第十話
Marchの前の持ち主が誰なのか。自分が立てた仮説の真偽を確かめるために新嶋家を訪れた俺。朱美さんの証言によって、前の持ち主が朱美さんの夫で三月の父である一月さんだったとはっきりしたものの。新たな謎が俺を待っていた。
「一月さんは『一年先までを予知できるものだよ』って言っていたけど。どう、役に立ってる?」
「え?」
一年先?
「半年先まで、じゃなくてですか?」
「え? ええ」
どういうことだ?
「あの、すみません」
「ん、何?」
「朱美さんは、その、こいつがしゃべることは、ご存じですか?」
「ええ、知ってるわよ。モノクルんだものね」
「モノクルん」
「ええ、モノクルん」
その何とも言えないネーミングセンスには触れないまま、
「では、ちょっと失礼します」
「ん?」
朱美さんの手前、そう前置きしてから、Marchに呼び掛けた。
「おーい、起きてるか?」
《ん、何用だ?》
「聞いたぞ。お前、一月さんの時は、一年先まで予知できていたそうじゃないか」
《いつき? ……いつき、イツキ、一月……おお、我の前の持ち主のことか。左様だな》
どうやら、思い出したか。プロテクトが掛かっているとかじゃなくて、本当に忘れていただけらしい。
「なんで俺や麻那美さんの時は、半年先までなんだ?」
《なんだ、そのような事か》
「そのような事?」
《答えは単純だ。一月殿の持つ霊的な力が、お主ら以上だったからに過ぎん》
本当に単純だった。
Marchを通して未来予知をするには、一定以上の霊的な力を必要とする(らしい)。だから俺たち三人のうち、霊的な力がその一定レベルに満たない三月にとってMarchは、おしゃべりな片眼鏡でしかない。
《少なく見積もっても、お主らの倍の力の持ち主だったからな、一月殿は》
「そうなのか」
《うむ》
意外過ぎるほどあっさりと、新たな謎は解けてしまった。
「すみません、終わりました」
「そう? 久しぶりにモノクルんの声が聞けてよかったわ。元気そうでなにより」
果たして付喪神に体調の良し悪しがあるのかどうかはさておき。
「ちなみになんですが、朱美さんはこいつで予知ができたりするんですか?」
「ううん、全然。三月と一緒で、私にとってモノクルんは、おしゃべりな片眼鏡よ」
「そうなんですね」
とすると、霊力も遺伝するものなのだろうか。
「さっきの質問なんですが」
「うん?」
「こいつが役に立ってるかどうかという」
「ああ、うん。どうなの?」
「一月さんと違って、僕には半年先までの予知が限界なんですが。簡単に言うと、役に立ったり立てなかったり、どうなったのかわからなかったりしています」
「そうなのね」
「はい。それともう一つ、こいつのおかげで友人ができました」
「そうなの? それは良かったわね。でもそれってもしかして、同年代の女の子?」
「え、そうですけど、なぜそれを?」
「さあなぜかしら、女の勘で何となく?」
鋭いな、女の勘。年代まで当てられるとは思っていなかった。
それから間もなくして、和室に通してもらって。俺は一月さんの遺影に手を合わせていた。
「一月さんにお線香をあげてくれて、ありがとう」
「いえ、本来なら真っ先にそうするべきだったのに、話を優先させてしまって、すみません」
「そんなの気にしないで。それより、一月さんとモノクルんのことで、他に知りたいことはなかった?」
「そうですね……そもそも一月さんがいつどこでどうやってこいつを手に入れたのかとかは、ご存じですか?」
「ええ、知ってるわ。五年前、銀婚式を記念した北海道旅行の旅先で、不思議な露天商があってね。そこで買ったものだから」
「不思議な露天商というのは?」
「神社の参道の傍らで店を開いて、モノクルんの他に、一日を二五時間にできる懐中時計とか、にわかには信じがたいものばかり売っていたの」
一日を二五時間にできる懐中時計か……。
「それは確かに不思議ですね」
と言うか、怪しい。
「でしょう? そこでモノクルんが一月さんの目に留まって。これはどういうものか店主に訊いたら『それは未来予知ができる片眼鏡だよ』と言われて。それで興味が湧いた一月さんは、こちらの言い値で買っていたわ」
「そうだったんですね。店主はどんな感じの人物だったかとか、覚えてますか?」
「ええ、普通じゃなかったからよく覚えてるわ。先が折れた黒いとんがり帽子をかぶって、地味な色をしたローブを着て、何かはわからないけど青い鉱石がはめられた杖を持って。まるで漫画やロールプレイングゲームからそのまま出てきた魔法使いみたいな恰好をしたお爺さんだったわ」
「そうですか」
ますます怪しい。断定はできないが、その爺さんがMarchを作ったとしても不思議はないな。
「そう。それでその後の旅の先々で、本当に未来予知ができるのか何回か試してみて。ガセではなかったとわかって帰宅したら、一月さんは何よりも先にパソコンを立ち上げてね。『foresee the future』っていうサイトを作って、未来予知を少しでも世の中に役立てようと、人助けを始めたの」
「『foresee the future』ですかっ?」
それを聞いて、俺は耳を疑った。
「ええ。でもあらかじめそういう手筈を整えていたのか、一月さんが亡くなってすぐにそのサイトは閉鎖されてね。それ以降、アクセスできなくなっているわ」
そこで俺は、自分の誕生日に差出人不明でMarchがウチに届けられたこと、本当に未来予知ができるのか三回ほど試してから『foresee the future a little』というサイトを立ち上げて、ボランティアで少しでも世の中のためになるよう、Marchを使っていることを朱美さんに打ち明けた。
「そうだったのね。一月さんは一年先まで視ることができたから、自分がいなくなった後にそうなることを見越して、モノクルんを弥生君に託したのかもしれないわね」
「そうですね」
それを思うと、何だか背筋がピンと伸びる思いがした。
「もっとゆっくりしていってくれて良いのに」
別れ際、朱美さんは、残念そうにも困ったようにも見える表情でそう言った。
「すみません、ダラダラと長居するのは申し訳ないので。また今度」
「わかったわ。今度はちゃんと茶葉をそろえておくわね」
そう言って、いつもの笑顔に戻った。
「ありがとうございます。今日は貴重なお話が聞けて良かったです」
「私の方こそ、久しぶりに一月さんのお話ができて良かったわ。ありがとう」
「そんなそんな。とても礼には及びません」
「そうかしら?」
「そうですよ。じゃあ、行きますね」
俺はヘルメットをかぶり、カブのエンジンをかけて、新嶋家を後にした。
「三月によろしくー。帰り道、気をつけてねー」
背中で受けたその言葉に少し振り返り、片手で返事をして。
朱美さんから聞いた話のおかげで、Marchの前の持ち主と、製作者らしき人物がわかった。併せて、『foresee the future a little』に半年以上先の依頼が入る理由も。全部がそうではないかもしれないが、そう考えれば納得することができた。
「「あ、弥生。お帰りなさい」」
「ただいま」
夕方、帰宅した俺は二人へのあいさつもそこそこに、すぐに仕事部屋に入ってノートパソコンを開き、『foresee the future a little』の運営側に入って、注意事項に一言付け加えてみた。
当方は現在閉鎖されている未来予知サイト『foresee the future』と名前こそ似ていますが別物です。また、『foresee the future』のサイト主は一年先までの未来予知が出来たそうですが、当方は半年先までしか予知することができません。あらかじめ、ご了承ください。
これは後日のことになるが、その後、半年以上先の未来予知を希望する依頼はぐっと減った。効果はあった。だが、やっぱりゼロにはならなかった。こればかりはもう仕方ないと割り切るしかないなと思った。
一言付け加えてすぐ、遠慮がちなノックの音がした。
「はい」
「麻那美です。いま大丈夫ですか?」
「ああ、はい。もう大丈夫ですよ」
返事をすると、麻那美さんがいつものティーセットを持って部屋に入ってきた。
「素っ気無いあいさつのせいで、要らぬ気を遣わせてしまいましたね、すみません」
「いえ、私たちの方は全然。それより、今日はひと仕事終えた後でもありますし、クライアント選びをする前にひと息つきませんか?」
「そうですね。三月も呼んで、そうしましょうか」
「今日は、ジャスミンティーのミルク仕立てです。ミルクティーの濃厚さにジャスミンの爽やかさが加わって、すっきり飲めると思いますよ」
麻那美さんはそう言いながら香茶をカップに注ぎ、ソーサーごとサイドテーブルの上に置いた。
「ありがとうございます。では、いただきます。――うん、確かにすっきり飲める。美味しいですね、これ」
「そうですか? お口に合ったなら良かったです」
「それで、どうでした? 母のところへ行って、父がMarchの前の持ち主だったという弥生の仮説は立証できたんですか?」
「ああ、大当たりだったよ」
そう切り出して、俺は新嶋家で朱美さんやMarchから得た話の一部始終を二人に話した。
「三月さんのお父さまはMarchで一年先までの未来予知ができたんですか、それは凄いですね」
「銀婚式を記念しての旅先で、露天商からMarchを手に入れたんですかー。いかにも我が父らしい話ですねー、それは」
二人それぞれの感想のあと、
「Marchの製作者については、断定はできないが、露天商の店主がそうである可能性は高いと思う」
と俺が言うと、麻那美さんが、
「そこはもうぼやけたままでよくありませんか? 五年前のことでもありますし、物ばかりではなく人でもそうですが、何もかもはっきりさせてしまうより、少し謎めいた部分があった方が魅力的ですよ」
確かにそれは一理あるが……
「そうでしょうか」
と悩んでるところへ、
「はい。私もそう思います」
「うぐっ」
三月が挙手して麻那美さん側についた。これで二.五対〇.五か。これ以上は未練がましいな……仕方ない。
「わかりました、(Marchの)製作者についてはぼやけたままにしておきます」
日が暮れてきたので休憩時間はそこまでにして、三月と麻那美さんに片づけを任せて。俺はクライアント選びを始めた。残念ながら、前回の麻那美さんのように一件目で一致したりはしなかった。気を取り直して、一件一件、予知の時期が一致しないかどうかチェックしていく。一月さんの期待を背負ってやっていると思うと、今までと身の入り方が違った。しかし、いつものように不一致が続く。今回は先に休憩時間をとってしまっているから、いつごろ一致するのか見当がつかない。長期戦を覚悟してチェックを続けていくと、
「――お?」
不意に、一致した依頼が見つかった。しかしこれは……いや、まあいいか。思うところはあったが、俺はすっかり片付けを終わらせてリビングにいた二人を呼んで、いつものように三月に事前アンケートの全容を読んでもらった。
「えー、『都内』にお住いの『みけあ』さん。『五十代』の『女性』の方。なぜかお顔を白いお狐さまの仮面で隠していらっしゃるので、どういう方なのかわかりませんね。みて欲しいのは『三か月後』。『私には三十代の娘がいるのですが、未だに結婚のけの字も出てきません。個人的には早く孫ができてお婆ちゃんと呼ばれてみたいのですが、今から三か月後までの間にその予兆だけでもみえてこないものでしょうか。ぜひ予知をお願いします』だそうです」
アンケート内容を読み進めるにつれて、三月の口調がだんだん淡々としたものに変わっていった。さすがと言うべきか、このクライアントが誰なのか気付いたようだ。
「よりによって、この件で予知時期が一致したんですか?」
「偶然としか言いようがないが、そうなんだ。――ということで麻那美さん」
「はい?」
「いつもは三月の役割なんですが、このクライアントに連絡とリモート面談の打診をお願いできますか?」
「私は構いませんけど……私でいいんですか?」
「今回は麻那美さんが良いんです。事情は後でお話しますので、お願いします」
「そう、ですか。わかりました。連絡先は『パソコンのメアド』ですね。さっそく手配します」
「ありがとうございます」
みけあさんからの反応は、まだ夜が更けぬうちに俺のパソコンに届いた。メール本文によると、
「まずは選出していただきまして、ありがとうございます。面談の日時ですが、私の方はいつでも融通がきくので、何時でも大丈夫です。お返事、お待ちしております」
とあったので、なるべく早いうちがいいかと思って、「急ですが、今日これからでも大丈夫ですか?」と俺が返すと、「ええ、大丈夫ですよ」と、チャット並みの速さで返事がきた。
「こんばんは、みけあさん。見えていますか? こちらからそちらはよく見えています」
それから間もなくして。画面の向こうには、事前アンケートの顔写真同様、白いお狐さまの仮面をかぶった女性がいた。
「はい、こんばんは。初めまして、弥生さん。こちらからもそちらがよく見えています」
初めましてときたか。どうやら彼女は、自分はちゃんと別人を演じられていると思っているらしい。少なくとも、声は本来の彼女のものとはまったく違うものに変えられている。おそらく、彼女が得意とする腹話術の応用だろう。ここはいきなり正体をばらさずに、彼女に合わせておこうか。
「初めまして、古瀬弥生と申します。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ちなみに、俺の両斜め後ろには、三月と麻那美さんが画角に入らないくらいの距離でそれぞれ控えている。面談を始める前に、麻那美さんへの事情説明は済ませている。三月には思うところがあるだろうが、見た感じでは、いつもと変わらない風を装っていた。
「さっそくなのですが、僕が予知した限りでは、三か月後に、みけあさんに孫ができておばあちゃんと呼ばれるようになる予兆やそれに類するものは――」
「はい」
「視られ、ない事もありませんでした」
悪戯心で、ちょっとフェイントを入れてみた。
「そうですか……残念で――え? な、何か視えたんですか?」
これには、声こそ出さなかったが三月も驚いていた。……頃合いだな。
「ええ。そうですよ、朱美さん」
「あら。バレてた?」
その瞬間から、仮面が外されて三月そっくりな顔が現れて、声が元の朱美さんのものに戻っていた。この時には、麻那美さんが声に出さないように両手で口を押えて驚いていた。
「バレバレです。顔写真から予知した時点からわかってましたよ」
「ということは、ほとんど最初からか。慣れないことはするもんじゃないわね」
朱美さんは、苦笑しながらそう言った。
「だけどほんとに、何が視えたの?」
「それは、僕の――『弥生の従者の任を解いてください』と朱美さんに言った三月の姿です」
「「!?――」」
「そう。それに対して私は何て言ってた?」
想定内だったのか、俺の後ろで無音で驚く三月たちをよそに、朱美さんは落ち着いていた。
「その理由を訊いて、短く『わかったわ。それじゃあ今この時をもって、従者の任を解きましょう』とだけ」
「そうなの。いえ、それはそうでしょうね。もしそこで反対していたら、私の望みは叶わないもの」
「そうですよね」
逆算していくと、朱美さんに孫ができて「お婆ちゃん」と呼ばれるようになるには、三月が妊娠・出産しなければならず。それには三月に誰か好きな人ができてその人と結婚しなければならない。三月に限らず普通の女性ならばそういう手順になるが、三月の場合はそれらに加えて、誰か好きな人ができてその人と一緒になりたいと思った時点で『弥生の従者をやめる』という手順が入る。三月は、従者の任を解かれてからでないと、普通に恋することもできないのだ。
つまり「弥生の従者をやめたい」と三月が朱美さんに言ったということは彼女に誰か、一緒になりたいと思うくらい好きな人ができたことを意味する。朱美さんの要望が叶う予兆として、これ以上のものはないだろう。ただし。
「残念ながら、その相手が誰なのかまでは、予知ではわかりませんでした」
「そうなの?」
「はい」
「それは本当に残念。でも、これからの三か月間でそれが誰かわかるなら、それでいいかな。人生、生きる楽しみが必要だしね」
「不完全な予知で、申し訳ないです」
俺はデスクに手を着いて、心から謝った。
「ううん、全然、気にしないで。何から何まで全部わかっちゃうより、わからない部分があった方が良いわ」
どこかで、似たようなことを聞いた気がした。
「こちらこそ、回りくどい事しちゃって、ごめんなさい」
「いいえ、それこそ気にしないでください。楽しかったですから」
「そう? それならいいのだけど。――じゃあ、今度はどこで会えるかわからないけど、またね。三月によろしく」
「わかりました。じゃあ、また」
俺のその言葉を最後に、みけあさんこと朱美さんとのリモート面談は終了した。
通信を切ってすぐ、声を掛けてきたのは麻那美さんだった。
「お疲れ様でした。だけど、驚いたのはお母さまのビジュアルです。話には聞いていましたが、本当に三月さんそっくりなんですね。というか、三月さんがお母さまにそっくりなんですね」
それを聞いて、複雑な表情を浮かべる三月。
「ええまあ。外見と霊感に関しては、完全に母親似なんです」
あえてそうしたのか「良くも悪くも」とまでは言わなかった。
「そうなんですね。それにしても気になるのは、弥生さんの予知です。三月さんが弥生さんの従者をやめたくなるほど好きになる男性は果たして誰なんでしょう」
麻那美さんが言ったように、今回の予知でわからなかった部分は俺も気になっている。これから三か月の間に、三月が俺の従者をやめたくなるほどの男性が現れるのだろうか。それとも……。
奇しくも、今から三か月後はクリスマスイブ。果たしてそれまでに、何が起きるのだろう……?
「? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
傍目にはいつも通りに見える三月の胸の内には、もうすでにその答えがあったりするのだろうか。いつものように、普通に声として聞こえてくる三月のモノローグに耳を傾ければその答えがわかるのかもしれないが。なんとなく、それをするのは躊躇われた。
そして。特に何事も起こらずに、ボランティアをこなしながら、あっという間に三か月の時が過ぎて。我が古瀬邸では朱美さんを招き入れ、四人でダイニングテーブルを囲んで、ささやかながらクリスマスパーティーが開かれた。
「会うのは久しぶりね。元気にしてた?」
「うん、まあ、それなりに。母さんも、元気そうだね」
「おかげさまで。特に病気もしないで毎日を過ごせているわ」
「そう、なんだ。それは何より」
「うん。今日は招いてくれてありがとう」
「それは私じゃなくて、発案者の麻那美さんや弥生に言ってあげて。私はそれに賛成しただけだから」
「そうなの?」
「うん」
やり取りだけ聞いていると三月がまるで別人のようだが、これが彼女の素の姿だ。
「反対する理由もなかったし、むしろ直接会って、お願いしたいことがあったから」
「お願い事? なあに、改まって」
「あのね?」
そして、あの時の予知結果が再現された。
「私の、弥生の従者の任を、解いて下さい」
そう言って、三月は朱美さんに頭を下げた。
「そう。理由を聞いてもいいかしら?」
「理由は、単純。従者のままじゃ、恋人になれないから」
それを聞いて驚く人は、俺やMarchも含めてこの場に一人もいなかった。多分みんな、やっぱりそうかと思っていたのだろう。
「今日からは、従者としてじゃなく。恋人として、弥生のそばにいたいの。お願い、母さん」
……十中八九、この場の雰囲気をぶち壊してしまうだろうから口には出さないが。今日までの三か月間で、おそらくそうなんだろうなと思ってはいたが。こうしていざ言葉にされるとこう、何となく、こそばゆい。
「わかったわ。それじゃあ、今日この時をもって、弥生君の従者である任を解きましょう。これからは、自由にすると良いわ」
「ありがとう」
それまで神妙だった三月の顔が、微笑みでほころんだ。
「礼には及ばないわ。皐月さんたちや一月さんがいなくなったことで、弥生君や三月を両家のしきたりに縛り付ける必要はもう無くしていいと思っていたし、言わばこれは私からの、母から娘へのクリスマスプレゼントだから」
「あ。そういえば私たち、誰にも何にも用意してない」
ああ、そうだった。まあ、それどころではなかったというのはあるが。
「気にしなくていいわ。今日この場に呼んでくれただけ充分。それにお返しなら、なるべく早く孫の顔を見せてくれたら、それだけで嬉しい。――ね、弥生君?」
「んぐっ」
母娘水入らずの会話に耳を傾けていたら、とんでもない流れ弾が飛んできた。驚いて、ピザがのどに詰まった。
「けほっ、けほ。あ、朱美さん。それはあまりにも気が早いですよ」
「そうかしら?」
「そうです」
シャンパンでピザをのどに通して、返事をする。とは言え、三月が俺の恋人になることを、俺が拒む理由は何も無いし、ともすれば恋敵候補かと思っていた麻那美さんはMarchをかけて、
「おめでとう、三月さん」
《おめでとう、三月殿》
と、一緒に祝福してくれている。二人の前途は洋々だ。
「ありがとう、麻那美さん、March。――ということで、改めて今日からよろしくお願いしますね。弥生?」
「あ、ああ。こちらこそよろしく」
ここで、いつもの三月に戻った。だけど何だろう、なんだか照れ臭い。
俺と三月が恋人同士になったからといって、三月や麻那美さんがボランティアパートナーであることに変わりはない。だが、今日ばかりは『foresee the future a little』も終日クローズだ。Marchにもゆっくりしてもらう。また明日から、予知するモノクルとして頑張ってもらうためにも。
終幕




