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予知するモノクル  作者: 凪紗
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第九話

 珍しい。今回の予知は麻那美さんの番。きっと今回も、休憩時間以降でなければ、依頼人がみて欲しい予知の時期と実際に視えた予知の時期とが一致する依頼が出てこないのだろうなと誰もが思っていたのだが。

なんといきなり、最初の依頼でそれが一致した。

(あわ)てて麻那美さんが部屋を出て、キッチンにいた三月を呼んできて、わざわざ三月にその依頼人の事前アンケートの全容を表示させた。

そこから先はいつも通り。三月が、その事前アンケートの内容を声に出して読んでいく。


「えーと『兵庫県』にお住いの『アッシュカラーのウサギ』さん。『十代後半』の『男性』の方。男子高校生だそうです。髪の毛がアッシュカラーで将来有望なイケメンさんです。みて欲しいのは『約二か月後』の九月二九日。『暦でいうと、今年の十五夜に当たるその日に、自宅療養中の曾祖母(そうそぼ)と一緒にお月見をしたいと考えています。曾祖母は御年(おんとし)九七歳。有り難いことに特に病気は(わずら)っていませんが、足腰がすっかり弱り、日がな一日、電動ベッドの上で過ごしています。楽しみと言えば、南向きの窓から見える景色を眺めることくらい。お天道様(てんとうさま)とお月様が友達です。かかりつけの医者からは、「いつ、老衰で亡くなっても不思議はない」と言われています。そんな曾祖母に僕ができることと言えば、たまに曾祖母宅を訪れて顔を見せることくらい。だからこそ、今年の十五夜は是が非でも曾祖母と一緒に過ごしたいと思って予知を依頼しました。「気が早い」と家族からは笑われましたが、お供え用の団子の材料と(すすき)の準備は万端です。どうか、よろしくお願いします。』とのことです。うう、なんておばあちゃん孝行な依頼でしょう」


 アンケート内容を読み終えた三月の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「この依頼と予知内容が時期的に一致したということは……?」

「ええ、とっても綺麗なお月様が視えていました。ただ……」

「ん? どうしました。何か不都合なことが視えたりしましたか?」

「いえ、そうじゃあないんです。でも、面談の時にわかっちゃうと思います」

「? そう、ですか」


 珍しく、含みのある言い方をするなと思いつつ、


「それじゃあ三月。さっそく、ウサギさんに連絡と打診を。連絡先は『スマホのメアド』だそうだ」

「ひゃい。りょうかいひまひた、しゅぐにてひゃいしましゅ。ぐすっ」


 まだ泣いてたのかよ。



 ウサギさんからの反応(リアクション)は早かった。まだ夜も更けないうちにメールが届き、『選出、有り難うございます。自分は独り暮らしで帰宅部所属なので、夕方から夜更けまでならリモート面談が可能です。連絡をお待ちしています』とのことだった。それを聞いた麻那美さんは、


「それなら明日の一七時からにしましょうか。連絡は――私からでもいいんですよね?」

「いえ、今回は、俺の方からしておきます」


 兵庫県の馬の骨としかわからない男子高生に、麻那美さんのメアドを握らせるわけにはいかない。


「わかりました」



「こんばんはー、はまだ早かったかな。こんにちはー、ウサギさん。見えていますか?」

「はいはい、バッチリ見えていますよってうおっ、紗遊羅(さゆら)さまではないですかっ。こんばんちはっ」

「あー、ははははは」


 珍しく、目を細めた読めない表情で乾いた笑いをする麻那美さん。


「それはもう過去の名前です。今は本名でやってます。橘麻那美です。今日は短い時間ですが、よろしくお願いします」

「はいっ、こちらこそよろしくお願いしますっ」


 そんなお互いの挨拶でちょうど一七時になって、面談が始まった。ちなみに、三月はいつもの定位置で控えているが、俺は麻那美さんと対面するかたちで、いつもの自分の椅子に座っていた。なので、麻那美さんの表情はよく見えるが、ウサギさんの表情は全くわからない。


「さっそくですが、ウサギさんご自身は気象とか天象はお好きですか?」


 麻那美さんは俺とは違い、いきなり結論から切り出したりはしない。


「自分ですか? はい。一応、気象予報士志望で、天文学も学びたいと思っています」

「おお。その二足のわらじはすごいですね。それはやっぱり、大お婆さまの影響ですか?」

「そうですね。大ばあちゃんは、顔見せに行く度に、何かしら気象や天象について教えてくれますから。聞いてて面白くって、興味を持つようになりました」

「大お婆様は、物知りなんですね」

「はい、物知りですよ、すごく」

「帰宅部所属って聞いてますけど、天文部には入らなかったんですか?」

「あー。ウチの学校、天文部ってないんですよ。同好会でもいいから作ろうとしたんですけど、人数が足りなくって」


 何となく、ここでウサギさんが苦笑いしているのが目に浮かぶ。


「それは何と言うか、もったいないですね。お家に天体望遠鏡なんてあったりはしますか?」

「それは、はい。双眼鏡もあわせて、子どものおもちゃみたいのではなくて、わりと性能の高いものを持っていて、天気の良い日によく覗いたりしていますよ。住まいは神戸市ですが郊外にあるので、あまり街の灯りに邪魔されずに天体を観ることができるんです」

「そうなんですね。大お婆さまは、天体望遠鏡や双眼鏡を持ってたりは?」

「それはしないです。大ばあちゃんはピンポイントで星を観るより空全体を観るのが好きな人ですから」

「なるほど。南向きの窓からだと、季節によって、また時間経過と共にいろんな星座が観ることができるでしょうね」

「そうなんですよね。そういうこともあってか、大ばあちゃんは夜型人間です。夜中じゅう起きていて星を眺めていて、明け方から正午くらいにかけて寝ています」

「そうすると、お昼ごはんが朝ごはん、みたいな?」

「そうですそうです。まさにそんな感じです」

「なるほどです。――前置きが長くなりましたが、そろそろ本題に入りましょうか」

「あ、はい。お願いします」


 麻那美さんが座り直したここでたぶん、ウサギさんは居ずまいを正したことだろう。


「予知で視えたビジョンには、開かれた窓の向こうに浮かぶ綺麗なまん丸お月様と、お団子と薄を供えた部屋からそれを眺める二人の影がありました」

「あ……それじゃあ」

「ええ。ウサギさんが望んだ通り、大お婆さまとのお月見は叶うようですよ」

「そうですか……それは良かったー」

「ただ……」

「え?」


 喜ぶウサギさんとは対照的に、悲痛な表情を浮かべる麻那美さん。


「個人的には、この予知は外れて欲しいのですが」

「はい」

「お月見の時までに、ある種の覚悟は、しておいた方がいいみたいです」

「え……。あ……そう、ですか」


 麻那美さんが何を言ったのかを察し、声を沈み込ませるウサギさん。そうだな、年齢も年齢だし、可能性としては、曾孫(ひまご)とお月見ができたことに満足してそうなることも、否めない。 


「はい」

「わかりました。ありがとうございます」

「いえ。ごめんなさい。蛇足な情報だったかもしれませんね」

「そんなことありません、心の準備が必要なことですから。逆にありがたいくらいです」

「そうですか? それならいいのですけど」


 想定外の答えが返って来たことに驚いたのか、目を丸くする麻那美さん。


「でも、何でもかんでも予知の通りにいくとは限らないので、このことは心の(すみ)に置いておいて。お月見自体は、楽しんでくださいね?」

「それはもちろんです」

「良かった。間接的な伝え方ばかりでわかり難かったかもしれませんけど、予知の内容は以上です。大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。もしも実際の出来事が予知の内容と違っていたりした場合は、ご遠慮なくクレーム受け付け用のメアドにお便り下さい」

「了解です。では、失礼します」

「はい、失礼します」


 麻那美さんのその言葉を最後に、今回のリモート面談は終了した。



「あはは、今回はちょっと前置きが長くなっちゃいました」


 通信を切ってすぐ、しんみりした空気を払拭(ふっしょく)しようとしたのか、麻那美さんは明るく振舞ってそんなことを言った。


「面談の尺のことなら、全然気にしないで大丈夫ですよ」

「そうですか?」

「ええ、俺もつい話が長くなったりしますからね。結論から話し始めるのは、それを防ぐためでもあります」

「なんだ。それじゃあ結局弥生さんも、尺の長さを気にしてるんじゃないですか」


 そう言って笑う麻那美さん。


「バレましたか。実はそうなんです」


そこで、その場にいる全員が笑う。


「クライアントの貴重なお時間をいただいているっていうのが頭にあるから、なるべくコンパクトに分かりやすくまとめようとしちゃいますよね」

「そうですね。でも頭の中ではそうしようとしていても、なかなかその通りにはいかないのが歯がゆかったりします」

「わかります。私にもそういうところがありますから」

「案外――」 

「ん? どうした、三月?」

「いえ。案外、弥生と麻那美さんって似たタイプなのかなと思いまして。類は友を呼ぶとも言いますし」

「そうか?」


 自分じゃよくわからないな。


「Marchもそう思うか?」

《そうだな。すべてではないかもしれぬが、お二方とも似ているところがあるなとは、我も思うぞ》

「そうか。――麻那美さんはどうですか?」

「私ですか? 私はけっこう前から、そう思ってましたよ?」


 なんと。思い切り想定外な答えが返ってきた。


「そうなんですか?」

「はい。なんなら、リモート面談した時からですね。あ、このひと私と似てる、って」


 それってほぼ始めからではないですか。なんだよ。結局わからなかったのは俺だけか。


「なんか、俺だけ鈍感だったみたいでショックだ」


と言うと、三月がそんな俺にとどめをさした。


「え、いま気づいたんですか? 弥生がそういうところに鈍感なのは、元からじゃないですか」

「あうちっ」



 後日のこと。


「麻那美さーん」

「はーい?」


 俺の仕事部屋でメールチェックをしていた三月が、ノートパソコンを持って、リビングにいた麻那美さんのところへやって来た。


「アッシュカラーのウサギさんから、麻那美さん宛てにクレームが一通届いてます」

「私に?」

「ええ。だからまだ開封はしていません。麻那美さんが開けて見てみて下さい」

「わかりました。クリックっと。――ああ、なるほど。あの時の件ですか。えーと何々? ――あ。そうですか……それは良かった」


 ん? 待て待て。届いたのはクレームだよな。てことは予知の中で(はず)れたことがあったということだろう? それで「それは良かった」っていうのはいったい??? しかも麻那美さんは泣いてるみたいだし。どういうことだ?


「弥生さん」

「はい。――うおっ」


 隣の部屋にいて頭の上に疑問符を並べた状態でリビングに移動し、麻那美さんに呼ばれて返事をしたら、いきなり彼女が俺の胸に飛び込んできた。もう、訳がわからない。


「ウサギさんの大お婆さま、まだまだお元気なんですって。本当に良かった……」


 あ……。なるほど。見落としていたな。

 俺は所在が無くて困っていた手で、麻那美さんの背中や後頭部をポンポン叩いた。

「それは、外れて良かったですね、本当に」

「はい」


 的中率は一〇〇%じゃなくていい。ネガティブな予知は外れてくれるに限る。本当に。



 Marchが俺の元に届けられてから、半年が経とうとしている。

予知が当たったり外れたりどうなったのかわからなかったりしながらも“未来予知ができる片眼鏡”としてそれなりに機能してきたが、その製作者や前の持ち主のことは未だによくわかっていない。

ただいつだったか、製作者の残留思念と思われる夢を見たことがあった。それによって、どういう経緯でMarchが作られたのかははっきりしている。あとその時たしか、物であるMarchを「気分屋のように仕立てる」とか言っていたことから、製作者が普通の人ではないだろうこともわかる。どうやらMarchの製作者は、どこかの魔術師か、広義でいう錬金術師のようだ。いずれにせよ、そんな異世界のものとしか思えないものがどうして、またどうやって日本にやって来たのだろうかという新たな疑問も()いてくる。

 前の持ち主についてわかることと言えば、その人物は、普通の人にはまずわからないであろうウチの所在地を正確に把握(はあく)していて、俺のことをよく知っているということぐらいだ。だがこれだけで、その人物のことはだいぶ絞り込める。おそらくは、俺か三月、どちらかの身内の人間だ。そうでなければ俺に届け物をすることなどできるわけがない。それ以上は俺個人の憶測の域を出ないが、たぶん父さんの従者だった三月の父、新嶋一月(にいじまいつき)さんではないだろうか。

その一番の根拠として挙げられるのは、Marchと一緒に同梱されていた手書きの便せん。「どうか有効に使って欲しい」と書かれたその筆跡が一月さんのそれと酷似していた点だ。

仮に一月さんが前の持ち主であったとして。彼がいつどこでどうやってMarchを手に入れたのか、それはわからない。本人に確かめたくても、俺の両親と一緒に亡くなってしまったから、確かめることはできない。それでも彼がMarchで自らの死期を知り、それで俺に託したという線が、今のところ一番濃厚だ。



「朱美さん、こんにちは」

「あら弥生君、こんにちは」


 よく晴れた九月のある日、俺は新嶋家を訪ねた。三月の父親は俺の両親とともに亡くなっているが、母親は健在だ。新嶋朱美(にいじまあけみ)さん。五十代とは思えないほど外見が若々しく、三月にそっくりで、親子というより姉妹かと思うほどよく似ている。いつでも穏やかでおっとりしていて、笑顔以外の表情をあまり見たことがない、そんな女性だ。


「ごめんなさい、茶葉をほとんど切らしていて、ダージリンぐらいしかないのだけど、良かったかしら」

「あ、いやそんな、お構いなく」


 庭の手入れしていた朱美さんは、作業を中断して、俺を客間に通してくれた。テーブルに、ダージリンティーがソーサーごと置かれる。


「今日はどうしたの?」


 と言って、俺の対面の席に座る。


「実は、これについて尋ねたいことがあって、お邪魔しました」


 そう言いながら、俺はケースに入れたMarchを朱美さんの前に差し出した。


「あら、この片眼鏡って……」

「見覚えがありますか?」

「ええ、主人――一月さんが生前、時々かけていたわ。だけど遺品整理の時には見当たらなくって、どこにいったのかしらと思っていたのだけど。弥生君が持っていたのね」


 当たった。


「半年前、差出人不明で俺の元に届けられたんです。このメッセージと一緒に」


 そう言って俺は、例の便せんを朱美さんに見せた。


「一月さんの筆跡だと思うのですが、それで間違いないですか?」

「ええ、間違いないわ。――でも、そうだったの。一月さんは『一年先までを予知できるものだよ』って言っていたけど。どう、役に立ってる?」

「え?」


 一年先?


「半年先まで、じゃなくてですか?」

「え? ええ」


 どういうことだ?


                                        続く


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