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空に跳びたい

作者: 北風邪

約三年前に書いたものです。

空を飛んでみたい、と思った。自由に飛べる翼さえあれば、何処にだって行ける。例えば、わざわざこんな電車や徒歩などといった面倒な事をせずとも、何も考えず上から景色を眺めるだけで目的地に着けるじゃないか。ナントカ兄弟も空を飛ぶのに憧れ、俺も空に憧れを抱くのは何等おかしくないはずじゃないか。何の前触れもなくただ背中にうっかり翼さえ生えてきてくれればそれだけであらゆる重みを忘れられるんじゃないだろうか。少なくとも、こんな通学も嫌じゃなくなるだろう。


そんな事を隣に立っている後輩に話した。後輩は呆れたような顔をする。


「せんぱい。翼なんて無くても電車に乗った方が早いですよ」


後輩。縋原。下の名前は忘れた。僕は彼女の事を下の名前で呼んだことはない。そもそも彼女を下の名前で呼ぶ機会がない。呼ぼうと思ったこともない。


僕が彼女の名前を呼ぶ時は大抵、なあ、縋原、と言って会話が始まる。


「なあ、縋原。僕はやっぱ、ロマンって大事だと思うんだ」


怪訝な顔をしてくる。この話に続きがある事と思ったのか、言い返さなかった。


「こう、鳥が見ている景色?鳥瞰っていうの?そんな感じで街の景色を眺めながら学校まで行くの、なんか、良くない?」


イメージしてみる。大きな翼と共にバサっと羽ばたかせて飛び上がる。離れていく物、車、家。小さな自分の影が地面に写る。自分が翼を動かせる度、それも動く。


うーん。良いじゃん。


「せんぱい。現実見てください。それでも一応物理習ってるんでしょ?そんな翼じゃ空は飛べないと思うんですけど」


空高く飛んでいる。でも、これでは、翼じゃだけでは重力には逆らえない気がする。


うーん。g。落ちていくだけだあ。


空気抵抗は考えない。どうせ落ちる速度なんて大して変わらない。


「わかりました?先輩。そんな翼じゃ空なんて飛べないんですよ」


確かに。人間に翼が生えたところで空を飛ぶのには難しそうだ。鳥は骨が軽いから飛べるみたいな話を聞いたことがある。バイオミミクリー、人間の骨も軽くしてみる?それともレッドブル飲む?


「せめてタケコプターくらいあればいいのになあ」


空を飛ぶことを諦めるかの様に、そう呟いた。別に、真剣に僕が自由に空を飛べるなんて思ってもいないし、


「そんなに目が回りたいんですか?でも、空を飛びたい、と言うのは私もわかりますよ」


それは、自由に空を飛ぶことにロマンがあるという事だろうか。


後輩は、でも、と付け加える。


「翼じゃ絶対に飛べないと思いますけどね」


「じゃあ、何なら出来そうかな?……小型ヘリコプターとかどう?」


「それじゃさっきのタケコプターと何も変わらない気がしますけどね」


確かに。一体僕はどうすれば空を飛んでいる鳥たちと同じように空を飛べるんだろうか。


「そういえば、この前ハンググライダーで空を長距離移動してる動画を見ましたよ」


ハンググライダー?白い怪盗が使用しているアレだろうか。多分あってるな。


それにしてもハンググライダーで長距離移動できるのだろうか。僕のイメージとしてはあれは滑空する程度のものだと思っていたんだが。


「あれって結構長く飛べるんですよ。確かその動画では数十キロ飛んでいましたよ」


「え、どうやってそんな長く飛んでるんだ……?」


「多分上昇気流だと思います。多分先輩も上昇気流があれば飛べますよ」


飛べる訳ないやん。いや、この後輩はもしかしたらさっきの僕の翼があれば空が飛べる…と言うことに対して言っているのだろうか。


「つまりですね。先輩。風を使えばいいんじゃないでしょうか」


「なるほど、風ね」


風か。風はどこでも吹いているものなのだろうか。僕の風の知識は乏しい。どこから、いつ、どんな強さで吹くのかがわからない。日によって変わるのかもしれないし、時間帯で変わるのかもしれない。そういえば小学生の時に昼間は海から陸に、夜は陸から海へ風が吹く、みたいな事を習った気がする。


「つまり、ハンググライダーみたいに風に乗れば空を飛べる……?」


「ワンチャンありますね。どこからでも、自由に飛べるのかと言われれば怪しいですが」


ハンググライダーがあれば空を飛べる。でも、それは僕の思い描いていた空を飛ぶのとはまた違う気がする。ハンググライダーで空を飛ぶのと、自分に翼が生えて飛ぶのとではどう違うのだろう。もちろん、どちらもやったことが無い。


ふと、電車の外を見る。晴れていた。雲の動きが電車からでもわかる。風が強いのだろうか。ハンググライダーで飛んでいる人はいないだろうか。


「そういえば、今日僕体育あるんだった」


「何でそれを空見ながら思い出すんです?」


「晴れてたから」


体育は基本外で行う。どの学校でもそうだろう。僕は体育が嫌いだ。


縋原も体育が嫌いなのだろうか、なるほど、と言った。


「今日はそもそも雨が降るなんて予報なかったんで仕方ないですね。今は体育何やってるんです?」


「今はサッカー」


「サッカーですか……チーム競技ですね……」


「そうなんだ……」


チームでやる競技より個人で黙々とやる競技の方が好きに決まっている。


テニスとか。


基本的に体育ではやることがない。


やることのない授業のどこか楽しいのか。僕は嫌だな。


それならまだ数学の問題を解いている方がいい。


「……いませんね」


「え、なにが?」


「飛んでいる人ですよ」


いる訳ないやん。


でも偶然、ついさっき僕もハンググライダーで飛んでいる人はいないかと考えていた。


「ここでは風が吹いていないって事かな」


「でも見てくださいよ先輩。今電車に乗っているのにも関わらず、あんなに雲が動いているのがわかりますよ」


雲が動いている。それもさっき見た。


「じゃあ、ハンググライダーで飛ぶのはマイナーな飛び方ってことかな」


流れゆく景色の中に電線に止まっている数羽、5、6羽程度の小鳥を見た。あの鳥もすぐに飛び立ち、どこかへ向かうのだろうか。


「先輩。空、飛びたくないんですか?」


「そりゃ僕だって飛びたいさ」


もう一度イメージする。イメージするのは飛んでいる自分。飛んでいる自分がみた景色ではない。飛んでいる自分を誰かが見た姿だ。


「先輩。飛ぶの、怖くないですか?」


「怖い?もし空を飛べるなら楽しいに決まってると思うけどなあ」


何が怖いのだろうか。高いのが怖いのか。


「先輩。もしかしたら急に翼が焼け落ちるかもしれませんよ?それに、」


彼女はそこで言葉を一度止めた。僕には彼女が何を言いたいのか、その先の言葉がわからない。


「飛んでいるのは一人だけですよ。先輩」


一人で飛ぶのが怖いんだろうか。


一人で、高い空から、地面を俯瞰。


考えれば考えるほど怖い気がしてきた。


彼女の言葉のせいだろうか。わからない。


が、それでも俺は空を飛びたいと思えるのだろうか。

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