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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Side:少年


「……どこだ? ここ」


 目が覚めると昨日までいた森の中ではなく、見知らぬ豪華なベッドの上という状況に少年は混乱した。


(確かおなかが空いたから食べるものを探していて……)


 少年はそこまで考えて、何か恐ろしいものに追いかけられた記憶が蘇り青ざめた。


(そうだ、確か何かがものすごい速さで近づいてきて……逃げようとしたけど結局捕まったのか)

 

 少年は起き上がりまず自分の体を確認した。

 相変わらずおなかが空いているし瘦せ細っているが、特に痛みはないし異常も見られない。

 改めて周りを見渡してみるが、ふかふかな布団やきらびやかなシャンデリア、柔らかそうな絨毯に高価そうな絵画と自分には一生縁のないと思っていたものばかりが目に映る。

 その時ガチャリとドアが開き、少年はびくりと肩を震わせた。


「あら、目を覚ましたのね。良かった」


 そう言って部屋に入ってきたのは可愛らしい少女だったのだが、少年はなぜか彼女を恐ろしく感じ自分の体を抱きしめた。

 その様子を見た少女はバツの悪そうな顔をして頬をかいた。


「あー、その……少し荒っぽかったのは認めるわ。ごめんなさい」

「!!」


 少女の言葉を聞いて、少年は目の前の少女が自分を気絶させたのだということに気づき震えながらますます体を縮めてしまう。

 

「お嬢様、お医者様が到着しました」


 そんな少年の様子を見て目の前の少女が口を開く前に、外から別の少女の声がした。


「リディ、ありがとう。お医者様、こんにちは」

「はいこんにちは。お嬢様の方はお変わりありませんか?」

「ええ、とっても元気よ! それより彼をお願い」

「お任せください」


 目の前の少女と言葉を交わした後、少女にお医者様と呼ばれていた男は少年の傍にやってきて、状況についていけていない少年を一通り診察した。


「君、気分はどうかな? どこか痛いところは?」

「あ、え、っと大丈夫です……」

「ふーむ……頭に軽いたんこぶができているな……それに、少し栄養失調気味、ですが大きな問題なさそうですね。ではお嬢様、私は旦那様にご報告してまいりますのでひとまず失礼致します」

「はい! ありがとう先生!」


 少女の元気な挨拶に男はにこりと微笑んで部屋を出て行った。

 急展開に呆然としていた少年は、ドアが閉まった音で再び得体の知れない少女と二人きりになってしまったことに気づき、緊張で顔を青くした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ベルナデットが自分の連れて帰った少年に視線を向けると、それだけで少年は怯えて体を震わせた。

 荒っぽかった自覚はあるので、ベルナデットはちょっと失敗したなと思ったが連れ帰ったこと自体は後悔していなかった。

 ついでに気絶させて連れ帰ったという方法については、反省しているのは相手に気づかれ怯えさせてしまったという点についてのみで、たんこぶ以外に傷つけることなく連れ帰れたと本人は大変満足していた。


「あなた、どうしてあんなところにいたの?」

「……あんただっていたじゃないか」


 少年は質問に対して答えを返さず、怯えながらも警戒心剝き出しでベルナデットを睨みつけた。


「ぼくをどうするつもり?」

「別にどうもしないわ」

「……」


 少年はその答えに納得できなかったらしく沈黙し、部屋には緊張した空気が漂った。

 ベルナデットがどうしたものかと考えていると、外からノックの音がしてリディが紅茶とお菓子を持って入ってきた。

 リディは優雅な手際で2人分の紅茶を入れると、にこりと優しく微笑んで1人分の紅茶とお菓子をベッド脇のサイドテーブルの上に置いた。


「うちのお嬢様がごめんなさい。驚いたでしょう?」


 落ち着いたお姉さん然としたリディに優しく話しかけられて、少年は頬を少し染めてもごもごと口の中で返事にならない返事をした。


「ちょっと直情的で、ちょっと強引で、ものすごく脳筋だけど悪い子じゃないのよ」

「リディ?」


 侍女のフォローと見せかけることすらされていない暴言を聞いてベルナデットは抗議の声をあげるが、それに対してリディはため息をついた。


「お嬢様、()()()、どんな理由があれ相手を出会い頭に気絶させて連れて帰るなど許されることではありません」

「うっ……」


 リディの言葉にようやく自分がとんでもないことをやらかしたと自覚したベルナデットは、申し訳なさそうに眉を下げて少年に向き直った。


「ごめんなさい。本当に全く悪気はなかったの」


 少年はそれはそれで問題だろうと思ったが、とりあえず頷いてベルナデットの謝罪を受け入れた。

 リディはそれを見てほっとしたように息を吐いた。


「それでお嬢様。何故こんな暴挙をしでかしたのですか?」

「だってその、その……そういえば名前を聞いてなかったわ。私はベルナデットよ」

「……アラン」

「アランね! えっとなんでこんなことしたかっていうと、アランが死にそうな顔をしてたからよ」

「え?」


 ベルナデットが胸を張ってそう答えると、アランは戸惑ったような顔をした。


「あの、それはお嬢様を見たからじゃないんですか?」

「リディ、ちょっと失礼が過ぎるんじゃないかしら。ちゃんと気づかれない位置から観察したわ!」

「観察というのがひっかかりますが……」


 微妙な顔をしているリディは気にしないことにして、ベルナデットはアランに問いかけた。


「それで、アランはどうして死にそうな顔をして森の中なんかにいたの?」

「死にそうな顔をしていた自覚はないんだけど……絶望はしてたかな。ぼくは親から奴隷商に売られたから。その後、奴らが移動中に隙を見て逃げ出したんだ。それからあの森に逃げ込んで、しばらく隠れて暮らしてた。よくある話だろ?」


 アランの話にベルナデットとリディは言葉を失った。

 2人とも生まれたときから何不自由ない生活を送ってきたため、アランになんと言葉をかけていいかわからなかった。

 アランはそんな2人の様子を見てため息をついた後、ベルナデットに尋ねた。


「それで、お嬢様はぼくをどうするの? 迷子か何かと思ったんだろうけど、残念ながらぼくに帰る場所はないんだよ」

「帰る場所がないっていうことは、私が貰っても構わないということ?」

「「は??」」


 自嘲気味に言ったアランの言葉に対し、ベルナデットから返ってきた言葉はこの場の誰もが予想外のものでアランとリディは揃って疑問の声を上げた。


「だから、帰る場所がないのならこの家に住めばいいのよ!」


 ベルナデットの発言の意図が分からずアランは目を白黒させているが、リディは彼女がそんなことを言い出した原因に思い当って呆れた目を向ける。


「アラン! あなた今いくつ?」

「え? ……と8歳」

「剣の経験は?」

「小さいときにお遊び程度ならちょっとだけ教わったけど」

「まあ! うふふ。ピッタリだわ!」

「お嬢様……もしかしなくても、訓練のお相手になさるつもりですか?」

「うふふふふ。お兄様には全然勝てないし、リディじゃ相手にならないし、けどアランならきっとちょうどいい相手になってくれるわ」


 とても嬉しそうに決定事項のように話すベルナデットに、アランは彼女の言わんとしていることを理解してざっと蒼褪めた。

 アランの脳裏に浮かんだのは森でベルナデットに襲われたときの光景だ。


「ムムムムリだよ! あんためちゃくちゃ強いじゃんか!」

「あらありがとう。アランもきっと訓練すれば強くなるわ」

「同じように訓練したって追いつくわけないだろ!」

「そんなのわからないじゃない。私は同じように訓練しているお兄様にいつか勝つ気でいるわよ」

「でも勝ててないんだろ? そういうことだよ」

「痛いところをつかれたわ。アランは賢いのね」

「お嬢様以外誰もが気づいてることですよ」

「むー……」


 不満そうに唸った後、ベルナデットはちらりと上目遣いでアランを見た。


「でも、アランは帰る場所はないのよね?」

「まあ……」

「ちょっと私の相手をしてくれるだけで、生活の全てを保証するわよ」

「それは……」

「アラン……」


 潤んだ瞳で見つめながら懇願してくるベルナデットにアランは必死に抵抗したが、最終的にベルナデットの両親が許可するわけがないと思い、両親の許可を条件にここに住むことを了承した。


 翌日、あっさりと両親の許可が出て、それを聞いた2人の子供は対照的な表情をすることになる。

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