ベルナデットは再び襲撃を受ける
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「どんなことをするのかしら?」
「お嬢様、その質問はもう10回目です」
「だってとっても楽しみなんですもの」
ベルナデット達がいるのは教室から少し離れたところにあるグラウンドである。
次の時間は初めての魔力制御の授業であり、ベルナデットは初めての魔法に期待を膨らませた。
貴族の子供たちは大抵学園に来る前に家庭教師を呼んで魔法の勉強をするらしいが、ディアマン家ではそんなことはしない。それは専門機関である学園で専門の教師がしっかり教えてくれるのだから、重複する勉強をするのは時間の無駄だという効率を、というより訓練の時間の確保を重視した先祖代々の教育方針によるものである。
貴族の子供たちが先行して家庭教師から教わる理由は主に見栄の為であるので、そんなものより訓練時間の方が大切だと現当主のランベールも当然のように思っているし、次期当主のジェレミーも同じ考えである。この先もディアマン家の教育方針は変わることはないだろう。
「皆さん集まっていますね」
時間になると同時にパッと突然姿を現した女性教師を見て、ベルナデットは「マナー講師のアドリエンヌ先生と同じくらいの年齢かな?」と思った。ちなみにアドリエンヌは45歳だと言っていた。
「では授業を始めます。私はクラリス・アレクサンドリット。皆さんに3年かけて完璧な魔力制御を教えますので、しっかりと身につけてくださいね。一部の生徒は家庭教師の方に先行して教わっているかと思いますが、私の授業はまっさらな生徒を基準に進めていきます。ですので知っていることばかりで退屈だと思ったとしても、復習だと思ってしっかりと学ぶように。魔法は場合によっては命を奪うこともありますので浮ついた気持ちで授業を受けることは許しません」
ピリッとした空気を醸し出すクラリスに、厳しい先生だとクラスに緊張が走る。それを見てクラリスはニヤリと口角を上げた。
「私の授業は毎回このくらいの緊張感をもって受けてくださいね。とはいえ、緊張のし過ぎもいけません。はい、深呼吸。リラックス」
言われて素直に深呼吸をする生徒たちを見て、クラリスは満足そうに頷いた。
「皆さん、魔力測定用のリングは行き渡りましたね? まずは自分の中の魔力を感じることから始めましょう。両手でリングを握って、身体から少し離した状態で目を閉じて。リングが強制的に体内の魔力の流れを作るので、それを感じてください。酔って気分が悪くなる場合もありますが、その時は慌てずにゆっくりリングを足元に置くように」
クラリスに言われた通り、ベルナデットはリングを持って目を瞑った。しかし何も感じない。
少し時間がかかるのかしらと思ったが、周りから小さく聞こえる興奮したような声から自分以外は既に魔力の流れとやらを感じているのだろうと思い、更にギュッと強く目を瞑り何か感じないかと意識を集中させた。しかしやはり何も感じない。
困惑しながら目を開けると、先に目を開けていたアランが心配そうな顔でベルナデットを見ていた。
「随分長く目を瞑っていましたが、大丈夫ですか? ご気分は?」
「あ、ええ、気分は大丈夫なのだけれど……」
困った顔でクラリスを見ると、ベルナデットの視線に気づいたクラリスが近くまで来てくれた。
「どうしました?」
「あの、魔力の流れ? が分からなくて……」
「ああ、初めての生徒にはたまにいるので大丈夫ですよ。一度リングを置いて、もう一度持ってみましょうね」
クラリス言葉にホッとしてリングを置いて立ち上がった時、ベルナデットはヒュッという風を切る音を聞いた。
反射的に飛んで来た何かを躱し、躱すと同時にそれを下からダイヤモンドのブレスレットを付けた腕で思いっきり殴った。
一瞬の静寂の後、グラウンドは女子生徒の悲鳴と男子生徒の叫び声でちょっとしたパニックに陥った。しかし当事者であるベルナデットと近くにいたアラン、クラリスは冷静だった。
「この子、私が前にグラースの森で殴っちゃった子だわ」
「ああ、そういえばそんなこともありましたね。お嬢様はオングルに縁があるんですかね?」
「そうじゃなくて、同じ子だと思うの。ほら、喉に古い傷跡があるでしょう? それにこの胸のとこのハートの模様も同じだもの」
「ええ? 偶然じゃないですか? オングルは縄張りがあるっていいますし、グラースの森からここまでは流石に離れすぎてますよ」
「ええー? この傷と模様、絶対にそうだと思うのだけど……あの時もこのブレスレットで倒したから、ほら、傷も同じような形だし」
「お嬢様があれから毎日そのブレスレットをするようになったのってまさか……」
「武器になるからよ!」
「それ奥様には絶対に言わないでくださいね」
主従の会話を聞きながらオングルの様子を確認していたクラリスは、気絶しただけだったオングルにとどめをさした後その死体をどこかに転送した。
「オングルは頭が良く、執念深い。どうして縄張りを離れていたかは分かりませんが、迷わず貴女を狙ったところからも貴女が害したその個体である可能性が高いでしょうね。ところで、貴女名前は?」
「ベルナデット・ディアマンです」
そういえばこの授業では最初に自己紹介をしなかったわねと思いながらベルナデットが答えると、それを聞いたクラリスは納得したように頷いた。
「成程、ディアマンですか」
「えと、はい。何か?」
「いえ。先ほどの動きとディアマンと聞いて確信しました。先ほど魔力の流れが分からないと言いましたね?」
(え? その話の続きなの?? オングルのことは??)
何事もなかったかのように授業に戻ったクラリスにベルナデットは戸惑いながらもとりあえず頷いた。
周りの生徒たちもそんなクラリスとベルナデットの様子を見て少しずつ落ち着きを取り戻している。同時にベルナデット同様戸惑っているが。
「貴女、全ての魔力を身体強化に充ててるんですよ」
「……え?」
「全ての魔力を使っているわけですから、当然余剰魔力などありません。無いものの流れを感じることなど出来ないので先ほどは何も感じなかったというわけですね」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
クラリスに言われた衝撃的な内容にベルナデットは混乱しながら声を上げた。
「私、魔法なんて使ったことないです!」
「恐らく無意識に発動しているのでしょう。貴女のお兄様とお父様もそうでしたから」
「えぇえ……?」
「納得していなさそうですね。ちなみに、貴女が先程のオングルの喉の傷を付けたのはいつの話ですか?」
「えと、6歳の時です」
ベルナデットの答えに話を聞いていた周りがざわついた。アランは遠い目をしている。
「であれば、その頃には既に身体強化を使っていたのでしょう。ダイヤモンドのブレスレットを付けていたとしても、6歳の子供がオングルを気絶させるほどの攻撃など不可能ですから」
「なんかすごい納得しました」
アランが横でそんなことを言っているが、やはりベルナデットは納得出来ない。
「魔法って、無意識で出来るものなのですか?」
「身体強化についてはあり得ないことはありません。まあ普通は滅多にそんなことにはなりませんが」
「今も使ってるってことですか? 全く何もしていないのですが」
「10年以上無意識に使い続けていればそんなものです。呼吸するのに意識しないのと同じですよ」
ベルナデットはクラリスの説明を受け入れると同時にショックを受けた。
身体強化を使えば今より強くなれると思っていたのに、既に使っていたなんて。それに全ての魔力を身体強化に充ててしまっていては、他の魔法も使えないということだ。それでは魔法を組み合わせてもう一度ジェレミーを翻弄するという密かに練っていた計画も頓挫せざるを得なくなってしまう。
「その無意識の身体強化って、使うのを止めることも出来るんですか?」
「当然です」
落ち込むベルナデットを不憫に思ったのか、クラリスはほんの少し優しい声ではっきりと答えた。それを聞いてベルナデットの目が僅かに差した希望の光で輝いた。
「どうやってですか?」
「それにはまず身体強化の使い方を覚えないといけませんが、身体強化の授業はもう少し先です。授業の予定は変えません。なのでそれまで待つか、待ちきれないのならば自習をしてください」
「う……分かりました」
『自習』という言葉に拒否反応を示しながらも素直に返事をするベルナデットに頷き返して、クラリスは元の位置へと戻って行った。
「はい、それでは授業を続けます」
「先生、さっきの魔物は何だったのでしょうか?」
そのまま授業を再開しそうなクラリスに勇気ある女子生徒が尋ねた。ベルナデットはどこかで聞いたことのある声だと思い、声のした方を振り返って納得した。イザベルだ。
「貴女、名前は?」
「イザベルです。カロリーヌ殿下の侍女を務めております」
クラリスはイザベルからその隣にいたカロリーヌに視線を移し、納得したように頷いた。
「それは調べてみないと分かりません。ですが然るべき機関に送ったので、じきに分かるでしょう。心配はありませんよ」
「魔物が学園に入ってくることはよくあるのでしょうか?」
「学園には魔物除けの結界が張ってあるので、通常であれば入ってくることはありません。結界の確認にも既に当たっています。ただ調査結果が出るまでは皆さんには安全の為集団行動をお願いすることになるとは思います」
「分かりました。ありがとうございました」
イザベルが頭を下げてお礼をしたことで話は終わったと判断したクラリスは今度こそ授業を再開させた。その後は何事もなく授業は終了したが、結局ベルナデットは最後まで1人だけ魔力を感じることが出来ずしょんぼりと肩を落としながらグラウンドを後にした。




