表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/37

7:無貌の仮面





 血が冷たくなっていくのを感じる。戦いの場に赴く時はいつもそうだ。ずいぶんと慣れてしまった。心地いい冷血と、それを周りに置いて心の芯に確かにある静かな興奮。自分が自分であると確信できる瞬間。それはいつだって歓喜の瞬間であったが、同時に精神は冷徹に研ぎ澄まされていく。その矛盾したような心のありようが月奈の最大の武器だった。超常的な身体能力、戦闘技術、その他諸々の要素はあるが、一番はそれだった。


「今日は雑魚じゃなきゃいいけどね」


 彼女は痺れるような戦闘を求めていた。木っ端ルナティカンの掃除ではなく、危機を感じるほどの闘争を。刀を握りながら彼女はそれを願う。しかしそれは難しいだろう。月奈はあまりにも強すぎるのだ。


「まあ、苺を迎えに行かなきゃいけないから、早く済ませなきゃならないんだけど」


 戦闘衣装に着替え、刀をベルトに差して準備は万端である。


 目的地は市の港湾区画、その埠頭にある第4倉庫だという。月奈が本気で駆ければ、タワマンからそれなりに距離はあるが10分も掛かるまい。いちいちマンションの下まで戻るのは面倒だったから、月奈はバルコニーからそのまま飛び出した。そして宇浪野市の街中を跳躍しながら駆けていく。どうせなら飛行能力でもおまけに付いてくればよかったのに、などと思いながら。


 港湾地区はすでに警察に包囲されていた。時刻は午前11時。潮の香りが鼻につき、昼食はお魚がいいな、と月奈は場違いな考えを弄ぶ。


 いすれにせよ、乗り込む前にまずは宇田に事情を聞いておかねばならない。月奈は彼を探した。それはすぐに見つかった。宇田は厳つい刑事面々が揃う中でもさらにいかめしく、身長こそそんなにないが、よく目立つのである。


「よく来てくれた、月奈」

「こんなところを占拠してなにするつもりかしら」

「占拠というよりは単純に略奪だろう。ここの物資を売り捌いてぼろ儲けするつもりらしい」

「そんなものを買う業者なんているのかしら」

「闇の販売ルートがある。俺たちはそれも追っているんだが、摘発するのは難しい」


 月奈は話を訊いて、ふぅとため息を吐きながら肩を竦めた。


「まったく、生きていくならまっとうに働けばいいじゃない。なんであいつらって基本的に無法行為に走るのかしら。理解できないわ」

「社会になじんでいるルナティカンも少なからずいるのだ。あれをすべてだと断定するのは未熟というものだ」


 宇田の口調はやけに説教臭かった。


「きみだってそうだろう」

「あら、私はただ好き勝手に、やりたいようにやっているだけよ」


 結局のところ、あの無法ルナティカンどもと自分の違いは、人様に迷惑を掛けているか否かの違いでしかない。だから月奈はかれらに同情を持ちつつ――同時に遠慮なく叩き潰すことができるのである。法で縛られないのなら、力が物を言う。そういった世界観は月奈の好みだった。


「私は自分のやっていることを正義ぶるつもりはない」

「まあ、きみはそれでいいだろう。では任せたぞ」


 月奈は現場に向かう。ここで働いている港湾労働者たちはすでに避難しているらしく、海から漂う冷たい風とともに、どうにも凍えた空気が漂う。そこをひとりで進んでいるとさらに心が冷徹になっていく。悪くない気分だった。ロングブーツがかつかつと道を叩く音も小気味いい。


 月奈はいつでも戦闘的な女ではない。普段の彼女はのんべんだらりとした自堕落な女だ。だがひとたびスイッチが入ればその顔は怜悧になり、精神が研ぎ澄まされていく。彼女は自分のスイッチの入れ方をよく心得ていた。そしてそうなれば、所謂「ゾーン」に入った月奈を止められる者はどこにもいない。


 敵がいるという第4倉庫はすぐに見つかった。湾から平行するようにして、海沿いの手前から1、2、3……という風に分かりやすく並んでいたからである。第4倉庫は大手電機メーカーが抑えているところであり、賊の狙いは高く売り捌ける精密電子機器なのだろう。


「さて、とぉ……」


 入り口に立って改めて気合いを入れる――のだがどうにも様子がおかしい。シャッターが上がっていて、その奥からは叫び声が無数に響いてくる。月奈はその明敏な感覚、そして動物的本能によってそれが闘争の音であると察知した。


「まさか、私の先に入って行った奴がいるの?」


 どこの正義の味方ぶった奴だろう、と思った。警察から依頼を受けたのは自分だから、戦っている奴は無償の奉仕をしているに違いない。騒音から察するに一方的な戦闘が行われているようだから、敵の仲間割れという線も考えにくい。


 月奈は憤った。私の獲物をかすめ取る奴はどこのどいつだ。


 いずれにせよ踏み込むことに躊躇はない。月奈は自分の存在をあからさまに証明するように、ダンッ! と足を鳴らせて倉庫に中に入った。


「これは」


 月奈はその光景を見て、まずなによりも自分の感覚に驚愕した。中ではすでに6人ほどの男が倒れていた。そのすべてが心臓を貫かれ、息絶えている。恐るべきことには、彼らには抵抗した形跡すら見当たらなかったのだ。月奈が驚愕したのはまさにそのところにある――彼女はそこに殺戮の美を見たのだ。


 こんな芸当を見せられる者など記憶には見当たらない。月奈は当初の怒りを忘れ、この業を披露した張本人に俄然興味が出てきた。


「く、くそったれがぁ!」


 追い込まれたのだろうと思しき暴漢の絶叫が響いた。月奈はさらに奥へと踏み込んだ。ひょっとしたら外よりも凍えるのではないかという冷たい空気の中で、7人ほどの男たちが拳銃を構えて敵に向けている。そしてその敵というのが、白いマントを羽織り、両手にナイフを携えた細身の男だった。


「最終勧告だ。ここで手を引くと言うのなら、ぼくはお前たちを殺しはしない」


 白マントの声はなにかノイズが入ったように人工的なものだった。月奈は変声機を使っているのだなと見当を付けた。


「お、お前なんかに……やれ、やれっ! 仲間の仇を討ってやれぇッ!」

「仕方がないな」


 男たちは一斉に発砲した。密閉された屋内で、その銃声は歪んだように反響し、月奈の鼓膜を鈍く痛めた。


 しか白マントの男は射線から消えていた。月奈ですらその動きを捉えるのに苦労したほどだった。彼は銃撃されたそのまさに直前、右手に持ったナイフを鋭く真正面の男に投げつけていた。それは精確に男の胸を貫き、断末魔を上げる暇もなく倒れ込んだ。それだけではない。白マントは素早く跳躍してもうひとりの男に接近し、手早くその喉を掻き切っていた。


 私ですら捉えるのに苦労したのだから、賊どもはなにが起こったかすら分からなかっただろう。実際、白マントを囲んでいたはずの彼らは次発を射撃することすら忘れ、棒立ちになっていた。


 そこからは白マントの独壇場だった。彼はマントから追加の短剣を取り出し、再び投擲した。彼は神話の英雄のように的確に賊の急所を突く。遅れて発砲があったが彼を撃つことはできない。今この場においては銃よりもナイフの方が物を言った。彼の投擲は残った男をすべて屠った。


 キィーン、と耳に残った銃声のほかはなにも言わせぬ圧倒的にして鮮やかな手際だった。賊は全滅した。そして白マントはなにごともなかったかのように部屋の中央に戻っていた。不気味なほどの静寂が漂っていた。残ったのは拳銃をもった賊どもの骸と血痕、そして彼と月奈だけだった。


「無駄な命を散らすこともないだろうに……」


 そう呟きながら、白マントは投擲ナイフを回収し始めた。月奈はあっけにとられ、しばらく頭を真っ白にしていたが、やがて現実感を取り戻し、彼に向かって声を掛けた。


 これほどの手練れが宇浪野市にいたなんて聞いたことがない。


「あんた、何者?」


 月奈がそう訊ねると、白マントは振り向いて顔を見せた――いや、そこには貌がなかった。


「ぼくは、そうだな……無貌(むぼう)の仮面とでも呼んでもらおうか」


 その自ら名乗った名前の通り、彼は頭まですっぽり覆った白い仮面を着けていた。目線のあたりに細い穴が開いているが、その目の色までは分からない。人格をすべて隠したような仮面、そして声までも隠している。


 しかし、月奈は何故か彼が他人のように思えなかった。


「無貌の仮面んぅ? なにそのカッコつけた名前」

「ぼくはきみを知っているよ。周防月奈」


 月奈は無貌の仮面の気障な素振りに段々と苛々し始めた。たんたんと床を踏んで音を鳴らせ、腕を組んだ。


「私の楽しみを奪って、あんたはなにがしたいの?」


 仮面は答えなかった。その代わりに、月奈に向かって鋭くナイフを投げつけるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ