捜査協力
その日も病院に泊まり五日目の朝を迎える。
清々しい陽気に目覚めると、病に伏していた体はうんと軽くなっていた。
「うぅん! ようやく体調が戻ったにゃ」
「一度喰らえば四日は寝込む。二度と味わいたくない能力ね」
「ま、マスク警察は一度知られると二度目は早々通じませぇん。マスクをするだけで防げてしまう力ですからぁ」
「にゃるほど。それなら防御もお手軽に――」
「あ、でも。鼻出し顎掛けは貫通しまぁす。ウレタンマスクでも貫通しまぁす。判定は厳しいですからぁ。十分気を付けてくださいねぇ?」
それを聞いたメリーとミュウは、しっかりとマスクで鼻と口を塞いで、そして病院の出口を跨いだ。
「んじゃま、まずは家主のところまで行きますかぁ。一応まだ部屋の所有権を持ってますし、家主に断りをいれなければなりませぇん」
街中を歩いて進んで、ここでメリーとミュウははじめて不死三の町を目にする。
「駅舎にワープして、その後は意識が朦朧としてたから、新しい町にいる気が全然しなかったわ」
「す、すげぇのにゃ! あれは”きさらぎ”の異界でも見た、餓鬼の乗ってたバイクより大きい走る鉄の塊なのにゃ!」
「あなたどこの出身ですかぁ? 自動車を知らないなんて、そうとう田舎から来たんですねぇ」
呆れるようなヨーコだが、ミュウが毎度毎度驚く度に、マスクに隠れた鼻を高くして説明する。
「自分が綺麗かどうかを聞くだけあって、何かと自尊心の高い女ね」
そんな愚痴っぽい呟きは、白熱する自慢話の声にかき消され、熱中するヨーコは目的地を前にして慌てて足を止める。
「おぉっと! 危ない危ない。過ぎ去るところでしたぁ」
「にゃんだ、このでっかい建物は……」
「不死三警察署ですよぉ。現場も家主の仮住まいも、ここから歩くと時間が掛かりますから、パトカーに乗って行きましょう」
「ぱとかー?」
「警察専用の自動車ですよ」
「にゃ! 車に乗れるのかにゃ! うわぁい! 楽しみだにゃ!」
好奇心に目を輝かせるミュウを見て、ヨーコはふふんと鼻を鳴らした。
「そういえば都市伝説の亜種で、車に乗る口割れ女もいたっけか」
またもメリーの呟きは、ちゃらちゃらと得意げに鍵を回す音に紛れて消えて、ヨーコは威勢よくパトカーの扉を開く。
「では乗ってくださぁい」
「うわぁい! 楽しみだぁ!」
「ちょっと待って……なんだか車体に傷が目立つのだけど……」
「さぁ、乗った乗った!」
メリーは一抹の不安に煽られながらも、ミュウと共に後部座席に乗り込んだ。
「行っきますよぉおおお!」
ヨーコが鍵を差し込んで、エンジンが掛かるや否やペダルはベタ踏み。赤色灯を撒き散らし、猛スピードで街中を爆走しはじめた。
「ぎにゃあああ! 死ぬ! 死ぬ!」
「ちょっと! あんた警察の癖に! 安全運転をしなさいよ!」
「へぇ? 緊急車両ですからぁ。シートベルトはお忘れなくぅ」
赤信号を全速で突き抜けて、十字路をドリフトで旋回し、ヨーコの運転するパトカーは全てを抜き去り疾走する。
「うえ……せっかく体調が戻ったのに、また気持ち悪くなってきたにゃ……」
「吐いたら迷惑料で罰金ですぅ」
「タクシーじゃないのよ……まったく……」
辛い時間が続くが、幸いにも爆走していた為に、目的の場所まではそれほど掛からずに到着した。
パトカーを降りると同時に、ミュウはおろおろと胃の中身を吐き出す。
「おや猫さん、毛玉でも飲んじゃいましたかぁ?」
「おえ……また乗らないといけにゃいと思うと、とても憂鬱にゃ……」
「まあまあ、ここから現場まではそう遠くはないですからぁ。ではまず、家主の仮宿に訪問しましょぉ!」
木造二階建てのアパートの二〇二号室。その部屋が現場の家主にして、一人かくれんぼの呪いの被害者であり、呪われたマンションの管理人からしてみれば、物件を台無しにした加害者となる。
ヨーコが扉の戸を叩くと、中からは鳥のくちばしに羽を持ち、人の手足の生える鳥男ともいえる者が現れた。
「ああ、警察の姉ぇちゃんか」
「マスク! 人と会うならマスクしなさぁい!」
「ったく、面倒くせぇな……勝手にそっちが来ただけだろ」
鳥男は部屋の奥へと入っていくと、次に顔を出した時には天狗の面を被っていた。
「あ、駅員さんと同じだにゃ。あれってマスクだったのかにゃ。だから駅員さんはマスク警察の被害を免れたのかにゃ」
「ま、お洒落マスクってことでぇす。とはいえちゃんと基準値を満たしているので、私が能力を発動しても問題なしです」
不死三町の主たる住民は天狗たち。
とはいえ神として崇められるような大天狗ではなく、社会人として働いて賃金を稼ぐ、格の低い木の葉天狗だ。
「つうか、早いところ呪いをなんとかしてくれ。家には家具も残ってるし、呪いが解けるまでは家賃も請求されてんだ。警察はほんと役に立たねぇ」
「お言葉ですがぁ、興味本位で呪術をしたあなたに責任があるんですよぉ? 迷惑しているのは警察と管理人。その自覚を持って下さぁい」
「呪いがあんな強ぇとは思わなかったんだよ」
悪気なくぷいとそっぽを向く男。
メリーはあからさまに不機嫌そうで、一歩前に出ると男に一つもの申す。
「呪術に手を付けるなら、解呪まできちんとやりなさい」
「怖くなっちまったんだよ。慌てて家から逃げ出して――って……お! 可愛い姉ぇちゃんじゃねぇか! あんたも警察なの?」
「違うわ。私は捜査協力をする一般人」
「ほんとに!? じゃあ話をするからさ、ちょっと二人で楽しもうよ」
下から上へ、木の葉天狗は舐めるようにじっとりとメリーを見回した。
「はいはい、濃厚接触はアウトでぇす。それよりまた現場に入りたいのだけど、その許可をあなたに貰いに来ましたぁ」
「入りたいって……まだ一度も入れてねぇじゃん。勝手に行けよ」
「待ちなさい。あなたも一緒に来るべきだわ。解呪は基本的に施した者にしか行えない」
「ええ!? 嫌だよ! あんな薄気味悪い所、誰が二度と行くもんか!」
メリーはやれやれと息衝くと、起こした顔には笑みを張り付け、あざとく首を傾げてみせる。
「ねぇ……あなたが来てくれたら。もし部屋が解呪されたら。私をお部屋に招待してくれないかしら?」
「ま、まじ!? 行く行く、行くよ! 準備するからちょっと待ってて!」
男は慌てて部屋に戻ると着替えを済ませ、戻って来た時には、なぜだが財布をしきりに覗いていた。
「ん? お家で遊ぶのに財布なんて関係あるのかにゃ?」
「古典的な忍ばせ場所ね。ミュウにはまだ早いわ。それにしても最低な男ね」
首を傾げるミュウに、嫌悪を浮かべるメリーとヨーコ。
浮かれる男を引き連れて、一同は呪われたマンションへと向かって行った。