その後 本陣優 友達
※ 時系列では前話の『その後 姫川悠子 文化祭』よりちょっと前のお話です。
地域屈指の進学校である高校に進んだ本陣優と美並菜水。
その高校で二人が遭遇した事件(?)を書いています。
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自分の席でひとり黙々と弁当を食べている時に、そいつはやって来た。
「あれ? 優くん、今日は彼女さんのとこじゃないの?」
俺を名字の本陣ではなく、名前の優と呼ぶ者は限られている。
家族を除けば、恋人である美並菜水とその母親である美奈さん、そしてこいつ——『福代夏良』だ。
クラスメートのぽっちゃり男子、福代。こいつは、とある一件からどうにも俺に接触してくるようになった。
あれは、入学して早々の体育の時間。運動前の準備体操のひとつとして設けられた柔軟体操でのこと。
『ここからは二人一組だ。適当な相手とペアを組みなさい』
体育教師がそう言うと、すでに何らかの関係性が生まれていたのだろう生徒たちは次々とペアを作っていった。
俺には、そんな相手はいなかった。
適当な相手って何だよ。隣同士とかでいいじゃないか。
そう思ったが、だからといって相手が出現してくれるわけでもない。
いずれ、俺ともうひとりを残して、他すべてのペアが出来上がった。
必然的に、俺は残ったもうひとりと組むことになった。それが福代だった。
『ほ、本陣くんだよね。よ、よろしく』
『ああ』
少しおどおどしながら話す福代に、俺は冷静にそう返してやった。
そんなことをきっかけにして、福代は俺がひとりでいるとよく話しかけてくるようになったのだ。早いうちに呼び方も『本陣くん』から『優くん』に変えて。
そして、昼休み。
大体は、俺が教室を出ていって菜水と一緒に昼食を摂っている。だが、菜水が週に一度、水曜日は友達と昼食を食べたいからということで、俺がひとりで自分の席にいる時がある。その時も決まって福代は来ていた。学食に行って居なくなった前の奴の席に座って、俺の机に弁当を広げて会話しながら食べる。弁当は毎度相当な量だ。
だから、太るんだぞ。
そう思うこともありながら(言ったこともあったか)、邪魔ではないから許容している。まぁ、会話していて面白くないわけでもないからな。
「今日は水曜日じゃないけど。 はっ! まさか、ついにケンカを」
「ついにとは何だ、ついにとは。お前が俺にケンカを売っているのか? 俺たちはケンカをしたことはない。議論はあるがな。今日は菜水が調理実習で、作ったものをそのまま家庭科室で昼休みに食べているんだよ」
「あぁ、うちの学校、そういうとこあるからね」
まったくだ。調理実習からの流れとはいえ、貴重な昼休みを授業で潰していることにならないだろうか。さらに、俺と菜水の時間も奪われている。
「困ったものだ」
「まぁまぁ。じゃあ、今日は僕と食べようよ」
予想はしていたが、やはりそうなるか。
「好きにしろ」
特に断る理由もないしな。
俺の返答を聞くか聞かないか、福代は自分の席へ行く。そして、その手にいつもの大容量の弁当を持って素早く戻ってきた。もう慣れたことのように、今は空いている前の席に座って、俺の机に弁当を広げる。
「いただきます」
そこからは早かった。いつもと違って、雑談することもなく勢いよく食べ進めていく福代。
「ごちそうさまでした」
俺の倍以上はあろうかという量を、俺より遅れて食べ始めたのに、食べ終わるのはほぼ同時だったほどに。
「そんなに腹が減っていたのか? そのスピード、体育でも見せてほしいものだがな」
弁当を片付けていく福代に、そんなことを言う。福代の動きは、お世辞ながらも速さがあるとは言えないからな。
福代は弁当を片付け終わると、きっ、と俺を真剣な表情と眼差しで見てきた。
むっ!『食事と運動は違うよ』との反論か。いいだろう。どんとこい。
しかし、福代が言ってきたことは全然別のことだった。
「実は、相談したいことがあるんだけど」
「却下だ」
予想に反してはいたが、問題はない。すかさず対応してやる。
「まだ何も言ってないよう」
「冗談だ。言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
「う、うん。その、放課後ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「却下だ」
「もう冗談はいいよう」
「今のは本気だ」
「ええぇぇっ! なんでぇっ?」
そんなに驚くことか? やれやれ。
「授業が終わったあとは、すぐに菜水と帰っていることを知っているだろう? そういうことだ」
「ど、どういうことでしょう?」
皆まで説明が必要か。仕方がないな。
「俺と菜水の時間が減る」
俺の回答に、福代が顔を赤くする。
どうしたんだ、こいつは。
「優くん、そういうのさらっと言うよね。それは、ごちそうさまです。でも、彼女さんとはいつも一緒じゃないか」
「いつもではないが。現に今も——」
「『いついかなるときも』って意味じゃないよ。君たちは十分いつもだよ」
ふむ。よく分からんが、周りの交際事情ではそう映るということか。
「だとしても、俺の優先順位は菜水が一番なんでな。悪いが、他を当たってくれ」
「うう。頼めるのは優くんくらいなんだよぉ。一途なのは分かるけど、あんなに一緒にいるんだから、たまには友達の僕と放課後一緒でもいいじゃないか」
福代が言ったある言葉が、俺の心をとらえた。
「今、なんて言った?」
「え? 放課後一緒でもいいじゃないか?」
「違う。その前だ」
「えぇと……。たまには友達の僕と?」
そう、その言葉だ。
「友達? 俺たちは友達だったのか?」
「なんだと思ってたのさ!」
福代が語気強めに言う。
「ただのクラスメートかと」
「そんなぁ。酷いよう」
福代が悲しそうにうなだれる。
この落ち込みよう。
そうか、福代は俺のことを友達だと思っていたのか。
だとしたら、俺も——。
少し前のこと。
菜水と友達について会話したことがある。
『優くんは、もっと同性の友達を持つべきだと思う』
『なんでだ? 俺には菜水がいるし、必要でもないが』
『それは嬉しいけど……。でも、私が友達でもあるとして、その友達が私ひとりって寂しくない?』
『別に』
『うう。でも、ほら、女性の私には相談できない悩みとかあるでしょう?』
『ないと思うが』
『ぐぅ。そうだ。この先、何か困ったり』
『するのか?』
『分かりません』
『菜水は、俺に同性の友達がいてほしいのか?』
『……うん。まぁ、そうかな』
『とはいっても、こういうのは無理に作るものじゃないだろう? 自然になっているものだと思うが』
『優くんに自然に、か。ふふっ。ごめん。想像が付かない』
『失礼な』
どうだ、菜水! 俺の言ったとおりだっただろう。友達とは、こうして自然になっているものなのだ。
「そうか。俺たちは友達だったのか。だとしたら、俺はお前に付き合う必要があるのかもしれん」
「優くん、それじゃあ」
福代の顔が、パァッと明るくなる。
「待て。用件次第だ。まずは、何に付き合わせるつもりなのか聞かせてもらおう」
福代の顔が、今度は少し暗くなる。
忙しい奴だ。
「じゃあ、話すね。優くんは、同じ一年の阿久間冬子ちゃんって知ってるかな? 僕の幼なじみなんだけど」
「お前と幼なじみの関係の奴なんて、知るわけがないだろう。今、初めて聞いたのに」
「その部分は別にいいんだよう。名前、聞いたことない? かわいいことで有名で、最近はちょっとあることでも話題になっている子なんだけど」
「知らん」
他のクラスの奴だ。テストで上位に入っているような者であれば見聞きしたことはあったかもしれないが、覚えがない。ん? いや、最近どこかで——。
「そ、そう。じゃあ、その子がなんで話題になっているかも知らないよね」
「あ、ああ」
思い出せないので、今は福代の話を聞くことにしよう。
「冬子ちゃんさ、前に付き合ってた彼氏に浮気されて別れちゃったことがあるんだ。それから、おかしな行動をするようになっちゃって」
「おかしな行動とは?」
「カップルにちょっかいかけて、別れるように仕向けるというか。彼氏に自分を好きにさせたり、彼女にあらぬことを言ったりして。その後は別れたカップルの彼氏と付き合うこともあるけど、すぐに振っちゃうんだ」
「本気で奪いたいわけじゃなくて、カップルを潰したいというところか」
「そうだと思う。でさ、そんなこと、もうやめてほしいんだ。カップルの人たちが気の毒だし、冬子ちゃんもその件で有名になってきたから、そろそろやめないと身の危険があるかもだし」
「どっちも自業自得だと思うがな。阿久間はもちろん、カップルも何をされたかは知らないが、揺さぶられて別れるようじゃな」
「それは優くんだから言えるんだよ。世の中、あれさえなければうまくいっていた、なんてのもあると思うよ」
そんなものか? ちょっとした揺さぶりで別れるなら、続くとは思えないが、な。
「ふぅん。で、そのことと俺に放課後付き合ってほしいのと、何がつながるんだ?」
「優くんから、冬子ちゃんにビシッと言ってほしくて」
は?
「何を?」
「え? だから、こんなこと、もうやめろよって」
何を言っているんだ、こいつは。
「なんで俺が、そんな慈善活動をする必要がある?」
「僕の友達として」
こいつ、ここでそのカードを出してくるのか。
福代の普段の言動とそれから見える性格を考えると、俺を利用しようという腹積もりではなく、頼ろうとしてのことだとは思う。
だがな。
「却下だ」
「ええ、そんなぁ」
「止めたいのは、お前だろう。なら、お前が言うべきだ」
「僕なんかじゃ、ダメだよ。優くんなら、言葉も言い方にも力があるし」
「それでもだ。好きなんだろう? 阿久間のことが」
福代がとてつもなく顔を赤くする。俺が『俺と菜水の時間が減る』と言った時の倍以上といってもいい。
「どどど、どうしてそれを」
素直な奴だ。
「幼なじみとして、のつもりだったんだが、その様子じゃ恋情もあるようだな。ちょうどいいじゃないか。ついでに告白もしてみたらどうだ?」
福代の赤かった顔が急に冷めて、その表情は沈んだ。
うつむき加減にもなって、話を続ける。
「無理だよ。冬子ちゃん、僕のことなんて見てないもん。付き合ってきた人たちも、みんなイケメンばかりだし。告白して、今の幼なじみの関係まで壊したくない」
うじうじと。
容姿のことなんて気にせずに、行動してみたらいいだろうに。
「お前には、お前の魅力があると思うぞ」
そう言ってやると、意外だったのか福代が顔をバッと上げて俺のほうをじっと見る。
「え? え? たとえば? どんな?」
「知らん」
福代が、ずーんと大きくうなだれた。
うーむ。本当に表現豊かな、せわしない奴だ。
「優くん、持ち上げておいて、それはないと思う」
ないのか。
しかしだな。
「魅力がないことはない、ということだ。自分のマイナス面ばかり見て行動しないのはもったいないかもしれないぞ」
「マイナス面しか出てこないよう」
いかん。かなり卑屈な状態になってしまった。何かないか、何か。
はっ!
「そうだ。お前には大食いがあるじゃないか」
「それ、僕の魅力なの?」
くっ! 懐疑的な奴め。
「女子はたくさん食べる男の子が好きとかなんとかあるじゃないか」
人によると思うし、肝心の阿久間がどうかは知らないが、そこは黙っておこう。
「……。とりあえず、僕の魅力の話はもういいよう」
少しの間のあとで、福代は顔を上げてこの話を終わらせにきた。
そうだな。本題はそこじゃなかったな。
「それで、優くんは一緒にも来てくれないの?」
「ああ。お前の問題だと思うからな。それに、お前は自分の言葉に力がないように言うが、阿久間に対しては俺よりも幼なじみのお前の言葉のほうが力を持つかもしれないぞ」
「そう、かな?」
「そうさ」
長い付き合いだからこそ、響く言葉がある。
「行って来い、福代。骨は拾えたら拾ってやる」
「いや、そこは確実に拾ってよ」
福代が笑う。俺もそれにつられて笑う。
なるほど。たしかに、俺たちは友達のようだ。
「あぁ、それでも、冬子ちゃんに一対一で注意するのかぁ。怖いなぁ」
「おいおい。名前のとおり、悪魔みたいな容姿をしているのではないだろう?」
容姿の話ではないと思うが、そんなことを言ってやる。
「もちろんだよ。あ、顔くらいは知っているかもしれないよね。この子だよ」
そう言って、福代はスマホを操作して、いずれ画面を俺に向けてきた。
そこには、中学生時代のものだろうか、福代と阿久間と思われし女子のツーショットが映っていた。
こいつは……。
阿久間、冬子……。
そうか、あいつか。
思い出した。
「福代、どうやら俺も無関係というわけではないらしい。一緒に付いていくことにする。だが、阿久間を止めるのはお前の役目だぞ」
「ええっ、優くん、付いてきてくれるのはありがたいけど、それって一体」
阿久間冬子。放っておいてもいいと思っていたが、俺としても決着を付ける必要があるようだ。




