ベルナデットは前世を思い出す
24.05.24 誤字修正しました。
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柔らかな春の日差しが差し込む午後の屋敷の一室。
大きな天蓋付きベッドの上で、やわらかなブロンドの髪と澄んだペリドットのような瞳を持つ美少女が上半身を起こした体勢で固まっていた。
少女の名前はベルナデット・ディアマン。オルタンシア王国ディアマン辺境伯家の娘で現在5歳。
ベルナデットはベッドにいるが、別に昼寝をしていたわけではない。
国境にほど近く防衛の砦としての役割を持つディアマン辺境伯家。その当主でありベルナデットの父であるランベール・ディアマンは、国を守るディアマン家の人間はその名に恥じぬよう強くあるべきであり、強ければ大体のことはなんとかなると思っている脳筋だった。
その考えは娘だからといって容赦はなく、ベルナデットにも僅か3歳の頃から毎日の日課として剣術の稽古を課している。
そして先ほど兄と稽古をしていた際に、つまづいて転んで頭を打って気絶してベッドへ運ばれたのだ。
それから30分もせずベルナデットは目を覚ましたが、上半身を起こした体勢のままかれこれ10分は固まっている。
それは打ちどころが悪くて体調が優れないわけでも、倒れる前の記憶が曖昧でなぜ寝ていたのかわからなかったわけでもない。
今見た夢について考えていたのだ。
そしてベルナデットは結論付けた。あれはきっと前世の夢だ。
「ふぉぉぉ……!!」
そして喜びに瞳を輝かせ、頭を打って寝かされていたことも忘れ全力ダッシュで部屋を飛び出した。
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夢の中のベルナデットは日本に住む少女だった。
生まれつき心臓が弱く、人生の大半の時間を病院のベッドの上で過ごしていた。
そしてそのまま大人になることなく、14歳という若さであっさりと死んでしまった。
ベルナデットがそれを前世と結論付けたのは、夢に見たのが病室で過ごすなんでもない日のワンシーンだったのにも関わらず、夢で見た場面以外の彼女の全ての人生とその時々の彼女の想いが記憶として頭にあったからだった。
ついでに前世では長い入院生活の娯楽としていろんな本を読んでおり、ファンタジーも好きだった。
その中には死んでしまった主人公が幽霊となって家族に会いに行く話や、死んでしまった主人公が生まれ変わって恋人に会いに行く話や、死んでしまった主人公が別の世界に生まれ変わって無双する話などもあった。
部屋を飛び出したベルナデットだが、屋敷が広すぎたせいでどこかに辿り着く前に廊下の真ん中で力尽きた。
これまで怠け者で日課の剣術の稽古もよくサボっていたため体力が雀の涙程度しかなかったせいとも言う。
しかし病弱なわけではない。少し休めばすぐに元気になるし、鍛えればもっと自由に走り回ることもできるようになるだろう。
「うふ、うふふ、うふふふふふ」
廊下の真ん中にうつ伏せに倒れたまま不気味に笑うベルナデットを、倒れたお嬢様の様子を見に来たメイドが不幸にも目撃してしまい、悲鳴をあげて大急ぎで医者を呼びに行った。
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「お嬢様、どこか痛むところや違和感はありますか?」
「いいえ、大丈夫よ」
「ふむ、少したんこぶができていますが、特に問題はないでしょう」
「ホントですか!? 脳に異常とかないですか!?」
「ちょっと失礼じゃないかしら?」
奇行を目撃してしまった不幸なメイド、正しくはベルナデットの侍女見習いのリディはなかなかに失礼な質問をしているが、泣きそうに必死で訴える顔からは心の底から心配していることがわかって、ベルナデットは口では苦言を呈しながらも申し訳ない気持ちになった。
リディは現在ベルナデットのひとつ年上の6歳で、1年前から侍女見習いとして、また遊び相手として一緒に過ごしておりベルナデットのことを妹のように可愛がっている。
そんな相手が頭を打って倒れた後、様子を見に行ったら廊下で倒れながら不気味な笑い声をあげていたのだから相当怖かっただろう。
医者が帰った後、心配してまた寝かせようとしてくるリディを大丈夫だと説得しベルナデットは今度は歩いて廊下を進んだ。
(せっかく健康な体になったのに寝て過ごすなんて御免だわ! まぁこれまでの私ならここぞとばかりに惰眠を貪ったのでしょうけど)
リディも不審に思ったらしく、本当に大丈夫なのかとしつこく確認された。
(基本的に私は勉強も運動も全てにおいてやる気がなかったからしばらく不審がられるかもしれないけれど、まだ5歳なんだから急に性格が変わることもあるわよね! ただ前世を思い出しただけだから私が私なことに変わりはないわけだし)
14年生きた前世とまだ5年しか生きてない今生の記憶が合わさったことで、現在のベルナデットはどちらかといえば前世の性格に近くなっていた。
元のベルナデットは遊ぶことにしか興味がなく、逃げ切れなかった時以外は勉強も剣術の稽古もサボっていたため今のやる気に満ちた彼女とはほぼ別人である。
しかし長い闘病生活で精神的に逞しくなっていたことに加え、健康な体を手に入れて最高に浮かれている現在のベルナデットはそんなことは些細な問題だと投げ捨てた。
結果、その日1日にこにこしながら屋敷中を歩き回って健康であることを堪能していたベルナデットは「お嬢様が頭を打っておかしくなった」と使用人たちを震撼させ、翌々日その連絡を受けて王都から大急ぎで帰ってきた両親から神妙な顔で呼び出されることになったのであった。