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アルゴリズムの脅威  作者: つぶ丸
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アルゴリズムが文化を破壊する

今回からアルゴリズムについて考えたエッセイを書いていこうと思っています。

栄えある第一弾としてアルゴリズムと文化の関係について書いてみました。素人知識なので間違ったことを書いてしまった可能性があります、その際は恐縮ですがコメントでご指摘をお願いいたします。

それではどうぞ最後まで読んでいってください!きっとそこのあなたも共感してくれると思います。

「アルゴリズムが文化を破壊する」


皆さんはよくyoutubeを見るだろうか。多くの人は毎日見ていると答えるだろう。

しかしその大半はその行為が日本文化の衰退を進めていることに気づかないのだ。

まず前提として、youtubeには一度検索されたジャンルから一気に学習しユーザー一人ひとりにあった動画をタイムラインに並べていく機能がある。

その機能こそが「アルゴリズム」だ。アルゴリズムとは本来数学用語である。ある問題に対しての計算手順等を細やかに分析していくことを指すのだが主な例として「ユークリッドの互除法」なるものがある。

「ユークリッドの互除法」とは二つの整数に対してどんどん最大公約数を見つけ出し最後ゼロになるまで繰り返しなった時に最大公約数が求まる計算方法だ。

これの似たようなことがyoutubeで行われている。

ユーザーが選んだ動画を関連動画を探し出しユーザーが見れば見るほど関連動画の質は高くなっていく。そして遂にはユーザーが好むものでタイムラインが埋め尽くされていく。

ではこのシステムがなぜ日本文化を衰退させるのか。

それを理解するためには文化がどういう条件で成り立っているかを考える必要がある。

例えば現代日本でサブカルチャーの代表として大きく世界に羽ばたいているコンテンツがある。

それは「アニメ」だ。

よく聞くのは、「エヴァンゲリオン」「セーラームーン」「ガンダム」「宇宙戦艦ヤマト」

最近のもので言えば「鬼滅の刃」「呪術廻戦」など。

それに付随して「アニソン」も人気を博している。

ではこれらはなぜ「人気」があるのか。それはひとえに知っている人が多く存在しているからと言えるだろう。つまり認知度だ。

あるコンテンツを好きな人が多ければ多いほどそのコンテンツは永久的に残り続けていく可能性を秘めていく。永久的に残り続けることはつまり時の流れとともに文化になっていくことを意味している。

では、コンテンツを知っている人が少ないつまり認知度が低いコンテンツはどうなっていくのか。結果はもちろん衰退の二文字だろう。

知識というのは伝道者が多ければ多いほど二次関数的に広まっていく。簡単に言えば、ねずみ講のようなものだ。

それにくらべて伝道者が少ない知識というのは前者に比べて知識の伝達速度が遅い。知識というのは劣化していく産物であるから伝達速度が遅ければ知識は劣化しやがて消えていく。

話を戻して文化が成り立つ条件をもう一度考える。

これまでの話をまとめると文化という一種の知識は後世に伝達速度が早ければ残り続けていくが伝達速度が遅ければ認知度が低くなり文化として成り立たないということになる。

そう、文化は大衆の多くが認知しそれを次の世代へ残していくことで初めて文化として成り立つのだ。

次に日本文化の話をする。

日本文化の最大の特徴はやはり多様さである。同じ島国でも日本という山が70%を占めるこの大地では天候や地質、それに付随する農作物や特産品まで地域にによって大きく異なる。

新潟のような雪国や東京のような都会まで様々であるこの日本は多様な言語、多様な価値観がそこに存在する。

これまでの話を踏まえてもう一度youtubeの話に戻る。

現代日本社会において二番目に使用率の高いSNSであるyoutubeは動画検索においてアルゴリズムを使用している。

ユーザーによって異なる最大公約数を求め提供しているのだ。

さて、ここで問題なのが「最大公約数」というものだ。最大公約数はつまり多くの人々が共通している一つのものだ。ベン図でいうと一番真ん中の楕円の部分にあたる場所だ。

勘のいい方はすでに気づいているかもしれないが、ここで日本文化で最大公約数をとるとどうなるかを考えてみよう。

多様な文化の集合体である日本文化を最大公約数にかけてしまえば残るのは微々たる共通点だけなのだ。ごく少数の共通した文化。

果たして本当にそれは日本文化言っていいのだろうか。多様さこそが日本文化であると私は自負しているからこそちっぽけな最大公約数など日本文化だとは認めたくはない。

しかし現状、日本語は標準語という名の江戸の方言になっていき地域の方言は標準語に矯正され発展していくのは都会だけである。

方言、地域文化は忘れられてしまえば二度と復活はせず過去の地球の記憶として葬り去られていくだけだ。

人の意識や自我がどんどん最大公約数にかけられ統一されていくのを我われは指をくわえて見ているだけでいいのか?

今こそ若者たちが立ち上がりアルゴリズムに打ち勝って日本文化を守り抜く必要があるのではないだろうか。

「アルゴリズムが文化を破壊する」はいかがでしたでしょうか?

正直、偉そうなことを書いていますが自分も結構な頻度でyoutubeを見ていますw

けどその中でどんどん最大公約数がかけられているといわれても実感なんてありませんよね。

なので今日からyoutubeを見る際に少しだけ意識してみてください。世界が変わりますよ。

それでは次回のエッセイで会いましょう!次の議題は現代社会において話しづらい部分に少しだけ触れていきます。

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