表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/23

八尺の怪物

 純白のワンピースを身に纏う八尺の怪女。

 不敵に笑うその女は目下のメリーを前に、親指で首を掻っ切る動作で宣戦布告を。


「ふん、上等だわ」


 対するメリーは中指を立ててお返しを。

 つまりこれが戦闘開始の合図となる。


「ぽぉおおおおおお!」


 巨女は奇怪な雄叫びを上げると、メリーの顔面に向けて右のストレートを放つ。

 メリーは軌道に合わせて左脚を上げると、(かかと)と拳が鈍い音を立ててぶつかり合った。


「そこそこ重い打撃ね。だけどいつまで続くかしら」

「ぽぉぉぉおおお!」


 続いて巨女は左拳も振り上げて腰の入った左フックを打ち込むも、メリーは俊敏なステップで足を入れ替えると、右足底(みぎそくてい)のストッピングで迎え入れる。

 しかし巨女はひるまずに、再び右拳を出すと同時に左拳を引く。

 それを交互に繰り返せば、強力なフィジカルによる猛烈なラッシュへと移り変わる。


「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!」

「なかなかの速さじゃない。だけど私の足捌きは超えられない」


 メリーは右足の蹴撃の連打のみで、巨女の猛打を全て捌き切る。

 暫くの均衡が続くが、連打の中で特に力を込めた巨女の右拳。それを打つ瞬間の強張りに気付いたメリーは、直後に巨女の前から消えてなくなる。


「ぽ?」


 拳が空振ると、戸惑う巨女は左右を見渡すが、メリーの取る位置は死角の背面。


「後ろだ!」


 強烈なサイドキックが巨女の背中を貫いて、八尺もある体躯は向かいの店まで飛んでいき、豪快に扉を突き破ると砕けた壁の瓦礫に埋もれた。


「さすがメリーさんだにゃ! これであのデカ女も――」

「そう、デカ女。雪女とは訳が違うフィジカルの化物よ。この程度で倒れてくれるような柔な相手ではないわ」


 がらがらと瓦礫を崩して身を起こす巨女。

 前進すると軒やのれんごとへし折って、八尺の巨体を露わにする。


「ぽ……ぽぽ……」

「”ぽ”しか言えないの? まあ直ぐにくたばるのだから、言葉を交わす必要は――」

「仕方ないぽ」

「――え?」


 これまで唇を突き出して、”ぽ”しか語らなかったその巨女は、滑らかに口を動かして人語を喋りはじめる。


「”ぽ”は口癖ぽ。人の声真似くらい訳ないぽ。私の名はユイ・フィート。今から本気を見せてやる」


 ユイは正面に構えると、弧を描くように両手を回す。

 そしてハイタッチをするように両手を頭上に掲げると――


「ポポポポ~ン」


 直後にユイの背後には巨大なスロットが浮かび上がる。

 高速で回転するスロットの目には、なにやら文字らしきものが記されている。


「こ、これは一体……」

「ACマギア。それが私の能力ぽ。そして見るがいい、スロットが選び出す凶悪無慈悲な結果をな」


 次第に速度の落ちるスロットの目。

 緩まる出目が記すその言葉の法則は。


「おはよう、こんにちは、こんばんは、さよなら、おやすみなさい……これは挨拶の言葉?」

「その通り。これらの魔法の言葉(マギアフレーズ)が示す解釈が、これからの貴様の運命だぽ」

「ちっ……」


 メリーは再び姿を消すと、ユイの背後にまで移動する。

 だが狙いはユイではなく、腰を捩って目線はスロットに。鋭い後ろ蹴りを浴びせた、その直後。

 メリーの脚はスロットを透過して、体は勢いのまま前方につんのめる。


「ふ、触れられない……」

「甘い。そのスロットは虚像。誰にも結果は止められないぽ」

「だったら――」


 再び振り向くと、メリーは本体であるユイに蹴りを入れた。

 しかしメリーの言う通り、この八尺の化物はフィジカルに特化したモンスター。拳で蹴りを迎え入れ攻撃は阻まれる。


「この短時間で倒れる程、軟弱な体じゃないんだぽ」

「くっ……」


 次はメリーの方からラッシュを仕掛ける。拳と脚の激突が轟音が奏でるが、互いに深いダメージには至らない。

 ここで決めねばと、攻め急ぐメリーはアブソリュート・ビハインドを使って、ユイの背後に回ると決断した――はずだった。

 しかしメリーの眼前の景色は変わらず。唖然とした一瞬の隙に、ユイの剛腕がメリーの腹に突き刺さる。


「あぐ……」

「タァアアアイムアァアアアッポ!」


 みぞおちから体を震わす衝撃に、メリーは堪らず膝を着いた。


「な、なぜ……私の能力が発動しない……」

「ぽふふ……答えは私の後ろ。見るがいいぽ」


 八尺の長身の更に頭上。虚像のスロットは出目を示し終えていた。


「い……いただきます?」

「必殺の出目ではなかったけど、十分強力な目が出てくれたぽ」

「ご飯を前に使う挨拶。いただきます……頂きます。まさか私の能力を……あなたが頂きます……ということ……」

「察しがいいぽ。厄介な能力は封じさせてもらった。そして頂くということは当然――」


 にやりと嫌らしい笑みを浮かべた直後、ユイは忽然と姿を消した。

 能力を知るメリーですら気付いた時には既に遅く、ノータイムで背後に回るユイは、メリーの背中に渾身のストレートを解き放つ。

 規格外のフィジカルが生み出す会心の一撃を、無防備な背中でまともに受けると、メリーの体は平屋を何軒も貫いて、ユイの目の前から消失した。


「ぽぉおおおおおお! ぽっぽっぽぉおおお! 勝ったぽぉおおお!」


 拳を突き上げ勝利を謳う。

 そしてユイは残るミュウの前に立ちはだかった。


「ぽぽぽ……まったく、この町には可愛い子供がいると聞いたのに。てんでどこにもいやしない。小柄な君を見てまさかと思いはしたが、好みの年頃から外れてるぽ」

「にゃ……にゃわわわ……」

「なぜだか大安町に来てから、むしゃくしゃしてしょうがなくってね。ストレス発散に、私の拳の餌食になるがいいぽ」

「ひぃぃぃ……」

「ぽふふ……脅えちゃって……って……お前は一体どこを見てる……」


 脅えるミュウの視線は八尺の高さに聳えるユイの方を見ておらず、琥珀の瞳は微かに震えて潤んでいる。

 ユイはミュウの見る方角に覚えがあり、咄嗟に後方へ振り返った。


「ぽ……お前……」


 突き抜けた穴の先から、緩やかに歩みを進める呪いの影。

 わらわらと金髪を逆立てて、血に濡れるメリーは全身を真っ赤に染めている。

 中でも特に、一点を射抜く見開かれた瞳は、紅蓮の炎に激しく盛っていた。


「貴様……私の後ろに立ったな……」

「ぽぽ……それが一体なんだって――」

「死ぬがいい」


 腰を落としたメリーの姿がユイの視界から外れた刹那。

 懐に潜り込んだメリーは下顎を貫くように足を掲げて、次にユイが見たのは青空に飛翔する赤い炎。

 浮いたユイの体を踵落とし(ネリチャギ)で叩き落とすと、巨体が地に着く前に、鋭いサイドキックが脇を打ち抜き、吹き飛ぶユイを迎えるように胴回し回転蹴りが炸裂する。


MARY(メリャ)AAAAAAAAA(アアアアアアアアア)!!!」

「ぼぼぼぼぼぼ……ぼっはぁああああああ!」


 止まらない、緩まない、地に着けない。

 メリーの神速の蹴撃の嵐は、留まる様子をまるで見せない。


「は、速過ぎるにゃ……猫の動体視力でもまるで追えにゃい。能力に目がいってしまうけど、そもそものメリーさんの強さの根源は鍛え抜かれた圧倒的な身体能力!」


 能力を消失したメリーの動きはノータイムという訳ではない。だが巨躯のユイからしてみれば、もはや瞬間移動と変わらない。

 メリーの動きを追えぬユイは、がむしゃらにアブソリュート・ビハインドを使用する。そうすればメリーの背後に回れるはずだと。

 しかし能力を使ったユイを待ち受けるのは、超反応で察したメリーの後ろ蹴り。残酷な足底がユイの顔面を蹴り込む間際の瞬間だった。

 直後に顔を打たれて、鼻血を噴き出すユイはふと意識が飛びかける。


(こんな奴……見たことない……ここまでの力を持つ妖怪なんて……こうなったらリスクはあるが最後の手段……!)


「ポ……ポポポポォオオオオオオン!!!」


 合言葉を唱えることで、再び現れるACマギアの巨大なスロット。

 だが高速回転するドラムが止まるまでは、メリーの猛攻を受けきらねばならない。

 反撃は不可能と直感し、ユイは頭を抱えて蹲る。


「し、死ぬ……死んでまうぽぉおおおおおお!」


 屈んだところで的は巨大。メリーは一心不乱にユイの体を蹴り続ける。

 腕は折れ、足はひしゃげ、背骨も砕けたユイの命を保つのは頭部と心臓の二つだけ。その二つの内のどちらかが砕かれてしまえば、ユイの敗北は決定する。

 もはや風前の灯のユイ。もはやこれまでと諦めかけたその時、ユイの生を求める本能は一つの作戦を閃いた。


 (とど)めの蹴りが頭を砕くすんでのところ、メリーの目の前からユイは姿を消した。反射的に後ろ蹴りを繰り出すメリーだが、それもむなしく(くう)を切る。

 咄嗟に周囲を見渡すと、腰抜けたミュウの背後には、大きくはみ出た丸まるユイが、したり顔を浮かべていた。


「ぽひひ……何も攻撃だけじゃないってね……」


 その瞬間、スロットのドラムは魔法の言葉(マギアフレーズ)を表示する。


『おやすみなさい』


 その文字を見た時、メリーの頭には死が浮かんだ。

 永遠の眠りを死に例える、そういう連想が頭を過った――のだが。


「ぽ、ぽぽ……ぽぉおおおおおおぉぉぉ……ぐぅぐぅ……」

「ほ、ほんとに……」

「眠るんかいにゃ……」


 地面に寝転んで大の字でいびきをかく。そんなユイの体は瞬く間に回復し、骨も傷も全て元通りに復元していく。

 それが”おやすみなさい”のメリットで、そしてデメリットは――

 ひたひたと歩み寄るメリーは眠るユイの枕元に立つと、幸せそうな顔に一直線、力の限りの踏みつけ(ストンピング)で顔面を破壊した。


「おやすみなさい……」

「まいった……もうだめぽ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ