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「あ、えと、おはよう、アラン」
「お、おはようございます、お嬢様」
翌朝男子寮と女子寮の間で会ったベルナデットとアランはお互いにギクシャクしながら挨拶を交わした。
ベルナデットとしてはこっそり覗いてしまったことが後ろめたく、アランはベルナデットがローズに興味を持ってしまう懸念がある為昨日の話題を切り出すことが出来ない。
ひとり全てを知っているリディは、これをきっかけに何か進展するのではという期待を込めて静観の姿勢を取っている。
その状態のまま1日が過ぎ、放課後話を切り出したのはベルナデットの方だった。
「ねぇアラン、ちょっと聞いてもらってもいいかしら?」
「は、はい、何でしょうお嬢様」
真剣な顔で改まってそんなことを言い出すベルナデットに、アランも緊張して姿勢を正す。
「昨日の放課後なんだけれど、私アランを見かけてね? ルームメイトがどんな方なのか気になって、こっそり覗いてしまったの」
「そ、そうなんですね」
アランはリディに昨日聞いていた為知っていたが、余計なことは言わず話の続きを聞くことにした。
「それで、その、見てしまったのよ。本当に申し訳ないと思っているわ。まさかあんな場面だと思わなくて……」
「待ってくださいお嬢様。たぶん誤解ですお嬢様」
「誤解? えっと、昨日貴方はルームメイト経由で呼び出されてあの子に告白された、のよね?」
「ルームメイト経由で呼び出されたのはその通りですし、告白と言えば告白でしたが決してお嬢様が思っているような愛の告白ではありませんのでそこははっきり否定させてください」
「えぇ? だって……」
きっぱりと言い切ったアランにベルナデットは納得がいかないという顔をした。だってベルナデットはあの女子生徒がアランの胸に縋りついて頬を染めていたのをしっかりと見たのだ。あれが愛の告白でないと言うなら一体なんだと言うのだ。
そこまで考えてベルナデットははっとした。
「あ、『私の思っているような』愛の告白ではないってことね? つまりもっとディープな……」
「待ってちょっと待ってステイですお嬢様。何でそうなるんですか? 言葉の通り『愛の告白』ではないんですよ」
突然斜め上に思考を飛ばし始めたベルナデットにアランが慌てて待ったをかける。それに対しベルナデットはやはり納得いかないという顔で口を尖らせた。
「誤魔化さなくてもいいのに」
「誤魔化しているわけではありません。……はぁ……あのですね、昨日の方からは、『好きな人と上手くいくように協力して欲しい』と言われたんです」
「え? わざわざアランに??」
「ええ、まぁ、はい」
ベルナデットは歯切れの悪いアランに首を傾げたが、それならまあ納得出来た。
(きっとその子の『好きな人』っていうのがアランのルームメイトの彼なのね)
頭の中で昨夜のリディと同じ結論を出し、ベルナデットはひとり納得して頷いた。
「そういうことだったのね」
「誤解だと分かっていただけましたか?」
「ええ」
ベルナデットが素直に返事をすると、アランはほっとしたように息を吐いた。
「ということは、アランは今後その子に協力するためにいろいろしなきゃいけないのよね?」
「しませんよ?」
「え?」
「協力、しませんよ」
「何故!?」
ベルナデットは心底驚いた。優しくて気遣いの出来るアランのことだ。ルームメイトとも仲が良いようだし、当たり前のように協力すると思っていたがその予想に反して彼は協力を断ったらしい。
驚くベルナデットの問いかけに対し、アランは心なしか少し不機嫌な声で答えた。
「何故って、僕はお嬢様の使用人です。あのお嬢様に協力する理由がありません」
「えぇ? あ、もしかしてルームメ……その子の好きな人には別のお相手がいるのかしら?」
「ああ、やっぱりリディと同じ考えになるんですね」
「違うの?」
「うーん……まあこの話はもういいじゃないですか。お嬢様も知らない方の話ですし、僕ももう断ったことですし、ね?」
明らかにこの話題を早く終わらせたがっているアランを不審に思いながらも、確かに他所様のお嬢様の恋路について見ず知らずの自分が詮索するものではないかと思いベルナデットは頷いた。
しかし、だとしても昨日あの後考えて出した結論については伝えておいた方が良いだろうと思いベルナデットはアランに向き合った。
「そのお嬢様のことについてはアランがそう決めたのならこれ以上何も聞かないわ。ただ、昨日思ったことがあるの」
「は、い……何でしょう」
「今後、アランにもし恋人が出来たとするでしょう? その時、もしかしたら貴方はその恋人より私を優先してしまうんじゃないかしらって」
「……」
「真面目なアランのことだから使用人は主人を優先するのは当然だと言うんでしょうけれど、そんなのその子があまりにも可哀想でしょう?」
「……」
「だから、もし恋人が出来たら遠慮なく言ってちょうだい!」
「……」
「それは私だってアランが離れてしまうのは寂しいけれど、私はアランには幸せになって欲しいと思って」
「お嬢様」
「え?」
ベルナデットが話を切り出した時、緊張しながらもどこか期待したような目をしていたアランだったが、話を聞いているうちにだんだんその表情は険しくなっていき、ベルナデットが話を終える前にその話を遮った。
怒っているような、焦っているような、それでいて悲しんでいるような、これまで見たことのない複雑な表情をしたアランにベルナデットは動揺した。
「僕にお嬢様以外に大切な人が出来るなんて絶対に有り得ません」
「え?」
「僕は、お嬢様に見つけてもらったあの日から、これからもずっと、お嬢様が要らないというまで永遠にお嬢様のものです」
真っ直ぐにベルナデットを見て訴えるようにそう告げたアランに、ベルナデットの心臓が大きく跳ねた。胸がきゅぅと苦しくて何も言えず、けれど目を逸らすことも憚られてそのまま見つめ合う。
ベルナデットは何か言わなければと思いつつも頭が上手く回らず焦っていると、その沈黙はベルナデットでもアランでもないところから急に破られた。
「きゃーーー!!」
突然上がった黄色い悲鳴にベルナデットもアランもびくりと肩を跳ねさせて声のした方を向いた。
悲鳴の正体はエマで、赤い頬を両手で覆いキラキラした目で2人を見ていた。しかしそれだけではない。
突然だが1-Bはわりとクラス全体が仲が良い。
それはカースト最上位のカロリーヌが皆と仲良くしたいと身分問わず誰にでも気さくに話しかけることももちろん大きいが、それと同時に全体的にそんな性格の生徒が多かった為である。
そんなクラスなので、ベルナデットとアランの様子が朝からおかしかったことは皆すぐに気がついたし、心配もしていた。
だから放課後になり、ベルナデットがアランに話しかけた時まだ教室に残っていたクラスメイト達は息を潜め空気に徹し、ひっそりと聞き耳をたてていたのである。それは2人を心配していたからであり、決して野次馬などではない。
「ちょっとエマ! せっかく良いところだったのに!!」
「ご、ごめん……! けど我慢できなくて」
「いやーやるなぁ! アラン!」
「お幸せに!」
「は!? いや、さっきのはそういう意味ではなくて! あくまでお嬢様に仕える使用人としてって意味ですよ!?」
「またまた~」
「分かってるって!」
バレてしまったのならばと口々に囃し立てるクラスメイト達に、アランは自分が先程言った台詞を思い出し真っ赤になりながら慌てて訂正する。
しかしクラスメイト達はそんなアランの言葉など軽くあしらい、結婚したら教えろよとまで言い始めた為、羞恥の限界を超えたアランは「違うからな!!」と捨て台詞を吐いてベルナデットを連れて教室から逃亡した。
漸く教室の喧騒が聞こえなくなったところで、アランは足を止めて深いため息をついた。
それまで黙っていたベルナデットが、そんなアランの様子を見てふふっとおかしそうに笑った。
「凄かったわね」
「全くですよ。皆して勝手なことばかり言って」
「心配しなくても私はちゃんと分かってるから安心していいわよ」
「…………はぁ」
「な、何?」
「いえ、何でもありません」
ベルナデットとしては誤解されているのではと心配していると思いそう伝えたのだが、何故かアランにはジトっとした目を向けられた上ため息までつかれてしまった。
「さっきの子たちだって冗談でああ言っていただけで本気になんてしていないわよ。皆恋バナが好きよね」
「そうですね」
疲れた様子のアランを慰めながら、放課後までのギクシャクしたものがすっかりなくなったのを感じベルナデットは密かに安堵した。




