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「少しは良くなりましたか?」
「ええ、ありがとう」
他に誰もいないバルコニーで、アランに渡された飲み物をひとくち飲んでベルナデットは息を吐いた。
「ここで少し休憩したら、今日はもう帰りましょうか」
「え!? いえ、大丈夫よ! まだ来たばかりじゃない」
「ですが……」
アランの問いかけに反射的にベルナデットは答えたが、挙動不審なベルナデットが体調不良だと思っているアランは困り顔だ。
(なんだかだんだん面倒くさくなってきたわ)
そもそもベルナデットは悩むことが得意ではない。
取り繕うのも苦手だし、前世と違って健康で自由を手に入れてからはそれに感謝し、思うままにしたいように行動してきた。
だから気づいた自分の気持ちを否定するのも、そのせいで挙動不審になってアランに心配をかけるのも自分らしくないと、ベルナデットは思った。
思い立ったら即行動。
「アラン、私貴方のことが好きみたいだわ」
ベルナデットの唐突な告白に、アランは目を見開いた。
(あ。思わず言ってしまったけれど、その後のことを全く考えていなかったわ。まあ言ってしまったものは仕方ないわよね)
とりあえず後の事はアランの返事を聞いてから考えよう。
ベルナデットはそう思いアランの返事を待つが、反応がない。目を見開いたまま固まっている。ちゃんと呼吸をしているだろうか。
「アラン?」
目の前で手をひらひらと振っても反応がない。名前を呼んで、その手に触れると漸くびくりと体を震わせ、次の瞬間首まで真っ赤に染まった。
「はっ、えっ、は……今……!」
混乱して意味のない言葉を発するアランに、ベルナデットは大きく頷いた。
「分かるわ。突然『好き』なんて言われたらそうなるわよね」
ローズに告白された時のことを思い出してしきりに一人納得しているベルナデットに、アランは言葉に詰まりながらも何とか尋ねた。
「あ、の……、『好き』っていうのは……その……」
「正真正銘、『愛の告白』よ!」
勢いで告白したため忘れていた恥ずかしさがだんだん戻ってきて僅かに赤くなりながらも胸を張って堂々と言い切るベルナデットの潔さに、アランは自分が情けなくなり項垂れその場にしゃがみ込んで大きくため息を吐いた。
そんなアランの態度にベルナデットの表情が曇る。
「あの、困らせたいわけではないの。嫌なら嫌とはっきり言ってくれていいし、別に断られたからって侍従をクビにしたりしないわ。あ、でもその場合はもう一緒にいたくはないものかしら? じゃあその場合はお兄様かコレットに」
「お嬢様」
断られる前提で想像をしているベルナデットの言葉を遮り、アランが立ち上がってベルナデットを見つめる。
その瞳は力強く焦がれるような色を宿していて、ベルナデットはアランのその瞳を以前にも見た気がした。
(そうだわ。あの、放課後の教室で……)
「お嬢様、僕は、お嬢様を愛しています。きっと、お嬢様よりもずっと」
真剣なアランの告白にベルナデットの呼吸が止まる。
アランはそんなベルナデットの手を取って大事そうに包み込み、視線をそちらに落とした。
「けれど僕は自分がお嬢様につり合うとは思えませんし、僕よりお嬢様に相応しいお相手はたくさんいます。だから僕はこの想いには蓋をして、相応しいお相手とお嬢様が幸せになるのを傍で見守ることが出来ればそれでいいと思っていました」
アランの言葉を聞いて、ベルナデットは口を尖らせる。
「つり合わないなんて、そんなことあるわけないじゃない。自分で言うのもなんだけど、私よりアランの方がよっぽど周りからは信頼されているし、お母様なんてしょっちゅう『アランに見限られないように気を付けなさい』って言ってるわよ」
「奥様が?」
ベルナデットの言葉が予想外だったらしく、アランは驚いた顔をしてベルナデットの顔を見た。
それを見てベルナデットは苦笑して更に言葉を続ける。
「お母様だけじゃないわ。お父様も『あいつはなかなか筋が良い! ベルナデットも一緒になるならああいう男を選べよ』と言っていたし、お兄様も『アランにしっかり手綱を握ってもらえ』って言ってたし、コレットだって『アランならお姉様の隣にいてもまあ許してあげるわ』って……あら? これってもしかして昔から私が無意識にアランのことが好きで、それが駄々洩れだったってことかしら??」
そう言ってへにょりと眉を下げ恥ずかしそうに見つめてくるベルナデットが愛おしくアランは抱きしめたい衝動に駆られたが、微かに聞こえてくる会場の喧騒に今いる場所を思い出して何とか握った手にギュッと力を入れるだけに留めた。
「お嬢様、それは、お嬢様ではなくて僕の方です」
「え?」
苦笑しながらそう言うアランに、きょとりとベルナデットは目を瞬かせる。
「マカロンが初めてお屋敷に来た日の事は覚えていますか?」
「ええ、忘れるわけがないわ」
「ならその後、暫く僕がお嬢様に対して変な態度をとっていた事は?」
「勿論覚えているわ。私があまりにも情けなかったから呆れられたんだと……」
「その時からです」
「え?」
「その時から、ずっと僕はお嬢様が好きなんですよ」
アランの言葉にベルナデットはとても驚いている。それを見てアランは「流石に重いと思われただろうか」と思わず目を逸らしたのだが、ベルナデットの反応はアランの予想の斜め上だった。
「アラン、貴方、本当はサディストっていうやつだったのね。好きな相手を泣かせたいっていう……」
「待ってください誤解です」
「いえ、人の趣味はそれぞれだから、全く気付かなかったから驚いたけれど趣向は自由だと思うし他人に迷惑をかけなければそれで」
「だから誤解ですって!」
必死に訴えるアランに対して、ベルナデットはまだ疑っている顔だ。
「守ってあげたいって思ったんですよ」
ベルナデットがポカンとしていると、やけくそのようにアランが言葉を続けた。
「分かってますよ! あの頃の僕は一瞬でお嬢様に気絶させられるくらい弱かったし、守りたいなんて烏滸がましかったってことは! けどそう思っちゃったから強くなろうと思って頑張ってきたし、今ならちょっとはそんなことを思っても許されるかなってくらいにはあの頃よりは強くなったつもりです」
それを聞いて、ベルナデットはふとそういえばその頃からアランが必死に鍛えていたなということを思い出した。
「その時の僕の態度が相当分かりやすかったせいで、お屋敷の方々は大体僕の気持ちを知っていたんですよ。だからしょっちゅうリディには揶揄われてましたし、コレット様には牽制されてましたね。まあ今もですけど」
「そうなの!?」
それはつまり、ベルナデット以外全員気づく程分かりやすいのに、それに気づかなかったベルナデットは相当鈍いということになる。
ちょっと落ち込んでいると、「まあ当事者はなかなか気づきにくいって言いますし」ともう一人の当事者からフォローされてしまった。
ベルナデットは気を取り直して口を開く。
「ということは、つまり私が言われたことを踏まえると、私の家族はアランのことを認めているということよね?」
「そう、なんですかね」
「寧ろお母様やお兄様に至っては『アランの方が私より人として上』くらいに思っていそうな雰囲気だもの」
「そ、それは流石に……」
「いいえ! お母様の娘でお兄様の妹である私が言うのだから間違いないわ! さあ、それを踏まえた上で貴方の今の気持ちを聞かせてもらってもいいかしら?」
自信満々な態度とは裏腹に不安で揺れるベルナデットの瞳を見て、アランはその手をそっと引き寄せその指先にキスをした。
「お嬢様、愛しています。どうか僕の恋人になってください」
告げられた言葉に、ベルナデットはとても幸せそうな顔で頷いた。




