ベターミッション
種族連合警察の隊長って立場を羨ましがる連中は馬鹿しかいないと俺は本気で思っている。
少しでも人を率いた経験や想像力があればこの犯罪多発都市で現場責任者をやるのが
どれだけ無理難題を押し付けられるしんどい仕事なのか思い当たるはずだからだ。
「リック、市長の方針は変わらん。何とか容疑者を撃たずに確保しろ」
「警視、冗談でしょう?向こうは三人組で銃を持ち人質をとってるんだ。
しかも全員が徴兵経験者で戦争にも行ってる。
まともに突入したって犠牲が出るかもしれないんですよ!!
この上さらに部下を危険に晒せっていうんですか!!」
「そんなことは分かっとる!!しかし事情と時期が悪すぎる。
警察の予算が削減されている中で一昨年の暴動が再来すればどれだけ被害が広がるか分からんぞ!!」
「……とにかくマジックキャスターの招集を急いで下さい。
どんな手で行くにしろ備えは絶対に必要です」
「分かった。頼むぞリック。
パターソンのチームが大臣の警備に駆り出されている今この事件を解決出来るのはお前しかいない」
「……了解、ミーティングを始めます」
視線の先には庭に血痕が残る古びた家と規制線の外で怒号を上げる野次馬の群れ。
時間が経てばその数はさらに増えていくだろう。
百年前なら単純なハック&スラッシュで終わったであろう事件が今やこの街の命運を握っている。
それを背負い込むのは不惑を超えた中年ドワーフには荷が重すぎる。
予想通りいつも通りミーティングは荒れに荒れた。
立場も寿命も食べる物すら違う種族が公平性の名の下に詰め込まれた部隊で隊員同士が揉めない訳がない。
「俺は市長の意見に賛成です。何とか銃を使わずに事件を解決しましょう」
「ありえない。やつらの経歴は本物だ、油断すればこちらが殺される。
今すぐ突入してやつらを始末するべきです。
夜になれば視界が制限されこちらのリスクも増していく」
「黙ってろキース。エルフが出しゃばる時じゃねぇ」
「君こそ黙るべきだなボブ。君の同胞愛には感動するが彼らは犯罪者だ。
むしろオークの君が率先して身内の恥を雪ごうと行動するべきではないのかね」
「黙ってろと言っただろ!!
いいか、俺の家は親父とお袋が身体を壊すほど働いてくれたおかげで俺も妹も大学に行けた。
でもなぁ、そんな家庭に生まれるオークなんて100に1つもありゃしねぇんだよ!!
それでもオークは必死に現実と向き合いながら生きてるんだ!!あいつらだってそうだ!!
お前らエルフが医者に金を渡して逃げる徴兵にだって応じてるし国のために命懸けで戦った!!」
「だが道を踏み外した。店のオーナーを殺して逃げた。そして自分の家族を人質にして立て籠もっている」
「オーナーがリストラに抗議したあいつらを侮辱したからだろうが!!
しかも事前告知義務も果たさず罰金とかのたまって退職金も払わなかった。
あいつらは一度も遅刻してなかったし他の種族の連中がやらない汚れ仕事も積極的に引き受けてた。
逆に人間のスタッフはサボりの常習犯なのに一人もリストラされてない。オーナーと同じ種族だからだ!!
こんなのは種族平等法にも労働基準法にも明確に違反してる!!」
「だからといって人を殺していい理由にはならない。
聞き込み熱心なのは結構だが君の職業は弁護士ではなく警官だ。
それと断っておくが私はこの三百年で五回、祖国のために戦争に従軍している。
エルフを腰抜け呼ばわりするのは君が大好きな種族平等法に違反しないのかね」
「そのへんにしておけ二人とも。今は仲間同士で争ってる場合じゃない。
マヤ、何か新しい情報は入ったか?」
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きます?」
「お前に任せる。迷うのは作戦方針だけで十分だ」
「では良いニュースから。技術部が生きた地図を送ってくれました。
これで犯人と人質の位置が把握できます。ただし効果は急ごしらえなので使用から30分までしか保証しないそうです」
「悪いニュースは?」
「マジックキャスターは来ません。都市銀行の方でも強盗の立てこもりが起きてそっちに人員が回されました」
「……冗談だろ?市長は事件の重要性を承知してるからこそ横槍を入れて来たんじゃないのか」
「銀行内の人質の中には知事の家族が含まれているそうです」
俺は口からスラングが溢れ出すのをすんでの所で抑えた。
知事の家族に罪はないしより多くの人質がいる銀行を優先するのも間違った判断とはいえない。
落ち着け、部下が熱くなってる中でリーダーの俺までブチキレてしまったらどうにもならないぞ。
「よしみんな、一度冷静になれ。俺のように氷のようにな」
真っ赤に染まった俺の顔を見て冷静だと思うやつはいないだろうがメンバーは調子を合わせてくれた。
訓練と経験の賜物というやつだ。全員で深呼吸を三度繰り返す。
「基本に戻ろう。こうした立てこもり事件で優先すべきは人質の安全だ。
容疑者の一人であるリロイの母親エマ。
彼女さえ確保出来れば犯人もこの包囲だ、諦めて投降を考えるだろう」
「異論はありませんが犯人もエマが自分たちの生命線なのは分かってるはず。人質から目を離すことはないでしょう」
「いやエマは人質ではあるが同時に仲間の家族でもある。リロイの手前チェックも甘いはず。
交渉人を送って取引を持ちかけると同時に生きた地図を使用。
相談するために犯人たちが集まり人質から離れたタイミングで突入しエマを確保して撤退。それから犯人たちに投降を促す」
「悪くない作戦だと思います。ですがリック、問題が1つあります」
「何だマヤ」
「手持ちの生きた地図は30分しか効果が持ちません。
もし30分の間に犯人が集合しなければ私たちはさらに不利な状況に追い込まれることになります。
そうなった時どうしますか?」
「それは………」
翌日の記者会見。
「作戦の指揮をとられたリック巡査部長にお聞きします。
あなたは犯人に対して人質交換の提案を行い人質となっていたエマさんの代わりにボブ巡査を送りましたね」
「はい」
「この人選はボブ巡査がオークであることが関係ありますか?」
「どういうことでしょう」
「オークを中心としたダウンタウンの市民が怒りの声を上げているのはご存知ですよね。
種族連合警察は全種族から構成される部隊ですが種族によって殉職率に明確な差があります。
オークやトロルはいつも最前線の危険な任務に駆り出されその成果を
人間やエルフ、そしてドワーフが得意顔で記者会見で発表する」
「私のチームは常に全員が命懸けで任務を行っています。
みなが自分の役割を果たして市民を守ろうと努力している」
「ボブ巡査の役割が危険だったことは偶然だと?」
「私がボブ巡査を選んだのは彼が最も犯人の命を案じ罪を重ねることを防ごうとする男だったからです。
それは彼がオークである事と関係あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
いずれにせよ突入時に犯人が抵抗せず降伏したのはボブの説得が大きかったと考えています」
「自分の判断が正しかったと言いたいのですね」
「私に言いたいことがあるとすれば種族間の対立を煽るような記事を書くんじゃねぇぞこの馬鹿記者めということですね。
あんたは弱者の声を拾い上げて強者を糾弾するヒーロー気取りかもしれないが
そんなあんたの記事を読んで怒りを増幅させ新しい事件を起こす人間は山程いるんだ。
俺が警官になったのは62年の暴動で燃える街を見てこんなのはもう嫌だと思ったからだ。
その時に誰が正しくて誰が悪いかなんて考えなかった。ただ人の死ぬのが嫌で家が燃えるのが嫌で子供の泣き声が嫌だった。
だから俺はクソったれな部下をなだめクソったれな上司の命令を聞きクソったれな犯罪者たちを捕まえて
このクソったれな俺の故郷を少しでも良くしようと毎日クソったれと悪態つきながら働いてる。
そうやって頑張っても暴動は起こるし一昨年も起きた。うんざりするよ。
でもだからって諦めてまたこの街を燃やすのか?俺たちの街を。そんなのはもう沢山だろ。
だから俺は明日もクソったれな仲間たちと頑張っていくし
このクソったれな記者会見を見ている人たちにも俺と同じようにあがいて欲しいと願ってる。
………以上です」
「名演説だったじゃないかリック」
「勘弁して下さい警視。昨日から何度このネタでからかわれたことか」
「そりゃそうだろう。巡査部長の記者会見が全世界に放映されるなんてそうそうあることじゃないぞ。
クソったれな上司として私も誇らしいよ」
「本当にもうやめてくださいよ。それで処分の方はどうなりました?」
「処分はなしだ」
「冗談でしょう?」
「今や君はこのクソったれな世界を変えようと奮闘するヒーローだからな。
市長はむしろ感謝していたよ。今度ディナーに招待するそうだ
「冗談ですよね?」
「いや本当だ。警部補への昇進は確定的だし来年のポスターは笑顔の君がボブとキースと肩を組んでいるものが使われる。
私はマヤも入れたかったが彼女は少しセクシーすぎるからな。今回は君たち3人だけだ」
「本気で辞表を出したくなってきましたよ」
「泣き言を行ってる暇はないぞ。
万年人材不足だった種族連合警察に君に憧れる大勢の若者がやってくるんだからな」
「どんな顔して会えばいいのか分かりません」
「いつも通りの髭面でいいのさリック」
警視はニヤリと笑って俺の肩を叩いた。
「さぁ仕事の時間だ。よりよい未来のために今日も一日頑張るとしよう」