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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日放課後。

 ベルナデットは今か今かと待ちきれず、HRが終わると同時に猛スピードで教室を飛び出した。

 当然訓練場には王子の姿はまだ無く、待ちきれないベルナデットは壁沿いをぐるぐると走り出した。


「お嬢様、何してるんですか?」


 半周ほど走ったところで、遅れて到着したアランに呆れたような顔で尋ねられベルナデットは足を止めた。


「楽しみで落ち着かないから、殿下が来るまで走っておこうと思ったの」

「止めてください。それではシャルル殿下が来る前にバテてしまいます」

「! そう! シャルル殿下!」

「?? どうしたんですか?」

「何でもないわ!」


 ベルナデットはずっと思い出せなかった王子の名前が分かり思わず声に出してしまった後、流石に王子の名前を忘れていたと言うのはバツが悪く慌てて誤魔化した。

 アランは少し怪訝な顔をしたが、浮かれているから挙動不審なのだろうと深く考えないことにしたようだ。


「リディには今日のこと何か言われました?」

「リディにはクラスメイトの強い子と手合わせをするって言ってあるの。アランも聞かれたらそう言ってちょうだいね」

「それはまた怒られそうなことを……」

「アランが言わなければバレないわ!」

「そうでしょうか?」


 アランはちらりと周りに視線をやった。

 約束を取りつけたのがHR後の教室前という目立つ場所だったせいで、結構な数の野次馬が集まっている。

 これではリディの耳に入るのも時間の問題だろうとアランは思ったが、ベルナデットはこの後の手合わせに意識が集中しておりそのことに全く気づいていない。


「これ絶対僕も怒られるな……」

「え?」

「何でもないです。それより準備運動なら走るのではなくストレッチがいいと思いますよ」

「それもそうね! そうするわ!」


 素直にストレッチを始めるベルナデットを見て、アランはせめてこの場にリディが来ないことを祈った。



 訓練場の入り口付近がざわざわしだしたことで王子の来訪に気づき、ベルナデットはそちらに視線を向けてワクワクしながら王子が連れて来た人物を見たのだが、その人物がエリックであることに気づきピシリと固まった。まさかエリックを連れてくるとは想定外だ。

 まあ実際のところジェレミーが「王子は騎士団長に剣を習っている」と言っていたのだから少し考えれば予想出来たことなのだが、浮かれていたベルナデットはそこまで頭が回らなかった。

 どうすることも出来ず近づいてくる2人を見つめていると、エリックもこちらに気づき不思議そうな顔をしている。それはそうだ、エリックの中ではベルナデットはマティアスなのだから。


「エリック、こちらベルナデット・ディアマン嬢だ」


 そんなことなど知る由もない王子が無情にもエリックにベルナデットを紹介した。それと同時に、ベルナデットは勢いよく頭を下げた。


「嘘をついて申し訳ありませんでした! この事はお母様には内緒にしてください!」

「ああ、やっぱそうだったのか」


 予想外の返答にどういうことか分からず顔を上げると、くつくつと笑いながらエリックに「なんか違和感があったんだよな」と言われた。ベルナデットは違和感とは何かが気になり尋ねてみたが、エリックにも何となくで具体的に何かと問われるとよく分からないらしい。


(野生のカン的なやつかしら? それなら私もちょっと自信があるわ! 戦いにおいて結構重要なのよね!)


 ベルナデットはエリックの曖昧な回答を自分の中で咀嚼して、勝手に親近感を抱いた。


「マティアスってのは……ああ、マティアス先生か」

「はい……」


 エリックはマティアスのことも知っていたらしい。ジェレミーから聞いたのかもしれないし、そうでないとしてもマティアス自身がわりと剣豪として有名だと聞いたことがある。


「家庭の事情じゃなかったのか?」


 ポツリと王子が呟いた言葉の意味が分からずベルナデットは首を傾げたが、アランはすぐに何のことか思い当ったらしくサッと蒼褪めた。


「シャルル殿下、お嬢様が虚偽の申告をしたこと、お詫び申し上げます。お許しいただけるのであれば私から説明させてもらいたいのですが」

「いいよ。聞こう」


 アランの言葉を聞いてベルナデットはようやく自分の発言の事を言われたのかと気づいたが、アランが説明してくれるようなので大人しく口を噤むことにした。

 学園に向かう途中に魔物が出たこと、その際にベルナデットの髪と制服が犠牲になったことをアランが丁寧に説明すると、王子は不思議そうに首を傾げた。


「事情は分かったけど、なんで男子制服?」

「こっちの方が動きやすいからですわ。あの時はスカートが邪魔で魔物に遅れをとってしまいましたもの。この格好なら次は完勝してみせますわ!」


 恐らく王子の疑問を代弁したのだろうエリックの質問に視線を向けられたベルナデットは元気に答えたのだが、その横でアランは頭を抱えていた。

 アランはベルナデットが魔物と率先して戦ったことはキレイにぼかして説明したのだが、今の自己申告でそれが全て無駄な努力となってしまったからだ。王子が心なしか同情の眼差しでアランを見ている。


「ところで、何の魔物だったの?」

「え? ええと……」


 投げかけられた王子の質問に、ベルナデットは答えようとして口ごもった。あの時一度聞いたのみだった為、名前を忘れてしまったのだ。


「イタチのような姿で、尾の部分が鎌のようになっている……」


 アランに呆れられる前に何とか思い出そうと特徴を上げていると、先に王子が思い当たったらしい。


「『フオ』か?」

「そう! フオですわ!」

「あー、そりゃ切られるな。怪我はしなかったか?」

「大丈夫ですわ!」

「そいつは良かった」


 襲われた魔物の名前を聞いて王子は何事か考え込んでしまったのでベルナデットは何かマズかっただろうかと不安になったが、エリックが声をかけてくれたためベルナデットの意識はすぐにそちらに移った。


「事情は分かった。家族には黙っといてやるよ」

「ありがとうございます!」


 ベルナデットはエリックの言葉にぱっと表情を明るくした。どうやらレティシアに伝わることは回避出来そうだ。


「にしても、上手く化けてるなー」

「うちの優秀な侍女のお陰ですわ!」

「へぇ、今日はその侍女は一緒じゃねーの?」

「……リディには今日のことは内緒ですの」


 すっかり忘れていたもう1つの問題を思い出し、ベルナデットは言い訳のようにもごもごと告げた。

 そんなベルナデットの様子にエリックは何か察したらしく、生暖かい眼差しを向けるだけでそれ以上リディについて追及することは無かった。


「ベルナデット嬢のことはジェレミーから聞いてるよ。面白い戦い方をするんだって? 彼に勝ったこともあるって聞いた時からいつか手合わせしてみたいと思ってたんだ」


 先程までの優しい先輩の様子から一変、ギラリと好戦的な眼差しを向けられてベルナデットも期待に胸を高鳴らせた。


「女だからと言って手を抜かないでくださいね」


 ベルナデットの返答にエリックも満足そうに笑みを深くし、2人はゆっくりと距離を取った。

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