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12:月命党





 本当はもっと遊んでいくつもりだったのだが、苺の気持ちも考えて月奈はもう帰ることにした。歩いている内に苺も気持ちが落ち着いてきたようだ。それでも明るい顔と言うにはほど遠い。


 殺したのはやり過ぎだったかな、と月奈は思った。追い払うだけなら可能だったはずだ。しかし彼女はいつもの感覚でやってしまった。苺の見るところでやるべきではなかったかもしれないが、その苺が襲われたという怒りがあったことも否定できない。


「月奈、怒ってる?」


 苺は月奈のコートの裾をつかみながら続いてきている。


「怒ってないよ」

「ゴメンナサイ……月奈は街の平和のために戦ってるのに」


 街の平和か……そう言われると確かにそうなのかもしれないが、月奈は正義の味方をやっているとは思っていなかった。ルナティカンと戦うのは闘争の快楽と――もう少し個人的な理由による。無法ルナティカンは許せないが、それはモラルによるものだとは思っていなかった。


 月奈は苺の頭を撫でてやりたかったが、荷物で手が塞がっているのでそれはできなかった。なんとももどかしい気持ちのまま進んでいく。


 楽しいことを考えようと思った。帰ったら夕食の準備をして、食べてから苺と一緒に遊んで、それから――また一緒に寝れたらいいな、と思った。でも、苺はそれを恥ずかしいと思うかもしれない。とにかく微妙な年頃である。子供でいたい気持ちと、大人になりたい気持ちがせめぎ合う時期だ。少なくとも月奈はそうだった。


 苺には健やかに育って欲しい。とくに心の面では。


 そんなことを考えていると、裾をつかんでいた苺が不意に足を止めた。上を見上げている。なにがあるのかと思ったら、そこには街頭テレビがあった。そこでは丁度夕方のニュースがやっている。


『さて、本日のルナティカン事件についてですが……』


 ルナティカンの犯罪は日常のように行われている。だからこうやって報道もされるのである。特に変わったことではない。それに苺が興味を示した理由がいまいち分からなかったが、まあ戯れに見ているだけに過ぎないのだろう。月奈も仕方なく足を止めた。興味はまったくなかった。


 しかしその後の報道に月奈は目を見張った。


『本日未明、中央区の飲食店を占拠したルナティカンを撃退したのは――白い仮面を被った男でした』


 ナレーターの言葉とともに、防犯カメラの映像が重なる。


「無貌の仮面」


 そこに映っていたのは確かに彼だった。月命党党首、無貌の仮面――月奈は決して彼のことを忘れていなかった。


『ルナティカンハンターとしては周防月奈が有名ですが、彼もそれに続く者になるのでしょうか』

『なぜわざわざ仮面を被っているのでしょう?』

『さあ、照れ屋なんじゃないですかね』


「そんな馬鹿な」


 それは照れ屋という言葉についてのツッコミだった。それを聴いた苺が月奈の顔を仰ぎ見た。


「月奈、このひとのこと知ってるの?」

「ええ、まあね」

「こういうひとが多くなったら、あたしみたいな子も少なくなるのになあ」


 月奈は微妙な気持ちだった。無貌の仮面は今のところ正義の味方ぶっているが、月命党とやらの目的が分からない以上はなんとも言えない。


 なんとも言えないのだが、苺が妙に嬉しそうな顔をしているので、


「そうね」


 と言うしかなかったのだった。



         ◇



 月命党の目下の課題は安定した本拠を探すことだった。現状、空き家や廃ビルを転々として密かに会合を続ける毎日だった。組織としてはまだ脆弱――鬼塚学(おにづかまなぶ)は5年前の蹉跌をまだ忘れてはいない。あの時は性急に過ぎた。まだ月命党と名乗る前の活動だったが、あの時はテロ組織同然であり、鎮圧されるのも当然だった。今度はもっとうまくやらなければならない。なにより潜在的な味方を少しずつ吸収していかねばならないだろう。


 その意味で、「彼」を手に入れたのは僥倖だった。


 鬼塚は無貌の仮面を待っていた。ちょうど月奈たちが見ていたニュースを同時刻に眺めている。無貌の仮面の活躍――それをメディアに乗せた意義は少なくない。ここから始まるのだ。だが彼はまだ慎重だった。


 もうすぐすれば仮面が帰ってくるはずだった。そして今後のことについて協議する。そのつもりである。


 鬼塚はロングピースを吹かしていた。人間であった頃は健康と金を考えて止めよう止めようとおもいつつも結局心が折れたのだが、ルナティカンの身体を手に入れた今となっては躊躇することはない。彼はおそるべきヘビースモーカーだった。


 そうしている内に無貌の仮面が戻ってきた。


「ただいま、鬼塚さん」

「割と遅かったな」

「あれからしばらくパトロールを続けていたもので。でも大したことはなかったですね」


 鬼塚と仮面は鉄パイプ製の机を挟んで対面に座った。そして仮面はゆっくりとその象徴を脱ぐ――そこには神秘的、あるいは不気味な印象を与える仮面とは程遠い好青年の顔があった。


 無貌の仮面の中身は霧島耀司だった。


「目的を忘れるな、耀司。我々の目的はただ治安維持にあるのではない。それは警察の仕事だ。そして最終的には警察は敵になる」

「分かっていますよ」

「まあ、お前の年頃ならまだヒーローごっこに夢中になるのも分かるがな」

「子供扱いしないでくださいよ」

「お前、今でいくつだ?」

「21ですけど」

「なら、まだまだ子供だ」


 傲然と言い放つ鬼塚に耀司は苦笑してみせた。それは人当たりのいい顔だった。鬼塚は彼が生来人の上に立つ器であることを確信していた。だからこそ鬼塚は彼に仮面を被せて神秘性を上げ、党首にし、自らは裏方に回ることを選んだのである。


「でもまあ、鬼塚さんには感謝していますよ。憎しみしかなかったぼくに新たな方向性を与えたのはあなたにほかならない」

「謙遜するな。お前はいずれ悟っていたはずだ。私が介入しようがしまいが」

「それこそあなたの謙遜ですよ。あなたのような、思想を持ったルナティカンというものはこれまでいなかった」


 鬼塚は淀みのない尊敬の視線を向ける耀司を睨み返した。敵意の表明ではない。だが友愛の表明でもない。鬼塚の顔は能面そのものである。元々表情は動かない性質なのだ。


「慣れ合いはここまでにしよう」


 鬼塚は短く言葉を切った。


鍵屋(かぎや)さんと桜乃(さくの)は」

「ふたりとも同志を募りに回っている。いずれ人員が増えれば、行動に出る時だ」

「そううまく行きますかね」

「抑圧され、しかし暴力にも走らないルナティカンは確かにいる。だがその抑圧された力は正しい方向に導かねばならない。ゆえに私たちは正義である――そうでなければならないのだ」


 ただ差別されるルナティカンでもなく、社会の脅威となるルナティカンでもなく、新しい道に――


 耀司は静かに頷いた。


「ところでお前、まだ周防月奈とは友達ごっこを続けているのか?」

「ごっこではないですよ。月奈は普通に大切な友人だ」


 鬼塚はそれを危険なことだと見ていた。周防月奈。最強の力を持ちながら、警察と組んでルナティカン狩りを行っている女。彼女が彼らの計画に対する最大の不確定要素だった。


「耀司、下らん情は捨てろ。あれは最終的には敵にしかならん」

「そうですかね。ぼくは彼女が仲間になってくれると信じている」

「それが情ゆえの認知障害だと言っているのだ」


 耀司はあからさまに不愉快な顔をした。


「ここだけは譲れませんね。鬼塚さんがなんと言おうとも、ぼくは彼女との関係を続ける」


 個人の情ほどやっかいなものはない。それが最終的に耀司を破滅させはしないかと鬼塚は心配していたのだが、情であるがゆえに理屈では覆せないものなのである。ここはもう、彼が悟る時を待つしかない。手遅れになる前に。大丈夫だろう。耀司は賢い男だ、いずれ私が言っていることを理解する時も来るだろう。


「で、次の手は?」

「近々大規模なルナティカンの暴徒が、ポルトラントのショッピングモールを襲撃するという情報が入った。ここで我々はそれを鎮圧し、名を売る。月命党の名を世に出すにはいい機会だろう」


 鬼塚は珍しく口角を上げ、笑った。


「もちろん先頭にはお前が立つのだ、無貌の仮面」

「分かっていますよ」


 そうして、誰も知らない所で陰謀は動き始めつつあったのである。

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