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想定外のトラブルで少し予定より遅くなったが、それ以外は特に問題なく学園に到着した。
リディに怒られてからしょんぼりと大人しくしていたベルナデットだったが、王都に入ってからはその華やかさや人の多さに驚き、目を輝かせながらあれは何かそれは何をしているのかとはしゃぎながらアランやリディに尋ねて、内心言い過ぎてしまったかと気にしていたリディを安心させた。
馬車から降りると、心配するアランを男子寮に追いやったリディに連れられベルナデットはこれから3年間を過ごす寮の部屋に足を踏み入れた。寮は2人部屋で、ベルナデットはリディと同室だ。
「素敵だわ! 可愛いわ!」
「お嬢様、髪を整えますのでこちらに座ってください」
「これからリディと同室なのよね! 改めてよろしくね!」
「はいはい。動かないでくださいね」
「学園では全ての学生が平等なのよね! リディも私のことベルって呼んでくれていいのよ?」
「はいはい。それよりお嬢様、本当にバッサリ切っちゃっていいんですか?」
「全く聞いてないわね! ええ、前から邪魔だと思っていたのよ。このチャンスを生かさない手はないわ! 思い切ってやっちゃってちょうだい」
「奥様が嘆きそうですね。旦那様とジェレミー様は気にしなさそうですけど。コレット様は喜びそう」
「よく分かってるわね! 私が短くしたいと言った時に反対したのがお母様で賛成したのがコレットだったわ」
「アランは……どうでしょう? けど虫除け的な意味では喜びそうですね」
「アランも気にしないんじゃない? ちなみにリディはどう思う?」
「私も(虫除けになって)良いと思いますよ」
「あら本当? お母様には美しく長い髪は淑女の証だって言われたから、リディもそう言うかと思ったわ」
「髪が短いくらいでお嬢様の美しさは損なわれませんので」
「リディは男だったらモテモテだったでしょうね」
「光栄です」
リディの真っ直ぐな賛辞にベルナデットは照れて赤くなりながら軽口を返すと、リディは楽しそうに笑いながら手際よく髪を整えていく。
器用なリディは僅か10分足らずでプロの仕事と見紛う程に綺麗なショートカットを完成させた。
「如何でしょうか?」
「素敵!! お兄様とお揃いね! ずっとあの髪が羨ましかったから嬉しいわ!」
「私がお嬢様の魅力を理解し過ぎているせいで思った以上に美しくなってしまいましたね。これじゃあ虫除けにならないです」
「ちょっと何を言ってるのかよくわからないわ。それより、さっきの魔物との戦闘で確信したことがあるの。やっぱりスカートは戦闘に向かないと思うのよ。いざという時思うように動けないのは問題だわ」
「心配しなくても学園は戦闘をするところではありませんよ」
「それでも用心することに越したことはないでしょう? そこでこれよ!」
話しながら持ち込んだ荷物をゴソゴソと漁っていたベルナデットは、お目当てのものを見つけて勢いよく引っ張り出した。その手には男子制服のスラックスが握られている。
「それ、出発前に奥様にバレて荷物から出されてましたよね?」
「諦めたと見せかけてこっそり入れ直しておいたのよ。帰省するときにはスカートを履けば問題ないわ」
言うが早いかベルナデットは履いていたスカートを脱ぎ捨てスラックスに足を通した。
この学園の制服は上はシャツとネクタイにジャケットで、それらは男女で同じデザインであり、スカートをスラックスに履き替えてしまえばそれだけで男子制服となる。
大半の女子はネクタイをリボン結びにしており、ベルナデットもレティシアにリボン結びにされていたのだが、それもスカートを履き替えると同時に解いて普通に締め直した。ネクタイの締め方はこっそりジェレミーに教えてもらった。
「どう? 似合うかしら?」
「ふむ……」
嬉しそうにくるりと回るベルナデットを見てリディは思案した。
レティシアが望むのでちゃんとしたお嬢様をさせていたが、スカートを履かせたところでベルナデットはそれを考慮した行動なんてしてくれないことが良く分かった。
それならば本人が言うように動きやすい恰好をさせておいた方が危険も少ない。それに今のベルナデットは何と言うか……
「まるで王子様ですね」
短い髪と男子制服という恰好をすると、どう見ても女性にしか見えないと思っていたベルナデットが美しい令嬢ではなく儚げな王子様に見えるから不思議だ。ちなみにスレンダーな彼女は服を着るとほとんどわからなくなる程度にはぺったんこだ。何がとは言わないが。
「本当? なら王子様っぽい話し方にしてみようかしら?」
「お嬢様にそんな器用なこと出来ないから止めた方がいいと思います。学園で言葉遣いが戻るのは問題ないでしょうが、帰省時に奥様の前で間違えでもすればきっと訓練を禁止されて淑女教育を詰め込まれるでしょうね」
「言葉遣いくらいは淑女らしくするべきよね!」
それはそれでオネエの王子みたいで違和感があるのだが、リディからしたらただのベルナデットなので問題ないと頷いた。
「明日のアランの反応が楽しみね!」
うきうきと楽しそうなベルナデットに、リディも「そうですね」と面白い反応が見られることを期待して微笑んだ。