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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お嬢様、さっきから手が止まっていますよ」


 リディに指摘され、ベルナデットは明日の放課後の予定から来週のエリックとの手合わせまで飛んでいた思考を現実へと引き戻した。

 勉強会開始から30分、ベルナデットの集中力が切れる時間である。


「リディ、知ってる? 人間の集中力は30分が限界なのよ」

「尤もらしい感じで適当なことを言うのは止めてください」

「適当じゃないわ。何かで読んだもの」

「だとしても、お嬢様以外は皆さん集中なされているようですが」

「それは皆が凄すぎるだけだと思うの」


 ベルナデットの主張が聞こえたのだろう、向かい側に座っていたカロリーヌがクスクスと笑いながらペンを置いた。


「そうね、適度な休憩も必要だと思うわ。一旦お茶にしましょうか」


 カロリーヌの提案にベルナデットは諸手を挙げて賛成し、すぐに準備を始めたイザベルにため息をついたリディと少し疲れた様子のエステルが続いた。




「あのー、私、皆さんに聞いてみたかったことがあるんですけど」


 侍女3人が淹れてくれた美味しいお茶とお菓子を楽しみながらリラックスしていると、意外にも最初に口を開いたのはエマだった。彼女の家は男爵家であり、この勉強会に誘った時も最後まで「私なんかがそんな場に行くなんて畏れ多くて無理」と言っていたのに随分と打ち解けてくれたものだとベルナデットは嬉しくなった。

 それはカロリーヌも同じらしく、「何かしら?」と真っ先に嬉しそうに答えたのは彼女だった。


「皆さん、婚約者の方っていらっしゃるんですか!?」


 瞳をキラキラと輝かせたエマがした質問内容に、ベルナデットはとても納得した。勉強会を通して打ち解けたとかではなく、恋バナへの興味が高位貴族への緊張を上回ったのだろう。

 そういえば口調もカロリーヌにお願いされてから砕けたものにするよう頑張っていたはずなのだが、無意識なのだろう敬語に戻っている。


「婚約者?」

「はい! いらっしゃるんですか??」

「一応いるわよ」


 エマの勢いに押されながらも聞き返したグレースが更に詰め寄られ、戸惑いながらも頷くとエマは黄色い悲鳴を上げた。


「そうなんですね! どんな方かお聞きしても!? どんなところが好きですか!?」

「う、うぅーん、元々親同士が決めた婚約だから。まぁ好きか嫌いかで聞かれたら好きだと思うけど……ああでも、優しい方だとは思うわ」

「はぁぁぁ……まだ愛を育んでいる途中なのですね……素敵です……♡」


 うっとりと頬を染めて両手を組んでいたエマが今度はその横で少し引いた様子のエステルに視線を移したので、エステルは分かりやすく肩を跳ねさせた。


「エステルは? エステルは気になる人とか、恋人とかいるの?」

「いいいいないです」

「本当に? 過去の話でもいいのだけれど」

「いいいいいないですぅ……!!」


 可哀そうに、エステルは豹変したエマの勢いにすっかり怯えている。

 ベルナデットはこれが彼女の恋人の言っていた『暴走』か、と一人納得した。確かにこれは暴走という言葉がピッタリだ。


 その流れでエマはリディとイザベルにも尋ねたが、リディは「いませんね。私は恋だの愛だのよりお嬢様にお仕え出来ることが幸せですので」と答え、イザベルも「リディさんに同じく」との答えだったのでつまらなそうに口を尖らせた。


「カロリーヌ殿下とベルナデットはいますよね? どんな方ですか!?」

「「いないわよ?」」


 ベルナデットとカロリーヌの声が重なり、2人は驚いてお互いの顔を見た。


「え? ベルナデットは婚約者の方はいないの?」

「ええ、うちは別に本人が望むなら当主であろうと結婚しなくても構わないという感じだから。それより私はカロリーヌに婚約者がいないことの方が驚きなのだけれど」

「ふふ、そうよね。私のお父様とお母様ってたぶん皆政略結婚だと思っていると思うのだけれど、本当はお互いに一目惚れだったらしいのよ。だから私も2人みたいに好きな人と結婚がしたいわって我儘を言って、婚約の話は保留にしてもらっているの。まぁ候補はいるでしょうけど」

「ふぁぁぁ……素敵ですカロリーヌ殿下……! ちなみに今気になっている方は……」

「ふふ、内緒」


 カロリーヌが口元に人差し指を当てて可愛らしく微笑んだのを見て、エマは「それ絶対いるじゃないですかぁぁぁ」と言いながら机に突っ伏した。大変幸せそうである。


「さて、そろそろ勉強を再開しましょうか」

「待って! まだベルナデットの話を聞いてないわ!」


 時計を見て言ったイザベルの言葉に、エマはそのままの体勢でベルナデットに視線を向けた。そんなエマにベルナデットは苦笑する。


「そう言われても私には何も話せることはないのだけれど。エマと違って恋もしたことがないし」

「えぇ~? ふとした瞬間にドキッとしたり、いつもと違う姿にときめいたり、一緒にいるのが当たり前過ぎていないと寂しくなったりないですか??」

「随分具体的ね?」


 まるで誰か特定の人の話をしているようなエマの言葉に、ベルナデットは少し考えた。


(ドキッとする……怒られるかもしれないってドキドキするのとはきっと違うのよね? いつもと違う姿……いつもと違う姿? それは『いつも』を知っていることが前提よね? そんなにいつもを知ってるのはお屋敷に居た皆くらいだけど、いつもと違う姿なんて見たことがないし……。あとはなんだったかしら? いないと寂しい……そう言えば今世では常にリディかアランが近くにいてくれるからそもそも寂しいと思ったこと自体がないわ! なんて恵まれてるのかしら)


「リディ、いつもありがとう!」

「良く分かりませんが、お嬢様に喜んでいただけたのなら何よりです」

「何でそうなるかなー……!」


 すっかり思考が逸れたベルナデットの答えにエマは不満そうだったが、再度イザベルに促され皆で再び勉強を再開した。

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