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「私もそのお話をお兄様から聞いて信じられなかったのだけれど……あ、気を悪くしたならごめんなさい。ベルナデット様が弱いと思っていたわけではなくて、エリックのことは小さい頃から知っていてその強さも良く知っていたものだから」
カロリーヌの話を聞いて、ベルナデットはどうしても言いたいことがあり口を開いた。
「何故私だけ『様』付けなのでしょう?」
「気にするのはそこですか」と言いたげなリディの視線はスルーした。だってエリックでさえ呼び捨てなのだ。幼馴染ゆえの気安さなのかもしれないが、王女に『様』など付けて呼ばれてはベルナデットも落ち着かない。
しかしカロリーヌはそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったようでキョトンとした顔をした後、何でもないことのように口を開いた。
「だって、とっても恰好良かったんですもの」
「確かにとっても恰好良かったですよね!」
カロリーヌの答えにエマが全力で同意した。2人の言っているのは恐らくベルナデットが矢を素手で掴み取った時のことだろう。
「そ、そう言っていただけるのは光栄ですが、やはりカロリーヌ殿下に『様』と呼ばれるのは落ち着かないので出来れば普通に呼んでいただきたいです……」
「んー、でも確かにベルナデット『様』じゃ仲良くなりにくいわよね。分かったわ。私もベルナデットと呼ぶから、皆も私のことはカロリーヌと呼んで? 敬語も要らないわ」
カロリーヌの笑顔でのお願いにベルナデットはどう答えるのが正解か分からず、困った顔でリディを見た。リディは心なしか悪い顔色で少し考えた後、こくりと頷いた。王族への無礼と王女本人の希望、学園のルールを天秤にかけた結果の苦渋の決断だ。
ついでに『皆』と言われ、巻き込まれる形になってしまったエステルは蒼い顔でぶるぶると震えている。
「分かったわ。そういえば紹介していなかったわね。彼女は私の侍女のリディよ」
リディの許可が出たのだからと直ぐに態度を切り替えたベルナデットに呆れと感心の眼差しを向けてから、リディも「お嬢様がご迷惑をおかけすると思いますが、どうかよろしくお願いいたします」とカロリーヌへ他の人たちに向けたものと同様の挨拶を行った。
グレース、エステル、エマも緊張しながら自己紹介を終えて、今度はカロリーヌが一緒にいた2人を紹介してくれた。
「彼女は私の侍女のイザベル。フィリップとは双子なのよ。見えないでしょう?」
「フィリップ?」
「昨日、お兄様がベルナデットを探しに来た時にもう1人一緒にいたでしょう? 彼がフィリップよ」
「ええ!? 彼は教師じゃなかったの!?」
「彼はお兄様の侍従よ」
驚くベルナデットに、カロリーヌは予想通りの反応だわ、とくすくすと笑っている。
双子と言うことはイザベルとフィリップは当然同じ歳ということになるのだが、ベルナデットはとても信じられなかった。フィリップが教師と間違える程年上に見えるということもあるのだが、イザベルはイザベルで12歳と言われても信じてしまう程の童顔なのだ。
「2人は何歳なの?」
「あら、おかしなことを聞くのね。私と同じ学年なのだから16歳よ?」
「それで言うと私と双子の筈のフィリップが17歳ということになりますよ?」
「あらそうね。どうしてかしら?」
とぼけながらそんなことを言うカロリーヌに、ベルナデットは何となく彼女たちは16歳でも17歳でもないんだろうなと思った。
「それから彼女は……」
「2年のクロエ・アンブルよ」
サラサラの黄金色の髪にシトリンのような瞳の女子生徒――クロエの自己紹介を聞いて、ベルナデット以外の4人が驚いた顔をした。
「お察しの通り、現魔法省長は私のお父様よ。それにしても……」
不自然に言葉を切って、クロエがじっとベルナデットを見つめた。ベルナデットは自分だけクロエの父のことを知らなかったことを気づかれたのだと思い、目を逸らすことも出来ず何を言われるのかと身構えた。
「噂なんて当てにならないわね」
「……え?」
「『ディアマン家の淑女の鑑のようなお淑やかな深窓の令嬢』ってベルナデットのことでしょう?」
「ええと……」
思っていたのとは全く違う角度の言葉がクロエの口から出てきて、ベルナデットはすぐには反応が出来なかった。
更に続けて言われた内容については、自分に当て嵌まらなさ過ぎて戸惑うことしか出来ない。
しかしグレースとエマは何か思い当たったらしく、2人で目を見合わせている。
「そういえば、そんな噂だったわね。ベルとあまりにかけ離れていたから全く結びつかなかったわ」
「そうだったわね。所詮噂だから誇張されているんだろうとは思っていたけれど、誇張どころか正反対だったのね」
「その噂につきましては旦那様と奥様もどうしてそうなったと頭を抱えてらっしゃいましたよ」
「待って初耳なのだけれど? というかリディも知ってたの?」
「出発の少し前にアランと一緒に奥様から教えていただきました。笑いを堪えるのが大変でした」
「いっそ笑って?」
自分に関する的外れにも程がある噂が流れていたことを知ったベルナデットは微妙な顔をした。
悪い噂ではないので構わないと言えば構わないのだが、その噂を真に受けた誰かに「裏切られた」と言われそうだと思ったからだ。
「ああ、でも『とても美しい』と言うところは噂通りね。まるで妖精みたいだわ。とっても可愛い」
「え、あの、え、と、あ、ありがとうございます?」
先程の噂の続きなのだろう、ふいにクロエがベルナデットの頬に手を当て、頬を染めながらうっとりとそんなことを言うものだから、ベルナデットは思わず赤くなってきょどきょどと視線を彷徨わせた。
そんなベルナデットを可哀そうに思ったようで、カロリーヌが苦笑しながらやんわりとクロエを引き離してくれた。
「クロエは可愛い子が好きなの」
「だって可愛い子って見てるだけで幸せな気持ちになれるじゃない?」
ベルナデットをうっとりと見つめながら言うクロエに、リディがすっと目を細めてクロエに警戒した視線を向けた。
そんな視線に気づいたクロエはリディを見て苦笑した。
「心配しなくても貴女のお嬢様に危害を加えたりしないわ。ただ仲良くできたら嬉しいなって思ってただけよ? それに私は貴女もとっても可愛いと思うし、仲良く出来たら嬉しいと思っているのだけれど」
可愛いなんて言われ慣れていないリディが珍しく動揺したのを見て、ベルナデットがすかさずクロエに追撃した。
「そうよ、リディはとっても可愛いんだから!」
「そうね、私もとっても可愛いと思うわ」
「そうですね、リディさん可愛いです」
ベルナデットに続いてグレースとエステルまでそんなことを言ってくるものだから、リディは「もういいです!」と言って赤くなった顔を両手で覆い隠してしまった。
そんなリディを愛でるようににこにこと楽しそうに眺めている一連の元凶であるクロエに、カロリーヌは困った友人だというように呆れた目を向けていた。
「全く。そんなことばっかり言ってると誤解されてしまうわよ?」
「大丈夫よ。私の婚約者様は私のことを良く分かっているから」
「「あ、婚約者がいらっしゃるんですね」」
クロエの言葉にベルナデットとリディは何となくホッとした。
「どんな方なんですか!?」
一方、恋バナ大好きなエマは案の定目を輝かせて婚約者という大好物の話題に食いついた。
その勢いにちょっと驚いた顔をした後、クロエは少し考えて簡潔に答えた。
「とっても可愛い人よ」
その答えにベルナデットとリディは「男性よね?」という考えが過ったが、「内緒よ?」と笑ったクロエがとても幸せそうだったのでまあどちらでもいいかと考えるのを止めた。
「ところで随分ベルナデットのことを気に入ってるみたいだけど、もしかして前に話していた『これまでに出会った中で一番可愛い人』が変わっちゃったりしたのかしら?」
「そんなわけないじゃない。あの人は別格だもの」
ベルナデットより可愛い人などいないと思っているリディが別格と言われてムッとしたのに気づいたグレースが、苦笑すると同時に確かにベルナデットと比べても別格と言わしめたのがどんな人か気になり何気なく尋ねた。
「別格とまで言われちゃったら気になりますね。その人ってこの学園にいる人ですか?」
「うーん、いると言えばいるんだけど……」
「?」
「私がこれまで出会った中で一番可愛い人は、子供の頃のシャルル殿下よ」
女の子の名前が出ると思っていた面々は予想外の人物の名前に固まった。
そしてクロエの横で満足そうににこにこしながら「内緒よ」というように人差し指を立てたカロリーヌを見て、ベルナデット達は揃ってクロエの婚約者を察した。子供の頃のシャルルに思いを馳せていてそのことに気づいていないクロエは、シャルルが女の子のように可愛かったことや、エリックがシャルルを女の子と間違えてプロポーズをしたことなど聞いて良いのか不安になるようなことを嬉々として話している。
「カロリーヌ殿下、そろそろ……」
「あらもうそんな時間? じゃあ私たちはお先に失礼するわね。今日は楽しかったから、またこうしてお喋り出来たら嬉しいわ」
そう言ってひらひらと手を振りながらカロリーヌとイザベル、クロエが食堂から出ていくのを見送った後、震える声で「緊張しました」と言うエステルにその場の全員が頷いた。
そんな大事件があったのでベルナデットは自分がやらかしたことはうやむやになるのではと期待したが全くそんなことはなく、部屋に帰ってからみっちりとリディに叱られた。




