不幸の大安町
メリーとミュウは荒野を抜けて、草原地帯を歩いて進む。
疑問を持たずに歩いていたミュウだが、ここで一つメリーに尋ねてみることに。
「あの……メリーさんはどこを目指してるにゃ?」
一瞬の間が空いて、少しの気まずさを感じるミュウ。
「……特に……」
「え……と……それってつまり……」
「行き当たりばったりということよ」
唖然としたミュウはその場に立ち尽くし、振り向くメリーはあっけらかんと首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ、呆れたにゃ……念の為に地図を持ってきて良かったにゃ」
「あら、そんなものを持ってたのね。足手まといと言ったけど、さっそく役に立ちそうね」
ミュウは荷物袋から地図を取り出すと、腰を屈めて地面に広げ、メリーはそれを横から覗き見る。
「この先を真っすぐ東に進んでも、海に続くだけで何もないにゃ。北東に町があるから、そこを目指して進むのが良いにゃ」
「ふぅん。町の名前は大安町。何やら演技が良さそうね」
「幸せの町と呼ばれているにゃ。ボクもちっちゃい頃に一度だけ行ったことがあるけれど、皆ニコニコ楽しそうな町だったのにゃ」
「幸せ……か」
ぽつりとメリーが漏らして、ミュウの耳はぴくりと動くが、しかしその先を聞くのは何故だが少し憚れた。
地図を丸めて北東に進むと、途中には橋の崩れた川があった。
オロチが東の妖界を支配してから、村や町の交流は乏しくなり、特に猫多羅村にしか続かないこの橋は、誰にも直されることはない。
「仕方ないわ、靴を脱いで渡るしかなさそうね」
赤い靴を両手に持って川を渡ると、突然に足を掴まれるメリー。
水面からは皿が覗いて、続いて嫌らしい緑の顔が浮かび上がると――
かかとでもって一撃粉砕。メリーのストンピングに河童の皿は粉々に砕け散り、川の流れに乗って消えていった。
「メリーさんは下も許さにゃいんだね……」
「こればっかりは私に限ったことじゃないでしょう。変質者だから許せない、それだけだわ」
川を渡り終えて暫く歩くと、ようやく道らしき道が現れて、花逍遥を楽しみながらに進む内に、先には規則正しく平屋が並ぶ、大安町が見えてくる。
「うわぁ、懐かしいにゃぁ。昔とちっとも変わらにゃい」
懐旧に浸る琥珀の瞳はきらきらと輝く。
しかしそれは町の入口を跨ぐことで、次第に薄れて険しくなった。
商売っ気のある化け狐と化け狸が住まう町。出店の活気に賑わっていた大安町は過去のものと成り果てて、大通りはがらんと空いている上に、道沿いには戸を閉め切った平屋が目立つ。
「なんだか寂しいわね」
「そんにゃ……昔は道沿いの平屋は全てお店だったのに。それに空いているお店も、にゃんだか全然活気がにゃい」
店の主はみな俯いて、ぶつぶつと独り言をぼやいている。
これはこれで怪談で、化け猫のミュウですら薄気味悪い寒気を覚える。
「そろそろお昼時だわ。ご飯を食べたいところだけど……」
「あ、あれって飲食店じゃにゃい?」
ミュウの指差す先には、へたった”のぼり”が立てられて、申し訳程度に木製の長椅子が置かれている。
「お団子売ってるかにゃぁ。久々に食べたいにゃ」
「肉食ではなかったの?」
「甘いものは別腹にゃん♪」
ミュウは先に駆け出して、店前に立つと戸には食処と書かれている。
意気揚々と戸に手を掛けて、開いた瞬間のことだった。
「痛てっ!」
白い何かにぶつかって、ミュウはその場に尻もちを着く。
何者かと見上げると、のれんを割って出でる、白の衣を纏った大男——否。
「お……女の人? 八尺はあるにゃ……」
「ぽ……ぽ……ぽぽぽ……」
超高所から小柄なミュウを見下ろす巨女。
膝を折り曲げ腰を下ろすと、ミュウに手を差し出した。
「あ、ありがとう……」
「ぽ……ぽ……ぽぉおおおおおお!」
突然に雄叫びを上げて、差し出した掌を握ると、巨女は巨大な拳をミュウに目掛けて振りかぶる。
「ひぃいいいいいい!」
落とした腰が更に抜けて、ミュウは退くこともできず、振り下ろされる巨拳に為す術もなく潰される――間際のこと。
ひょいとミュウの首を引き上げる白い腕が一つ。巨女は拳が空を切った勢いで、前のめりに地面に転がった。
「メ、メリーさん!」
「アブソリュート・ビハインド。何も攻撃だけに使うものじゃないわ」
ミュウを地面に下ろし、巨女に向ける視線は下から上へ。立ち上がるとメリーでさえ子供に見える、八尺の怪物。
「私、メリー。今、これからすぐに、あなたを上から見下してあげるわ」
「ぽぽぽ……ぽふふふふ……」