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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Side:アラン


「はぁー……」


 アランは困っていた。

 ベルナデットはここ数年で格段に強くなったアランに特訓してもらうことで自分もジェレミーに追い付こうとしているらしいのだが。


(僕が強くなったのはお嬢様に勝てるようにって必死に努力したからなんだけどそれは言えないし、そもそもそれだったらお嬢様だってジェレミー様に勝てるようにがんばってるしなー)


 特訓の準備、と言われてもアランにはその方法が思いつかない。


(うーん……やっぱり素人の僕が考えるよりマティアス先生に聞くべきだと思うんだよなぁ)


 アランはため息をつきながら、先程のマティアスとの会話を思い出した。



 ベルナデットとリディがマナーの授業に向かってすぐに、タイミングよくマティアスが屋敷に入ってきた。


「マティアス先生、おはようございます」

「おや、アラン。おはようございます。今からルシアンのお使いですか?」

「いえ……実はお嬢様から頼まれ事をしたのですが、マティアス先生さえよろしければ少し協力していただけないかと」

「ははぁ、そういえばジェレミー様の出立は今日でしたな」

「そういうことです」


 ベルナデットと既に結構長い付き合いであるマティアスはアランの懸案事項をすぐに理解し微笑ましそうな顔をした後、ふむ、と顎に手を当てて逡巡した。


「お嬢様は、私に聞くようにと?」

「あ、いえ。お嬢様は最近僕がお嬢様に比肩するくらい強くなったから、そのコツを教えて欲しいと」

「ああ成る程。それで困っていたんですね」

「そうよね。さすがにお姉様への愛の力です♡とは言えないものね」


 マティアスと話していたら突然背後の低い位置から聞こえてきた声に、アランは飛び上がって驚いた。


「おやコレット様。おはようございます」

「マティアス先生、おはようございます。アランもおはよー」

「お、おはようございます」


 声の主はコレットで、その後ろには彼女付の侍女のジャンヌもいた。

 アランが挙動不審だった数日間の間に、彼の恋はそういった話題が大好きなメイドたちによって屋敷中に知れ渡っており、知らないのは本人くらいだ。

 コレットが生まれる前にはアランの挙動不審も落ち着いていたはずなのだが、どこかのメイドが彼女に教えてしまったらしい。

 そのためアランは事ある毎にこうして非常に居心地悪い思いをすることになってしまったのだが、コレットをはじめランベールやレティシア、ジェレミーにも特に咎められることはなく、むしろ応援されているためその事についてだけはそのメイドたちに感謝している。


「アラン、何かあれば喜んで協力しますが、まずは貴方がメニューを考えてみては?」

「え!?」

「お嬢様は私ではなく貴方にコツを教えて欲しいと仰った。それにいつも真剣に私の授業を受けてくださるお嬢様が未だにジェレミー様に勝てていないのも事実。ですからこの機会に私以外にも教えを乞うてみるのもまた一興かと」

「マティアス先生の言う通りだわ。それに上手くいったらお姉様からの好感度が上がると思うの。あ、けど私からお姉様を取ったらダメよ!」

「まあ確かに好感度は上がりそうですよね……わかりました。コレット様、マティアス先生、ありがとうございました。とりあえずもう少し考えてみます」

「私から、お姉様を、取ったらダメよ?」

「……わかっていますよ、コレット様」


 敢えてスルーしたセリフを念押しされ、アランは表面上はにこやかに返事をした。

 それに対しコレットはアランの不満もしっかりと理解した上で笑顔で頷いた。

 年下の、しかも妹相手に大人げないと言うなかれ。

 コレットはアランのことを応援してはいるが、あくまで『自分の次に』ベルナデットに大切にされることしか許すつもりはないと常々宣言している。

 ベルナデットは相変わらずシスコンだが、そんなベルナデットの愛情を一身に受けて育ったコレットは見事にベルナデットを上回るシスコンになっていた。

 アランにとって目下一番の強敵はコレットである。


「ではアラン、何かあれば相談してくださいね」

「お姉様のためにがんばってね!」


 苦笑したマティアスと笑顔のコレットと別れ、アランはどんなメニューにしようか考えながら仕事へと戻った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お嬢様、お勉強をしましょう」

「どうしてかしら? 嫌な単語が聞こえた気がするわ」


 マナーの授業をきちんと受けた後、ベルナデットはご機嫌でアランの元へ向かった。

 てっきりアランのいつものメニューを教えてくれると思っていたベルナデットは、アランの口から出てきた予想外の言葉に首を傾げた。


「空耳かしら? 勉強と聞こえた気がするのだけど」

「はい、言いました」

「おかしいわね。私はお兄様に勝つための特訓をお願いしたと思うのだけど」

「はい、お願いされましたね」


 不満そうに口を尖らせるベルナデットを見てアランは可笑しそうに笑った。


「心配しなくても座学ではないですよ。お嬢様は護身術はご存じですか?」

「護身術……って、か弱いご令嬢が身を護るために使うあれのこと?」

「それです。習われたことは?」

「ないわ」

「確かにオングルに素手で勝つような『か弱い』とは無縁なご令嬢ですもんね」

「そんなに褒められたら照れるわ」

「そこで褒められていると受け取るところがお嬢様ですよね。お嬢様がジェレミー様に勝つ方法を考えてみたんですけど、成長するにつれ男女差も大きくなってきますから正攻法では既に不可能だと思うんです」

「リディにも常々思っているのだけど、貴方たち実は私のこと嫌い?」


 ベルナデットが本気で落ち込んでるのを見てアランは肩をすくめた。


「好…………嫌いじゃないですよ。ええと、今言っているのは現実を受け入れてくださいということです」

「つまり諦めろってこと?」

「正攻法では不可能、と言ったんですよ。そこで護身術です。護身術はお嬢様の言うようにか弱いご令嬢が身を護るための術だというイメージが強いと思いますが、それはつまり自分より強い相手に対抗する手段を得られるということです」

「自分より強い相手に……はっ! つまり私がお兄様に!?」

「マティアス先生が教える剣術は正攻法ですから。やり方次第では可能性があると思いませんか?」


 ベルナデットは頬を染めて瞳を輝かせた。

 諦めるつもりはさらさらなかったが、最近はどんどん開いていく実力差に心のどこかでもう勝つことは出来ないかもしれないという気持ちが芽生えていたのを必死に見ないようにしていた為、ベルナデットはそのアランの言葉が本当に嬉しかった。

 居ても立っても居られなくなったベルナデットは、その衝動のまま勢いよくアランに抱きついた。


「おおおお嬢様!?!?」

「ありがとうアラン! 貴方がいてくれて本当に良かった!」

「どどどういたしまして!?」


 抱きしめ返すことも出来ず、両手を彷徨わせ真っ赤になって慌てるアランの様子には気づかずに、ベルナデットは嬉しい気持ちを込めてぎゅーっと強く抱きしめた。


「こうしちゃいられないわ! 早く護身術を……アラン? 大丈夫?」

「ちょっとだけ待ってください……」


 少し気持ちが落ち着いたところでパッと離れ、早速特訓をと思いアランに話しかけたところでベルナデットは首を傾げた。

 解放されたアランは真っ赤な顔を両手で覆ってその場にしゃがみこんでいる。


「具合が悪いの?」

「いえ、そうではなくて……」

「お嬢様、お茶の用意が……何やってるんですか?」


 ベルナデットがどうしたものか困っていると、お茶の用意をすると厨房へ行っていたリディが戻って来た。

 ベルナデットの背後から来たリディは、ある程度近づいたところでしゃがみこんで顔を隠すアランに気づき怪訝な顔をした。


「それが、私が喜びのあまりアランを締め上げてしまったみたいで……」

「締め上げ……? ああ、そういうことですか。お嬢様、アランはそっとしといてやるのが親切です。さあ、冷めてしまう前にお茶にしましょう」

「ええ? ほんとに?」

「ですよね? アラン」

「ハイ」


 アランへどこか冷たい視線を向けるリディに首を傾げながらも、とりあえず2人がそう言うならとベルナデットはリディに連れられてお茶をしに向かった。

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