表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予知するモノクル  作者: 凪紗
1/10

第一話

 

 モノクル、または片眼鏡というものをご存じだろうか。検索してみると【片目での使用を前提とした単一レンズの眼鏡である。】と出てくるはずだ。単一レンズと落下防止の鎖や紐だけで構成されているもので、上流階級の、眼窩(がんか)のくぼみが深い白人しか使わない(もしくは使えない)イメージがあるように思う。しかしいつの頃からか、まるで普通の眼鏡(両眼鏡)を真ん中から折ったような、耳に掛けるつるや鼻に掛けるブリッジがついたタイプが世に出てきて、昨今では東洋人でそれをコスプレやファッションの一部として使用する人たちが少なくないようになった。

 今から語る彼は、そのタイプの右目用のモノクルを着用している。ただ、彼のモノクルはレンズの素材がちょっと特殊で、普通の人には見えないものが()える。

 それは、そこに映った人の“少し”未来。

 と言っても、そのモノクルさえあれば誰でもそれが視えるというわけではなく。“少し”というのがどれくらい先の時間なのかが視るときによって異なるのだ。分かりやすいだろうが物騒な例えを挙げれば……数時間後に事故に遭う場面であったり、明日誰かに殺されてしまう場面であったりすることも。しかしさすがにそれらはレアなケースで、多くの場合にはそんな、命にかかわるような不吉な未来は視えない。登校途中に曲がり角でパンをくわえた異性の学生とぶつかる場面とか、帰り道、何の気なしに往来を歩いているところに後頭部をカラスに蹴られる場面とか、それはそれでレアかもしれないが、危険度的にはその程度のことの方が多い。

 そもそもどうしてまた、彼がそんなモノを持っているのかというと——


「——長い」

「え」

「いつまでそんな説明ゼリフを続けるつもりだよ。それも明後日の方を向いて。俺には見えない初対面の奴でもいるのか?」

「何度言ったらわかるんですか、弥生。いまのは台詞じゃありません、“モノローグ”です」


 思わずため息を吐いた。つい前置きが長くなったが、いま私に(正確には私の“心の声”に)ツッコミを入れてきた彼が、いま説明したモノクルの持ち主・古瀬弥生(ふるせやよい)である。女性っぽい名前からはイメージし難いと思うが、ひと言で言うなら短めのざんばら髪で長身痩躯(ちょうしんそうく)な男だ。私にとっては非常に厄介なことに、人の“少し”未来が視えるだけでなく、私のこのモノローグを普通に声として聴きとれてしまう。ちなみに私は、新嶋三月(にいじまみつき)という。染めているわけではないがメッシュっぽく緋色が混じった黒髪のセミロングで、その時々でおろしていたり今みたいにポニーテイルに結っていたりする。体形は、良くも悪くも中肉中背だ。この令和の世に時代錯誤で不本意ながら、彼の家と私の家は昔々から主従関係にある。先のやりとりで言うまでもないと思うが、私の家の方が従者だ。私たちの物語に付き合ってくれるのであれば、彼ともども、以後お見知りおきを。


「自己紹介なんかして。やっぱりそっちに誰かいるのかっ」

「誰もいませんっ。ていうか、人のモノローグに普通に受け答えしないでくださいっ」


 どうでもいい事かもしれないが一応言っておくと。従者である私が主君である弥生のことを「弥生様」と呼ばずに呼び捨てにしているのは、当人から、


「頼むから“様付け”するのはやめてくれ。身体がむず痒くなる。いっそのこと呼び捨てにしてくれて構わない」


 と言われているのでその通りにしている。

 詳しいことは省くが、弥生には、よほどの贅沢をしない限り生涯働かなくても生きていけるくらいの親の遺産がある。だから弥生は自らのモノクルによる未来予知を、ボランティアのひとつとして役立てようと『foresee the future a little (少し未来を予知します)』というド直球な名称のWebサイトを、インターネットの海にひっそりと立ち上げた。

 一日や一週間、または一か月間の未来予知なら、テレビや新聞、雑誌などの占いコーナーで事足りるじゃないか。と言う人もいるかもしれない。しかしそれらはみな不特定多数を対象にしていて、内容が当てはまる人と当てはまらない人がいる。まさに当たるも八卦当たらぬも八卦。それに対して弥生のモノクルによる未来予知は、個人個人を対象にしていて、私の知る限り、外れたことはない。いや、当たるか外れるかの話ではない。信じる・信じないは勝手だが、実際に起きることなのだ。だから占いコーナーによる未来予知を娯楽の一つと捉え、的中率にこだわらない人は、各メディアの占いコーナーを参考にすればいいと思う。

 ご自身の“少し”未来を確実に知りたい人だけ、どうぞこちらにいらっしゃいませ。ただ、こちらの都合で大変申し訳ないが不定休なうえ、事前アンケートを募り一日につきおひとり様限定で、メールとリモートにて応対している。

 あともう一つ。

ギャンブルやお金儲けのために利用したいという人は例外なく丁重にお断りさせていただいておりますあしからず。



 ()が沈んで間もなく。都内某所にある古瀬邸。二階建て9LDKの一室、弥生の仕事部屋。そのドアの前に立ち、遠慮気味にノックする。


「はーい」

「三月です、入りますね」

「あいよー」


 返事を待って、ドアを開ける。仕事部屋なのだから当たり前なのかもしれないがテレビも本棚もクローゼットもなく、木目調の床とアイボリーを基調とした壁や天井は間接照明に照らされ。南向きの大きな窓と対称的に置かれた机と椅子、ノートパソコンなど、本当に必要最低限の物しかない八畳一間はがらんとしていて、実際の広さ以上に広く感じる。


「ルイボスティー、持ってきました」

「ああ、香りでわかった。ありがとう。そこに置いておいてくれ」

「はい」


 いつもの短いやり取りのあと、ガラス製のティーセット一式をサイドテーブルに置く。


「首尾はどんな感じですか?」


 ひと息つこうとして椅子に座ったまま背伸びをする弥生の傍らから、パソコンの画面を覗き込むようにする。そこに映っているのは、クライアントを選ぶのに必要な、事前アンケートの一覧。ニックネームと住んでいる都道府県。歳の年代、性別。と、選ばれた際の連絡先のメールアドレスに、どれくらい先の未来を視てもらいたいのかを書いてもらっている。あ、あと最も重要な、顔写真の添付。滅多にいないが、顔動画でもいい。


「うーん、相変わらずだな。『占いでこんな風に言われたんだけど、本当にそうなのか視て欲しい』っていうのがほとんどだ」

「その希望通り先の未来が視えたら、こちらとしても楽なんですけどね」

「まったくだ」


 ふたりそろって苦笑を浮かべる。

 繰り返しになるが、弥生のモノクルで視えるのはそこに映した人の“少し”未来。この“少し”というのが曖昧で、それだけに厄介で。具体的にどれだけ先の未来が視えるのかが、視るときによって異なるのだ。数時間後なのか、明日? 来週? 数日後? はたまた来月のこと? そんなものだから、必ずしも希望する先の未来が視えるとは限らない。そのことは、予めの注意事項としてサイト内に明記してある。ちなみにこれまでのケースでいうと、半年先が最長だ。果たして六か月先が“少し”と言えるのかどうかは、それこそ人によって意見の分かれるところだろうが、少なくとも弥生のモノクルからすると、“少し”の範疇(はんちゅう)に入るらしい。

 以前何かの本で読んだ覚えがあるのだが《人はひとつ歳をとるごとに、一年が過ぎる体感速度がどんどん速くなっていっている》のだそうだ。そこから考えると、この弥生のモノクル——いい加減、いちいち『弥生のモノクル』というのはまだるっこしいので、これからはMarchと呼称する。——を発明したのは、一年が過ぎる体感速度が相当速い、年配の人物なのではないだろうか。——ってまあこれは、あくまでも私の想像でしかないが。


「ご希望通り先の未来が視えなかったからって選考から外してしまうのは、なんだか申し訳ない気がしますね」

「逆に希望してない先の未来が視えたとしてそれを教えられても迷惑な人だっているだろ」

「それはそうかもしれませんけど……」


 弥生が言うことも一理あるとは思うのだが、もしも視えた場面が不吉なものだった場合には、何が何でも伝えた方が良いのではないかと私は思ってしまうのだ。


「うーん。今回も、占い結果と照らし合わせたい人たちは全滅だな。まあ、営業妨害になりかねないからその方が良いか。残ったのは……」


 ぶつぶつ言いながら、一覧の顔写真を一つずつモノクルを通して見てゆく。ルイボスティーを一口飲み、アンケートの一覧をマウスでスクロールさせながら、時折Marchのブリッジの部分を人差し指で押さえて、微妙に位置を調整する。


「——お」


 ふと、スクロールさせていた手が止まる。


「この人なら、希望とぴったりだ」


 クリックして、その人のアンケート内容をクローズアップする。私はそれを、声に出して読んでいく。


「えーと。ニックネームは『(のぎ)に楓と書いて禾楓(かえで)』さんですか。北海道にお住まいで四十代の男性の方。見た目、実年齢より若く見えますね。視てもらいたいのは半年先。いまB型の就労継続支援施設を利用されていて、その頃の自分が一般就労できているかどうか知りたいと。連絡先は携帯電話のメアドみたいですね。リモートが可能な時間帯は『十六時以降であればいつでも可能です』とのことですか。それで? 弥生には彼の顔写真から何が視えたんですか?」

「おそらく半年先の、彼が病院で問診を受けている場面だよ。診察室のカレンダーが今より六か月先の月になっていた。話の内容からするとまだB型にいて、一般就労できてないみたいだ」

「そうですか……。それは……酷な面談になりそうですね」

「心苦しいが結果は結果だ。それに告知するのは、彼にとって残念なことばかりでもない。とりあえず連絡して、リモートの日取りを決めよう」

「わかりました。早速手配します」


 言うが早いか、私はすぐに禾楓さんの連絡先に今回のクライアントに選出されたことを伝えるメールを送り、次いでリモートで面談をするのに都合のいい日にちを(うかが)うメールを送って返信を待った。すると思いのほかすぐに返事が届き、選出のお礼と共に『僕の方は今日これからすぐでも明日の十六時以降でも大丈夫です』と綴ってあった。それを弥生に伝えると、「そういうことなら、これからすぐにやっちゃおうか」という話になった。



 それから三十分と経たずに、リモートでの面談が始まった。ノートパソコンのWebカメラの前には弥生が座り、私は画角に入らないように、弥生の斜め後ろで様子を見守る。


「今晩はー、初めまして禾楓さん。見えてますか?」

「はい、見えてます。今晩は、初めまして。この度は、選出していただき、ありがとうございます」


 リモートで見る禾楓さんは、ざんばらな弥生とは違った感じに無造作な短髪で小顔な上に童顔で、写真以上に若く見えた。でも当人がコンプレックスにしているかもしれないから、口には出さない。


「とんでもない、古瀬弥生と言います。よろしくお願いしますー」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「あの、そんな堅苦しくなくて大丈夫ですよ。フランクな感じで行きましょう」

「はい、すみません。あの、人生初リモートなもので。緊張しております」


 緊張しているのは一目でわかる。身体や動きがカッチコチ。言葉も若干、たどたどしい。


「あー。じゃまず一緒に深呼吸しましょうか。三回くらい、腹式で。鼻から吸って、口から吐くように」

「はい、わかり、ました」

「じゃあいきますよ、せーの」


 すぅーーー、ふぅーーーーー。

 すぅーーー、ふぅーーーーー。

 すぅーーー、ふぅーーーーー。


「どうでしょう、緊張ほぐれました?」

「はい、おかげさまでほぐれました。ありがとうございます」


 お、身体が(ゆる)んで、言葉がスムーズになった。効果があったみたい。


「それであの、結果の方はどうだったでしょう?」

「それなんですけどね、半年先じゃまだ一般就労はできてなかったです」


 うわ、容赦なくバッサリ斬ったな。心苦しいとか言っていたくせに。


「そうですか……。予想はしていましたが、半年じゃあ、まだB型から出られませんか……」


 禾楓さんの表情が曇った。残念そうだ。無理もない……。


「でもですね、あの、このモノクルを通して視えたのは禾楓さんの、半年先の問診の場面だったんですけど」

「はい」

「禾楓さんなりに発達障害や感覚過敏とうまく付き合って生活できるようになっていると思うって、医師(せんせい)は話してましたよ」

「本当ですか?」

「ええ。ADHDとか聴覚過敏とか、なった人にしかわからないことだらけでいろいろと大変でしょうけど、きっとB型の職員さんたちが力になってくれると思いますし——」

「あのすみません」


 話の途中、禾楓さんは申し訳なさそうに、おずおずと手を挙げた。


「はい?」

「弥生さんは、就労継続支援施設や発達障害についてご存じなんですか?」


 うん。当然の疑問だろうな。


「ああー、すみません。説明不足でしたね」


 やらかしたーとばかりに、弥生は後ろ頭に手を当てた。ここからだと見えないが、たぶん苦笑いしているに違いない。


「友人が、その手の事業所で職員として働いているんですよ。だから就労継続支援施設がどんなところかとか、発達障害がいまは神経発達症(または神経発達症群)と変更されていることとか、大体のことはその友人から聞いてるんで、わかっているんです」


 そう。多くの人には馴染みがないかもしれないが、弥生や私にはこの手の施設で職員として働いている共通の友人がいるので、特に調べなくても大体わかっていた。


「友人からは、『就労継続支援施設っていうのは、一般企業での就業が難しい身体障害、知的障害、精神障害、神経発達症、難病の人を対象とした、就業準備や訓練の場を提供する支援施設のこと』だと聞いています。『A型とB型と分かれており、それぞれ雇用契約の有無や業務内容などが異なっている』とも。合ってますか?」

「はい、合っています」

「禾楓さんが利用しているというB型の就労継続支援施設は、『【一般就労が困難な障害者が雇用契約を結ばずに働く事業所】のことで、指定の事業所にて比較的簡単な軽作業を行うことが多くて、短時間から働くことができる』とのことでした」。

「そうですそうです」


 ちなみに、A型の就労継続支援施設は、【一定の支援があれば働ける障害者が事業所と雇用契約を締結して働く事業所】のことを指していて、B型よりもこちらの方が一般就労に近い。雇用された障害者は必要な支援を受けながら、実際に働くことができる。始めにB型を利用していて、後にA型に移り、そこから改めて一般就労を目指す利用者も少なくはないが、半年先の禾楓さんはまだその段階にもないようだ。


「これも例の友人から知ったことですが、『発達障害には、主に自閉スペクトラム症(ASD)と限局性学習障害(SLD)とADHDの三種類あり、混在しているタイプもいる』とのことでした」


 これが神経発達症群となるとさらに様々な障害を含むらしいが、「話が長くなるからそれはまた今度」と割愛された。


「中でもADHDは、『注意欠如・多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の略称で、目的のない動きをする・感情が不安定になりやすい・過度なおしゃべりや不用意な発言をするといった多動性や衝動性による特徴が顕著なタイプと、注意を持続するのが難しい・ケアレスミスが多い・片づけが苦手・忘れ物が多いといった不注意による特徴が顕著なタイプと、混合タイプに分けられる』と聞いています」

「そこまでご存じだったのですね。そうとは知らずに話を(さえぎ)ってしまって、すみません」


 禾楓さんはそう言って、頭を下げる。そんな謝ることないのに。


「いえ、完全に僕の方の説明不足ですから気にしないでください。そういうわけで、きっとB型の職員さんたちが禾楓さんの力になってくれると思いますし、何よりこの予知は外れませんから、良かった部分だけでも今後の励みにしてもらえたらなと思います」

「そうですか。有り難うございます!」


 おお、表情が晴れ晴れとして言葉がはつらつとしてる。半年後の自分が少なからず一般就労に向けて前進できていると知れただけで充分嬉しそう。——それにしても、ADHDに聴覚過敏とは……。

 神経発達症(発達障害)は当初、子ども特有のものと考えられていたが、こうした障害は、治療をしても完全に消失するものではないらしく、近年、成長した後も症状が持続したり、大人になってから気づく人も増えているという。禾楓さんの場合は、


「自分が不注意優勢型のADHDだということに気づいたのは、三十代後半になってからでした」


 と言っていた。

 併せて聴覚過敏とは、「感覚過敏のひとつだが、特性や症状を表す言葉であり、病名ではない。なぜかはわかっていないが、発達障害を持つ人が多く患っている」という。聴覚過敏を持つ人は、「その名の通り聴覚が人より過敏になり、他の人々にとって何の問題もない音に対して激しい苦痛や不快感、心的ストレスを感じるために、日常生活や社会生活を普通に送るのが難しい」と例の友人は言っていた。

 なるほどね、そんな状態だから、B型の就労継続支援施設を利用しているわけか……。それは……半年程度で一般就労に復帰するっていうのは難しそうだな。むしろ何年もかかりそうだ。だとしたらいつになったら一般就労できるようになっているのか。それはMarchではわからないだろう。


「礼には及びません。でも、少しでもお力になれたなら何よりです。お大事にしてください」


 禾楓さんに微笑みかける、Marchで問診の様子を視ていた弥生もそれは感じてるはずだが、極力ネガティブなことに触れなかったり、頑張ってくださいと、ともすればプレッシャーになりかねない言葉を意図的に避けたのは彼なりの優しさか。


「はいっ、本当に有り難うございます」

「いえいえ。機会があればまたお会いしましょう。では、失礼します」

「はい、失礼します」


 そうして、お互い笑顔で、禾楓さんとのリモート面談は終了した。——って、え、えぇ、もうお終い?


「——何か言いたそうな顔をしてるな」


 通信を切ってすぐに、弥生はくるりと椅子ごとこちらに向いてニヤリと笑い、そう言った。イヤな笑みだが、相変わらず察しの良いことで。


「正確には、“何か言いたいけどなんて言ったら良いかわからない顔”ですけどね」


 今回、結果的に、Marchで視えたことは断片的にしか伝えられていない。果たしてそれでよかったのか、モヤモヤが残る。だがこのモヤモヤをどう言ったらいいものかわからなくて、複雑な心境だった。


「そうか」


 私の皮肉な物言いに一笑して、弥生はこう続けた。


「ADHDも聴覚過敏も、完治こそしなくても、治療や患者自身の生活の工夫、周りの助けによってそれらとうまく付き合って生きていくっていう道があるのは三月だって知ってるだろ?」

「そりゃあ、まあ」


 確かに、例の友人はそうとも言っていた。


「これから先の禾楓さんは、その道を歩ける人だ。その半年後の結果が、モノクルを通して視えたんだろうさ。しがない予知者(よちしゃ)があの程度のことしか彼に伝えないことも込みで」

「込みで、ですか?」


 まあ、予知した時点では面談は未来だったのだから、そうなるか。


「そう。それに一般就労できるようになるまではまだ時間がかかると知ったって、少なくともそれに向かって前進できてることがわかって、彼は充分喜んでいたじゃないか。それ以上何が必要だ?」

「ええ? うーん……」


 ……クライアントがそれで満足しているなら、


「それ以上は蛇足だから必要ない、でしょうかね……」

「ああ。個人的見解かもしれないけど、俺はそう思うぞ?」


 なるほど。つまりは、私の思い違いか。必ずしも視えた内容を一から十まで全部伝える必要は、ない、と。


「そうそう、そういうこと」


 この一連のやり取りで、弥生はまた私のモノローグに普通に受け答えをしていたが、今回ばかりは見過ごすことにした。


                               続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ