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9:新生活(2)





 さすがに刀を持って小学校には行けないので、月奈はいったん自宅に帰ってそれを置き、ついでにシャワーも浴びて着替えもした。彼女には珍しくゆったりとしたベージュのセーターと茶色のロングスカートである。服選びでその時の気持ちが変わるというのは本当である。だから月奈は戦闘の時は身を引き締める黒革の衣装を好むし、リラックスする時はだぼだぼのスウェットを着る。気分転換というのはいつでも必要だ。そして今は苺を迎えるに相応しい服を選んだのだった。


「それにしてもあいつ、なんだったんだろ」


 なんとなくすっきりしない戦闘の終わり方で、月奈はまだカリカリしていた。苺と会う心持ちにシフトしたいのだが、頭に浮かぶのはあのきざったらしい白い仮面のことである。


「無貌の仮面がなんとか、月命党がどうとか」


 マンションを出て歩いていく間にも(ぴょんぴょん跳躍していくことはしなかった)そんなことばかり考えてしまう。彼らは敵か味方なのか――いや、味方ということはないだろう。かと言って敵と断ずるには難しい。あの無貌の仮面のやったことは無法ルナティカンの退治だった。そのあと自分に向かってきた理由が分からないが、単純に悪事を働く奴でもなさそうだ。


 そして月命党というキーワード。彼らはなんらかの地下組織なのか。だとしたらその目的は? それが分からない以上はなにも言えない。世界を変革するとかどうとか言っていたが。


「……バッカじゃないの」


 月奈はむりやりその言葉で斬って捨てた。


「ああ、止め止めこんなことを考えるのは。つまらん」


 そんなことを考えている内に苺の通っている小学校に着いてしまった。時刻は午後三時。苺はあの襲撃があるまでクラス委員をしていたらしいのだが、そのことが切っ掛けでその重荷から解放されたのである。純然たるルナティカン犯罪の被害者である苺にはいろいろと気遣いが回っているようだった。ともあれ、この時間ならもうすぐ6限目も終わって彼女は帰ってくるだろう。


 小学校の回りは警察官が数名武装して警護していた。ルナティカン発生から、こういったところの防備は厳重になされるようになった。狙われるのはいつだって弱い者なのである。その武装もそこいらの警邏が持つものとは比べ物にならない。堅牢なプロテクターを装備し、両手にはサブマシンガンが抱えられている。こんな厳つい警察官が周りにいたら小学生もびくびくしてしまうのではないかと月奈は思ったのだが、どうもそうではないようだった。今の子供は産まれた時からその世界に住んでいて、それを当然のこととして受け入れているのだった。


 それだけ装備を充実しても、ルナティカンとの戦闘は苦戦を強いられるのが現実である。警察官の殉職率はルナティック症候群発生以後右肩上がりで、警察官志望者も年々少なくなっているらしい。


 と、いうことを宇田から聞いたことがある。


 宇田には常に感謝の心を持っている。こうして平然と小学校の前で待っていられるのも彼のおかげだ。本来成人の月奈が近辺をうろついていたら不審者扱いである。昨今の状況から鑑みれば即射殺されてもおかしくはないのだ(もっとも、機関銃程度にやられる自分ではないと月奈は思っていたが)。それがノンビリしていられるのも、職質を受けた際に宇田の名前を出したからである。


「あ〜あ。早く帰ってこないかなぁ」


 そんなに時間も経っていないのに、月奈は早くも退屈し始めた。早く苺の無垢で可憐な顔を見て癒されたいと思った。そうすれば今胸の内にくすぶっているもやっと感も晴れることだろう。


「はーやーく、はーやーく」


 月奈は校舎の時計台を見ながら時間を潰した。次第に登下校口からわらわらと子供たちが駆けながら現れ始めた。本当に子供というのは元気が有り余っているものだ。そんな中でひときわ目立つ天然の栗色の長髪が目についた。苺である。彼女は女友達となにか談笑しているようだったが、その顔はいつものようにボンヤリしていた。明るい子だが、どこかつかみどころのない顔をしているのも苺だった。なにかいつでも空想に耽っているような……


「おーい」


 月奈が手を振ると、苺はこちらに気付いたようで、友達の輪から離れて、腕を左右させて駆けてくる。


「つきなー」


 苺はその直前で足をもつれさせ、転びかけた。それを月奈は抱いて受け止める。苺は月奈の腕の中で顔を赤らめながらはにかんだ。みっともないところを見られて恥ずかしかったのだろう。


「大丈夫」

「えへへ、だいじょぶ、だいじょぶ」

「足挫いたりとかしてない?」

「だいじょぶだってばぁ」


 いい加減苺も子供ではあるが、甘えたっきりでいたままでいられるほど幼くもなかったようで、月奈の扱いに少し拗ねたような顔を見せて腕から離れた。いやはや、子供というものは問答無用に可愛い。月奈はそう思わずにはいられなかった。


「これからまっすぐ帰るの?」


 苺が訊いた。月奈は首を軽く横に振った。


「ちょっと買い物してから帰るよ」


 そう言って月奈は苺の手を取った。向かう先はスーパーである。月奈の中には今夜の予定がすでにくっきりと出来上がっていた。


 そう言って手を繋ぎながら進むのだが、この真冬だというのに苺の手からは汗が滲み出ているのが分かった。どうしたものかと思って苺の顔を見ると、彼女は少し震えていて、怯えたような顔を見せている。


「……どうしたの?」

「今日の月奈、ちょっと怖い」


 ああそうか、と月奈は得心した。私はまだ少し気が立っているのだ。自分では払拭したつもりだったが、心の中にまだあの戦闘の高揚、興奮、その残滓がある。それが苺を怯えさせているのだ。それは決して少女には向かない感情だったが、それでも苺はその感受性で月奈の心を受け止め、伝染していたのである。


「ごめんね、さっきちょっと……」

「お仕事だったんでしょ? 仕方ないよ」


 まったくなっていないな、と月奈は思った。この少女を怯えさせ、あまつさえ気を使わせている。大人として恥ずべきことだ。月奈は頭を振った。もっと精神制御に修行が必要なようだと思った。


「ちょっと怖いけど、それも月奈だから……あたし、頑張って慣れていく」

「私も苺を怖がらせないように頑張っていくね」


 幸いなことに苺と手を繋いでいることで月奈の心はすっと安寧に満ちていった。苺も笑顔を取り戻した。


 そうして2人は進んでいく。



        ◇



 スーパーで買ったものは主に食材だった。自炊なんか滅多にしない月奈だったが、これからは違う。ひとりなら出前やコンビニ弁当、惣菜で済まして問題ないが、育ち盛りの少女にはちゃんとしたものを食べてもらわないといけない。それもまた自分の責任だ。


 と言って、急に凝った料理ができる訳でもない。野菜をごろごろ切って、肉を入れて鍋に煮込む。作るのはカレーだった。スパイスなどを吟味する訳でもない、ごく普通のカレールゥを使ったものである。それでも月奈にとっては中々の難事だった。包丁で何度も指を切りそうになった(切ってもすぐ再生するのだが)。刀の使い方には自信があるのに、包丁の扱いはからっきしである。月奈はそのことにおかしみを感じ、自嘲気味に苦笑した。


 テレビを点けてはいたが2人とも見ていない。ただ、耳に入る情報だけで、今日の港湾占拠事件のことは報じられているようだった。表向きは警察が鎮圧したことになっている。月奈のことは話に上がらないし、無貌の仮面についてはまったく触れられない。当然だろう。月奈は仮面のことについては報告しなかったのだ。


 苺はソファに座りながらぷらぷらと足を揺らしてマンガを集中して読んでいる。


 ルゥを溶け込ませるといい香りがリビングにまで充満した。


「わぁ、いい匂い」

「もうすぐできるからね」


 カレーが十分煮込まれ、ご飯も炊き上がった。時間も丁度いい。テレビはBGM代わりに点けっぱなしだった。さらにご飯をよそい、カレーをかけていく。これまでの生活で苺は意外と大飯喰らいであることが判明していたため、こんもりと大盛にした。月奈自身はさらに多く盛りつけた。戦闘があった日は腹が減って仕方がないのである。それは体力を消耗していることもあるが、きっと精神的なもののほうが強いのだろうと思っていた。


「いただきまーす」

「いただきます」


 本来、月奈は辛い方が好みだが、今夜は苺の舌に合わせて甘口にした。苺は子供の旺盛な食欲のままどんどん皿を平らげていった。それに合わせて月奈もばくばく食べる。いつしか食事は早食い競争の感を呈していた。


「ごちそうさまぁ。えへへ、あたしの勝ちだねっ」


 満面の笑顔を見せる苺に月奈は肩を竦めながら苦笑した。


「まったく、本当はゆっくり食べないと栄養がちゃんと行き渡らないのよ」

「月奈はちゃんとしてたから、そんなにおっぱいが大きいんだね」


 まったく不意打ちの言葉であったため、月奈は慌てて腕で胸を隠すような仕草を見せた。確かに自分の胸は小さくはないが、目立つほどに大きい訳でもない。Eカップの胸である。


「いいなぁ。あたしも早くりっぱなおっぱいが欲しいなぁ」

「馬鹿なことを言わないの! 胸が大きいからってなにが得という訳でもないし……」

「えー。おっぱいが大きい方が格好いいよ」


 どうも苺はヘンな価値観を持っているようだったここに至り、月奈は苺が相当の天然娘であることを悟った。まったく、これからがたいへんになる。


 それでも月奈は、まったく悪い気分はしていないのだった。

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[良い点] 女の子におっぱいの大きさを指摘されて思わず胸を隠す月奈が可愛いすぎる!相手は子供なのに意識しちゃってるの可愛すぎる!!
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