心配をすることになろうとは』
『それはそうかもだけど。でも、優くんに関してはそんなことあるかなぁ』
『ある! あるはず! はずよね? ないとしても、同性の友達を作れないようじゃ社会に出てから苦労する』
『するの?』
『する。(菜水の)お父さんがそうだもの』
『ええぇっ! なんかまた聞きたくないことが』
『社会に出てからの話ではあるけどね。会社内では大変みたいよ』
『そうなんだ……』
『うむ。分かったのなら、それとなく優くんに言ってみて』
そんなやり取りがあって、優にそれとなく言ってみた時があったけど手応えはなかった。
でも、どうやら友達はできた。
友達との親交を深める理由もあったけど、水曜日のお弁当会に参加して、そのお昼休みに優をひとりにしていたのも功を奏したかもしれない。
帰ったら、お母さんにも報告してあげよう。反応が楽しみだ。
それにしても、こうして放課後に残っていると中学のころを思い出すな。
優と一緒に放課後の学校で勉強していた、あのころを。
特に、ひとりでいるからか、ひとりになっていたところに黒島さんと白柳さんが来た時のことを。
そうそう、こんな風に。
こんな風?
「美並菜水さんね」
その人は教室に入ってくるとすぐに私の席の前まで来て、私にそう尋ねた。
かわいい女子生徒。あの時の黒島さんの印象は清楚な黒髪美人さんといったところだったけど、この子は陽気な天然美少女というところか。姫川さんの存在で感覚がおかしくなりそうだけど、確実に上澄みの容姿だ。
私と違って……。
思っていて、なんだか悲しくなってきた。
いや、今はそんなことよりも目の前の彼女だ。目にしたことはあるかもしれないけど、話をしたことなんてないよく知らない女子。一体、何の用事なんだろう。
「そ、そうだけど」
私の返答を聞いて、彼女が続ける。
「本陣優くんの彼女、よね」
優。ここで優が出てくるの? あいつ、また何かやった——いや、言ったのか。
優は基本言いたいことはそのまま言う。少しは丸くなったと思うけど、そんなに変わったわけじゃない。
中学のころなら優を小学生の時から知っている生徒たちのフォローもあったのか、いつのまにか慣れて『だって、本陣だから』が通用していた。だけど、そのころから優のことを知っているのが私しかいない高校ではそうもいかない。文句というほどではなかったけど、こんなことを言われたこともある。
『よくあんなのと付き合ってるね。尊敬するわ』
自分でもそう思います。
……じゃなくて、相手がそう思う気持ちも分かる。
うう。今度は本当に何か文句を言いに来た人が現れたのかも。
「そうだけど、何の御用でしょう?」
身構えながらかしこまって言った私に、彼女が更に続ける。
「別れてほしいの」
わぁ、これはまた衝撃的なのが来たなぁ。
大方、あんな奴に彼女がいるなんて認めない、許せないといったところかな。とりあえず、それだけの何をしでかしたのか聞いてみよう。
「ど、どうして?」
「彼は私と付き合っているからよ」
……。
んん? なんか予想外の答えが返ってきた。
優が何か気に触ることを言って、その怒りを彼女である私に言いに来たのかと思っていたけど違うのか。
それにしても、何がどうなってそうなった?
「えっと、それってどういう」
「言葉通りよ。本陣くん、浮気してたってわけ」
「はぁ」
気の抜けた返しをしてしまう。
たしかに無駄に顔は整っているけど、優のあの性格だ。残念男子とも呼ばれている優と付き合う物好きは、私くらいだと思うから。
そもそも、優は浮気なんてしない。私はそう確信している。
「そりゃあ、信じたくはないよね。でも、これならどう。私と彼の二人きりで撮った写真よ」
そう言うと、彼女はスマホをちょちょいと操作して私にその画面を見せてくる。
そこには、彼女と優が至近距離のツーショットでうつっていた。
……ただし、笑顔でピースサインまでしているカメラ目線の彼女に対して、優は微かに彼女のほうを感情のなさそうな顔で見ている。いや、私には分かる。これは、嫌そうにしている顔だ。
「優、嫌そうにしているけど」
「照れ隠しよ、照れ隠し。彼、そういうとこあるでしょ」
スマホを私の前から戻しながら彼女が言う。
照れ隠しでは断じてない。優は明らかに嫌がっている。
「何にしても、さっきの写真で優が浮気しているとは断定できない。それと、優にも確認したい」
本当は、浮気しているとも確認の必要があるとも思っていないけど、そう言っておく。
「確認したって、否定してうやむやにするだけよ。あなたの傷が広がらないうちに別れることを勧めるわ」
うーん? これは何だろう? 新手の嫌がらせかなぁ?
別れさせるために話を作っている? だとしたら、その裏にあるものは何? やっぱり、優への恨み?
あれこれ考えて口が止まっていると、痺れを切らしたのか彼女が私を待たずに口を開いた。
「ねぇ、女子の私と男子の本陣くん、どっちを信じるの?」
どうしよう。男子女子関係なく、中学のころから友達として一緒だった恋人と、今初めて話した得体の知れない彼女と、どちらを信じるかは明白なのだけど、そのまま言っても火に油を注ぎそうだし。
困ったなぁ。でも、優は用事中であの時のように来てくれるなんて都合のいいことが起きるわけがない。
ここは、私がなんとかしないと。
そう覚悟と決意を固めた時、教室に見知った二人が飛び込んできた。
「ここにいたのか、阿久間冬子。俺がダメなら菜水のほうをと思ったのだろうが、残念だな。菜水に接触しようが結果は変わらないぞ」
「と、冬子ちゃん、何をしていたの?」
って、えええぇっ! こんなことある?
都合のいいこと、起きた。優と福代くんだ。




