第七話
俺がMarchを通して未来予知をすること自体は、水晶占いの占い師が水晶球を通して未来予知をすることとそう変わりはない。
ということで。昼下がり、リビングでくつろいでもらっていた時に。
「麻那美さん。ちょっと試しに、Marchをかけてこれを見てみて下さい」
「これって、ノートパソコンのディスプレイに映った顔写真をですか?」
そこには、依頼人の、顔写真と事前アンケートのうちの『みて欲しい時期』だけをピックアップした一覧が映っている。
「そうです、どの写真でも構いません」
「はい、見ました」
「そうしたら、いつも水晶球に向かってやっているように、その写真に向かって集中してみてください。顔写真の周囲に何かしら、ビジョンが映ってきませんか?」
「はい。――ああ、すごい。ビジョンが視えてきました。ほんと凄いこれ。へ~、弥生さんにはこういう風に視えるんですね」
やはり、麻那美さんにも視えたか。
「そうしたら、その視えたビジョンの時期は、その依頼者が希望している時期と一致してるかどうか分かりますか?」
「え~っとですね、え~、これはズレてますね。一致していません」
「わかりました。それじゃあ、もうMarchを外して構いませんよ」
「はい。――いやあ、貴重な体験をさせていただいた気分です。有り難うございました」
麻那美さんは清々しい顔でそう言って、Marchを俺に渡した。
「礼には及びません。テストはクリアです」
「テスト?」
「はい。麻那美さんさえ良ければ一回、僕の代わりに『foresee the future a little』の予知能力者役をやってみませんか?」
「ええっ?」
日暮れにはまだ少し早い時間。麻那美さんに、俺の仕事部屋に来てもらった。
「どうぞ、入ってください」
「失礼します……。――うわあ、ここ本当に八畳間ですか? 三月さんから聞いていた通り必要最低限の物が部屋の北側にしかないせいかがらんどうしていて、もっと広いように感じますよ」
「よく言われます」
三月にもMarchにも言われたが、そんなにがらんどうとしてるだろうか。思わず、苦笑してしまう。
「でも、木目調の床とアイボリーの壁や天井が間接照明で照らされていて、素敵な空間です。弥生さん,センス良いですね」
「そうなんでしょうか。自分じゃよくわからないです。けど褒めて下さって、ありがとうございます」
「いえ本当に、お世辞抜きでそう思います」
褒められるのに慣れていないので、どうリアクションしたものか戸惑ってしまう。
「褒め殺される前に、本題に入っても良いですか?」
口調は平坦だが、内心は照れまくりだ。
「あ、そうでしたね。ごめんなさい」
「あいや、謝ることはありませんよ? ――さて、事故の報道をきっかけに、“特定班”と呼ばれる人たちによって麻那美さんの職業も素顔も本名も住所もネット上でバレてしまっています。そうなった以上、ここに越してきた住所以外は、今さら隠すのは無駄な抵抗と思われます」
「やっぱり、そうなんでしょうか……」
麻那美さん自身はミステリアス路線にこだわるつもりはないものの、出来れば元通りのかたちで復帰したいようで、声には残念そうな響きが混じっていた。
「目算として、いわゆるいたちごっこになる可能性が大きいです。なので、いっそのこと顔も名前も晒して、やってみませんか。試しに。で、それでもし何か問題があれば、それはそのとき考えるということで。それでいいですか?」
「はい。それが復帰への近道なら、それでいいです。『foresee the future a little』の予知能力者役も、ぜひやってみたかったですし」
「わかりました。ではまず、Marchで視られるのは最長で半年後の未来です。それ以上先を視ることは出来ません。それを覚えておいてください」
「それはよく知っています。サイトの注意事項にも書かれていますよね」
「その通りです、ご存じでしたか。ありがとうございます」
俺は内心で、こういう依頼者ばかりだと運営も楽なんだがなと思いながら麻那美さんに礼を言って、先を続けた。
「では、時間的にはいつもよりまだ早いんですが、クライアント選びから始めましょうか」
と言って俺は、再びMarchを麻那美さんに渡した。すると彼女は、
「数ある依頼の中から、依頼人がみて欲しい未来の時期と実際に視えた未来の時期とが一致するかどうかを見定めるんですね。やってみます」
と言いながら、Marchをかけた。
「あれ、ご存じだったんですか?」
「三月さんから教えてもらいました」
「ああなるほど、そうだったんですね。では、始めてください」
「はい。よろしくね、March」
《こちらこそ、よろしく頼む。麻那美殿》
麻那美さんは返事をしてMarchに声をかけると、二つに増えたデスクチェアのうちのひとつに腰掛け、デスクの上のノートパソコンのディスプレイに向かい、さっそくクライアントを選び始めた。
それからしばらくして。
「この人は――違う。この人も――ああ、違う。この人は――ああ、惜しい」
日は暮れて、いつもの通り、不一致案件が続いていた。
「なかなか一致する案件が出てこないでしょう」
南向きの大きな窓をカーテンで閉ざしながら、麻那美さんに声をかける。
「本当にそうですね。人より早く依頼したからといって視てもらえるわけではないのが、よく分かりました。でも、半年以上先をみて欲しいって人が、結構いますね」
「そうなんですよ。注意事項としてサイトに載せてあるにもかかわらずそういう人が徐々に増えていて、わざとなのか注意事項を見ていないのか、判断に困っているんです」
そんな話をしていると、壁越しに紅茶の香りが近づいてきた。――ん? 紅茶の香り?
ドアをノックする音に続いて、三月の声が聞こえた。
「弥生ー、麻那美さーん。三月です、入りますよー」
「はーい。待ってましたー」
俺が返事をするより早く、麻那美さんが返事をした。
するとガラス製のティーセットを持って三月が部屋に入ってきた。
「麻那美さんが、お紅茶が好きだというので、今日はアールグレイを淹れてきました」
なるほど、そういうことか。なんだか俺が予想していた以上に早く、三月と麻那美さんが仲良くなってるな。いや、良い事なんだが。
「わー、嬉しいです、ありがとうございますー」
「はい、ここに置いておきますね。どうぞ召し上がれ」
「いただきます。――んー。良い香りだし美味しいです。三月さん、淹れるのお上手ですね」
「恐れ入ります。――弥生の方はどうですか。お口に合いました?」
「ああ」
個人的には香茶が飲みたかったが、たまにはこういうのも悪くない。
「良かったです。――クライアント選びの方はどうですか?」
「三月さんが教えてくれていた通り、まだ見つかっていませんよ」
「そうでしょう。でも大丈夫です。休憩時間が来たからにはきっともうすぐ見つかりますよ。今までずっとそうでしたから」
「うーん、そうだといいんですけどー……」
麻那美さんがそう言って紅茶をすすりながら断続的に画面をスクロールさせていると――
「……ん!」
「どうしました?」
「一致案件、見つかりましたっ」
「本当ですか、やりましたねーっ!」
毎回不思議なことに、休憩時間が来るとその最中やその後に一致案件が見つかる。本当にどうなっているのやら。
それはさておき。いつものように一致案件の顔写真をクリックして事前アンケートの全容を表示させて、それを三月が声に出して読んでいく。
「えー、『愛知県』にお住いの、『篠崎透子(仮名)』さん。『十代後半』の『女性』の方。ショートカットで大きな瞳が印象的な可愛らしい方ですね。みて欲しいのは『半年後』。とすると来年の一月ごろですね。『詳しくは伏せさせていただきますが私は現代医学においても不治の病と言われている病気に罹っています。宣告された余命は一年。ですが不思議ですね。病気になると自分の身体のことは自分が一番よくわかるもので、自分では一年以内だと思っています。半年持つかどうか。誕生日がちょうど一月なので、その頃に元気でいられているかどうかをみていただきたくて依頼しました。重い話で申し訳ありませんが、よろしくお願いします』とのことです。リモートが可能な時間は『入院中ですが個室なのでけっこう自由が利きます。消灯時間帯以外でしたらそちらの都合に合わせることもできると思います』とあります」
なんと。一番最初の案件で、ずっしり重たいものが来てしまったな。そう思いながら俺は麻那美さんの方を向いて、
「確認ですが、これと一致したということは、透子さんの半年後が視えたんですね?」
と言った。
「はい」
麻那美さんは、神妙な面持ちだ。
「大丈夫ですか? 何ならリモート面談は僕が代わりましょうか?」
「いえ、大丈夫です。私にやらせてください」
真剣な眼差し。どうやら意志は堅いようだ。多分てこでも動かないだろう。
「分かりました。では、リモートの時間はどうしましょうか」
「今はまだ夜も浅いですが、明日にしましょう。今日のところは明日の午前中で透子さんの都合のいい時間を訊くかたちで」
「そうですか。――じゃあ三月、そういうことで透子さんに連絡を頼む」
「了解しました。早速『スマートフォンのメアド』に、手配します」
透子さんからのリアクションは早かった。その日のうちに届いたメールには、
『まずは選出していだきまして、ありがとうございます。リモートの時間ですが明日の午前中であれば診察が九時ころにあるのでそれ以降だったら大丈夫です。』とあったのを三人で確認した。
「ということですが、どうしますか?」
「私が決めて良いんですか? だったら十時ころにしましょうか。この連絡は、私の方からで良いんですよね?」
「ええ。差し支えなければ、それでお願いします」
「わかりました」
そして翌日の九時五五分。
「まだちょっと早かったかな? お早うございます透子さん、初めまして、橘麻那美と申します。映ってますか?」
「はーい、お早うございます。初めまして透子でーす。大丈夫です、見えてまーす。麻那美さーん。こちらの様子はそちらに届いてますかー?」
麻那美さんはあのあとどんなメールを送ったのか、麻那美さんと透子さんはもうある程度仲良くなっている感じだった。
新緑色のサマーセーターに白いキュロットスカートを合わせた麻那美さんが見ているディスプレイには、若干ハイトーンボイスでつばのついたねずみ色のキャスケット帽を被った透子さんの姿が映っていた。病院着の上にパステルブルーのサマーニットカーディガンを羽織って、顔の周りで手を振っている。ちなみに俺は、画角に入らないように麻那美さんの斜め後ろで待機している。三月の定位置からだと、ちょうど対称的な位置になる。
「良かったです。そちらの様子も届いてます。問題ありません。短い時間ですが、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしまーす」
――そんなやり取りのあと、ちょうど予定時刻になり、面談が始まった。
「唐突ですけど、透子さんはチーズケーキがお好きなんですか?」
「そうですねー、ケーキの中ではダントツで好きです。でも何でそれを?」
「バースデーケーキが、ベイクドチーズケーキとスフレチーズケーキのハーフ&ハーフになっていましたから。とても美味しそうに食べていました」
「あ……。それじゃあ、」
「ええ。無事に、お誕生日を迎えることができていましたよ」
「そう……なんですね。良かったー」
透子さんは、文字通りホッと胸をなでおろしていた。
「お医者さんの見立てを甘く見てはいけませんよ? 自分の身体のことは自分がよくわかるとは言っても、私たちは素人で、向こうは病の専門家なのですから」
麻那美さんは、顔の横で人差し指を立てて、子どもに言って聞かせるような口調でそう言った。
「そう、みたいですね…………あ、れ?」
「あっ」
ここから見てもそれと分かるくらい、透子さんは大粒の涙をこぼしていた。その胸中は、察するに余りある。
「おっかしいなー、涙が、止まんないや」
「無理に止めようとすることありませんよ。そこは個室なのでしょう? 泣きたいだけ泣くと良いです」
「それはそう、ですけど。麻那美さん見て、ますし、何だか恥ずか、しくって」
申し訳ない。そちらからは見えないでしょうが、そうやって嗚咽混じりにしゃべっているのを、あと二名ほどが見ています。
「ええ。特等席で見させてもらっています」
「もう。意外と、意地悪、ですね」
透子さんは泣きながら笑って、力なく麻那美さんを責めた。
「自覚はないんですけどね。どうやらそのようです」
ここからは見えないので後から当人から聞いた話だと、このとき麻那美さんはそう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべていたらしい。
それから麻那美さんは、透子さんが泣き止むまで黙って待っていた。そして泣き止んだタイミングで、
「本当なら半年以降どれくらいまで生きられるのか知りたいところでしょうけどごめんなさい。このモノクルでは、半年先までしか視られないのです」
と言った。
「いいですよ。次の誕生日を迎えられるって知れただけで充分です。あとは気力で頑張りますっ」
そう言って、拳を握りしめる透子さん。
「本当に?」
「はい。今日は本当に有り難うございました」
心配そうに言う麻那美さんの問いかけに、透子さんはこくりこくりと、二回頭を下げる。
「そうならそれでいいですけど……どう致しまして。だけど、くれぐれもお大事にしてくださいね?」
「ありがとうございます。では、失礼しまーす」
柔らかな笑顔で言った透子さんのその言葉を最後に、麻那美さんの初リモート面談は終了した。
「お疲れ様でした」
通信を切ってすぐ、俺は麻那美さんに労いの言葉を送った。
「お疲れ様でした。私の初面談、どうでしたか?」
「すごく良かったと思います。ネガティブな話にならないように気を遣っていたのが伝わってきました。ともすれば、キャスケット帽のこととか、バースデーケーキに生クリームや果物を使っていないところに話題が行ってしまいそうになるのを上手に避けていましたよね」
「それは昨夜の勉強のおかげだと思います」
そうかもしれない。種明かしをすると俺たち三人とMarchは、昨夜の時点で麻那美さんが視た予知結果を共有していた。そして透子さんが事前アンケートに書いていた「不治の病」を白血病であると当たりを付けて、抗がん剤治療の副作用で脱毛してしまうのを隠すためにキャスケット帽を被っているのだとか、免疫力の低下によって食べられないものが増えていくのだとか、白血病患者に関するあれこれを一夜漬けで勉強して、その上でリモート面談に臨んでいた。その甲斐あって、良い面談ができたと思う。
「話の持って行き方も、とても良かったと思います。占い師をやっていた時も、あのような感じだったんですか?」
「そうですね、割りと占い結果を直接その通りに言ったりはしないで、間接的な言葉を選んで、お客様に察していただけるような言い方をしていました」
「そうなんですね。透子さんがいい人だった部分も大きいですが、全体的にこれといった問題点も見られませんでしたし、これなら安心して、これから二人体制でやって行けそうですね」
「本当ですか? それは素直に嬉しいです。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、二人が礼を交わしているところへ、三月がなぜか泣きながら割って入ってきた。
「わー。良かったですねー、麻那美さーん」
と言いながら、麻那美さんをハグする三月。別に羨ましくないと言えば嘘になる。
「三月さんが事前にいろいろ教えてくれたおかげです。ありがとうございました」
「そう言っていただけると私も嬉しいですー。嬉し涙が止まりません」
嬉し涙かい。でもまあ気持ちはわからないでもない。三月の話だと、昨夜は寝床の部屋を一緒にして、どんな風に面談を進めていくか二人で話し合ったりしていたみたいだしな。
それはそれとして。
俺たちはみんな、透子さんが一日でも長く元気でいられるように、願ってやまなかった。