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31:ストロベリームーン





 たいようテレビへのテロのあと、月命党はさらなる行動を起こすと思われていた。今のところその兆候はなかったが、彼らの思想からすればなにかしらの行政府への攻撃があると考えられた。もっとも、警察も他市、他県にまで要請して人員を強化しているので迂闊には手を出せないということだろう。


 月命党がどれだけ同志を集めているのかは未だ不明だった。だが確かにその支持者は増えている。


 月奈はパトロールの回数を増やしていた。夜だけではなく昼でもある。単純なルナティカン犯罪が急減しているのは確かだったが、一方で月命党に共鳴した者どものデモは頻発し、それはしばしば暴動と転じることもあったのだ。宇浪野市の治安は形を変えて悪化していた。


「まったくキリがないわ」


 さすがに月奈も日夜戦闘に明け暮れ、やや疲れが見え始めていた。それでも家に帰れば苺に癒されるという希望の元に彼女は頑張り続ける。


 しかし、月奈は個人での掃討には限界があることを認めざるを得なかった。場当たり的な対処ではなにも状況は変わらない。とすれば、やはり頭を叩くことが解決への近道だと思うのだが、無貌の仮面は相変わらず表には出ず、その本拠地も確定できない。どうやら敵はアジトを何箇所か持っているらしく、しかもそれをどんどん増やしているらしい。その陰には月命党を支える組織があると思われ、それはヤクザ組織だというのが警察の見方だった、さらには中華マフィアまで接触しているという噂がある。


「どうにかして資金源を断つことができればいいのだが」


 と宇田はしばしばこぼすのだった。


「奴らに協力している組織は、いったいなにを期待しているのかしら」

「ルナティカン犯罪は間違いなく彼らのシノギを横取りしていた。ヤクザとしてもそれを減らす月命党は都合のいい存在なのだろう」

「イヤな話」


 ともあれ、そちらは警察の仕事である。月奈の仕事は月命党そのものを潰すことだった。


 だが、月奈の活動は月命党からも目を付けられることになっていた。月命党と彼女は明らかな敵対関係になっていた。


 ある日の昼過ぎのことである。


 月奈は食事も忘れてパトロールを続けていた。いい加減苛立ちも募ってくる。本音を言えばこんなかったるいことは早く終わらせ、もっと苺と過ごす時間が欲しい。しかし自分の存在意義をなくすこともできない。なにより彼女は月命党にたいそうムカついていた。


 そうやって飛び回っていると、彼女は5人ほどの集団に囲まれた。全員が銃で武装している。間違いなく月命党の刺客だった。月奈はため息をついた。、まったく腹立たしいことが増えてくる。こういうこともすでに何度か起こっていた。これまでの月奈はもっぱらルナティカンを潰しに行く役回りだったが、月命党は彼女を狙い始めた。狙われる立場になったのは初めてなのだった。


「周防月奈、我々の邪魔はさせん!」


 それは月奈が月命党を潰滅させうる最大のジョーカーであることが相手にも分かっているということだった。


「馬鹿馬鹿しい……その程度の人数、その程度の武器で私を倒せると思っているの?」


 とあるビルの屋上で戦闘が始まった。月命党員は巧みに陣形を作り、月奈を銃撃する。もちろん月奈は素早くそれを回避し、刀を抜いて敵に向かっていく。しかし月奈は月命党の練度が日々上がっていることを認めざるを得なかった。5人の中の一番右を狙ったのだが、その男は月奈の斬撃を巧みに躱し、それから散開して再び銃撃を仕掛ける。月奈はそれを刀で弾いた。


 簡単に行かない相手ではあった。敵は間違いなく本格的な戦闘訓練を受けている。


 月奈は打開策を考えた――ひとつは彼らの残弾数がなくなるまで回避し続けるということだった。だがこれはすぐに候補から消した。その消極さが気に入らなかったからだ。


 そこでもう一つの案が浮かんだ。それもいささか危険であるが、仕方がない。


 月奈は相手の陣からやや距離を取り、腰を落とした。敵も落ち着いて銃口を構えている。一瞬で決める――月奈は敵の中央に陣取った男が指揮官であることを看破していた。そこから突き崩す。


 月奈はそのまま突撃した。そしてそれは当然射撃されるが、今度は月奈は回避行動を取らなかった。敵への最短距離を希求する。右肩と脇腹に銃撃を受ける。だが致命傷になる場所を撃たれなければいい。もちろん痛いのは痛いが、そんなものはどうでもいい。


 あまりにも真っ直ぐすぎる突撃は月奈の読み通り、奇襲効果を与えた。彼女は一気に真正面の男に取り付き、胸に刀を突き刺す。そしてそれだけでは終わらせない。奇襲の報酬はすぐさま受け取らなければ露と消えてしまう。敵の混乱はいつまでも続く訳ではに。だから、月奈は攻撃を続ける。


 刀をぶん回し、左右の男の首を刎ねる。恐慌状態すら与えない。残った2人の内、ひとりの男は健気にも銃を構え、抵抗するそぶりを見せたが、月奈はその手を蹴り、銃を弾く。体勢のぐらついたところにそのまま圧し掛かり、副武装のナイフで首を突き刺した。男は絶命する。


 血の臭いが月奈を心地よく狂わせていく――だが戦闘はそういったところで終わった。最後の男は逃走したのだった。


「ふぅ……」


 苦戦と言うほどの苦戦でもなかったが、日を追うごとに敵は手強くなっていた。月奈自身は敗ける気はなかったが、質量ともに月命党が充実してくると手の付けようがなくなるかもしれない。


月奈は撃たれた場所をさすりながらそんなことを考えていた。傷はすでに塞がっていたが、シャツには血が滲んでいる。この格好のままじゃ帰らないな、と思いながら彼女はその場を離れるのだった。



        ◇



 結局穴と血で汚れたシャツは捨て、コンビニで買った安物のシャツに着替えて月奈は自宅に帰還した――が、オートロックの前で月奈は息を整えるように時間を置いた。まだ気が立っている。こんな状態で苺には会えない。怯えさせてしまうからだ。心をできるだけ穏やかにしてから、彼女は戻った。


「おかえり!」


 しかし、最も月奈の心を穏やかにさせるのは苺の笑顔なのだった。


「ただいまぁ……疲れたよ、苺」

「お風呂沸いてるよ」


 月奈が日夜仕事に明け暮れているものだから、いつの間にか家事は苺が担当するようになっていた。苺はそのことになんの不平も言わず、むしろ生き生きとこなしていった。曰く、「月奈の助けになれるのはうれしいから」と。月奈はその健気さ、純真さに涙が出そうになった。


 入浴すると心は完全に安楽になった。こういった場所があるのは僥倖以外のなにものでもない。だが、こんな闘争の日々もいつか終わらせなければならない――なによりも苺のために。


「えへへ、今日はカレーを作ってみたの」


 甘口のカレーは程よく心に沁みるようだった。苺はカレーを二皿も平らげた。


 それから月奈はくだらないテレビ番組をソファでくつろぎながら見ていた。柿ピーをかじりながらビールをちびちびやる。生きているということが嬉しくなる瞬間だった。そしてここには愛する人がいる。至福の時間。恍惚の時間。しかし明日になればまた戦いに赴く。その繰り返し。人生とはそういうものなのかもしれないが――


 思考がネガティヴな方向に落ちそうになる寸前、後ろから苺の声が響いた。


「月奈、つきな〜」


 彼女は勢いよく月奈に抱きついた。いつになく上機嫌な声に月奈はやや訝しんだ。


「苺、どうしたの?」

「えへへ、えへへ……マンガ、描き終えたの!」

「そうなの。よかったわね」

「月奈に読ませたくて描いたんだよ!」


 苺は上機嫌であると同時に興奮気味でもあった。


 という訳で月奈は彼女からマンガを描いたノートを受け取った。「魔法少女ストロベリームーン」と題されたマンガは、その名前の通りの主人公が魔法を使って快刀乱麻に怪物をなぎ倒すというものだった。絵柄は愛らしくあったがへたくそであり、プロットもなにもない単純な物語だったが、なにか読む者の心を温かくさせるようなマンガだった。


 月奈は夢中になってそれを読み続けた。主人公ストロベリームーンは間違いなく苺本人を自己投影したものだった。そして――要所要所で彼女を助ける黒髪のお姉さんは、どうやら月奈をモデルにしたものらしい。その2人がどんどん仲を深めていくところで月奈は心が熱くなった。2人は間違いなく恋愛関係にあった。そして最後の敵ワルガンガーを協力してやっつけ、2人は幸せなキスをしておしまい、大団円――というものだった。


 それは純真な子供だけが描ける物語だった。そして、それは苺の迂遠な告白でもあった。


「ありがとう、苺。とても面白かったわ」

「次はもっと上手いマンガを描くんだ!」


 苺は満面の笑顔を浮かべ――それから少しだけ切なそうな顔をした。


「あーあ、あたしもホントにストロベリームーンになれたら月奈と一緒に戦えるのに」


 その言葉を聞いて――


 月奈は苺を強く抱き締めていた。


「苺は戦わなくていいの。戦いなんか知らなくていいの。ただ私の側にいてくれればいいのよ。そうすれば私はどこまでも頑張れる」


 それから月奈は続けた。


「お願いだから、苺はいつまでもその苺のままでいて」


 苺の体温を感じながら、月奈はそれだけを切に願った。



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