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メリーVS雪女

 並んで荒野を歩いて行き、その間は気まずい無言が辺りを包む。

 ちらりちらりと視線を送るも、メリーは眉一つ動かさず鉄仮面の面持ちだ。

 歩みを進めていく内に、次第に遠目には雑木林が見えてきて、その隣にある小さな村がミュウの住む猫多羅(みょうたら)村だ。

 茅葺(かやぶき)屋根の素朴な民家が立ち並び、寂れた景色に活気はない。女子供は目に付かず、老猫ばかりが腰掛けて俯く。


「随分寂しい村なのね」

「ぬらりひょん様の時には、もっと元気な村だったんだにゃ。でもオロチに代わってしまって、村娘が攫われて、今ではこんな有様だにゃ」


 餓鬼どもに襲われたのであろう、村には倒壊した民家もちらほら目立つ。

 並んで先へ進むと、村の中心には塀で囲まれた一際立派なお屋敷が建っている。


「ここがボクの家だにゃ」

「あなたがこの村の長なの?」

「ううん、爺ちゃんが長老で村長だにゃ。ボクはその孫娘」

「そう、両親は?」

「父ちゃんはぬらりひょん様と共に戦って……母ちゃんはその後、オロチの生贄に……」

「……悪かったわ」


 依然として鉄仮面を張り付けるメリー。今は紅蓮の輝きは鳴りを潜めて、淡く儚い赤色を灯していた。

 ミュウに招かれ玄関に入ると、そのまま奥へと歩みを進めるメリー。背中に声を掛けられて振り向くと、ミュウはメリーの背には立たず横側を向いていた。


「お気遣い有難う。で、どうしたのかしら?」

「靴は脱ぐんだにゃ。ここではそういうしきたりにゃ」

「ああ、そうなの。西の世界ではそういう文化は無かったわ」


 血のように赤い靴を脱いで、ミュウも草履を脱いで屋敷に上がる。

 客間を抜けて屋敷の奥。御寝所の襖を開けると、中には白毛の老猫が(とこ)に伏せる。


「爺ちゃん、帰ったにゃ」

「ミュ……ミュウか……ごほごほ……おや、そちらの方は」

「メリーさんだにゃ。ボクを餓鬼たちから助けてくれたんだにゃ」


 老猫は腰を起こすと、曲がった猫背を更に折り曲げ、深々と頭を下げた。


「これはこれは……我が孫娘を……なんとお礼を言って良いのやら」

「構わないわ。それより村を襲う妖怪(オカルトモンス)について話して頂戴」


 深い皺を眉間に寄せる長老猫。

 薄く開くその目には、忌み深き過去の歴史を映している。


「儂は長いこと生きてきて、尾っぽも五つに割れておる。じゃがそんな儂をして、あのような化物は未だかつて見たことがない」

「雪女と聞いているわ」

「そうじゃ。身も心も凍てつく氷の魔女。オロチへの生贄と称しておるが、事実は(おのれ)が生き血を飲む為じゃ。生娘の血を好む、残虐非道な悪の化身」


 老猫の体は小刻みに震え、ミュウはその背を優しく擦った。


「娘がいにゃければ子も生まれないにゃ。男たちは雪女に娘を返すように訴えて、でも帰ってきた者は一人もいない……このままじゃ村は壊滅だにゃ。どうかメリーさん、ボクたちを助けて欲しいんだにゃ」


 縋るようにメリーを見上げる琥珀の瞳。

 メリーは祖父と孫、二匹の猫を冷たく見下ろすと――


「お断りだわ。私は誰の指図も受けない」

「そ、そんにゃ……」

「私はメリー・テラフォン。誰かに言われて動きはしない。自らの意志で向かうのが信条なの。あなた達の事情は知らないけど、調子付いたその雪女は、私がこの手で打ち倒す」

「メリーさん……!」


 生き辛くなった(あやかし)の世界。

 凝り固まったミュウの顔は久しく緩んで、年相応の柔らかい笑みが浮かんだ。


「それよりお腹が減ったわ。何か食べ物はないかしら」

「あ……気が利かなくてごめんにゃ。お客様におもてなしをしなきゃだにゃ」


 ミュウはぱたぱたと部屋を出て行って、部屋にはメリーと老猫が残る。


妖怪(オカルトモンス)という言い回し……そしてその容姿……其方は西の怪談、メリーさんの電話では……」

「子供の頃にはだいぶ顔を利かせたけれど、今や都市伝説の昔話よ」

「西の妖怪は強者揃いというが……」

「ドラキュラも狼男も、脳筋ばかりで歯ごたえがなかったわ」


 老猫の垂れた目尻は見開かれ、反面、見返すメリーの目は闇に染まりはじめる。


「メリー殿、おぬしの目的は」

「それは――」


「にゃあああああああああ!!!」


 その時、ミュウの叫びが屋敷に轟いた。

 直後にけたたましい物音と、激しい衝撃が屋敷を揺らす。


「何事かしら」

「ネ、ネージュ・フリージア……」


 老猫の呟きを聞いてその場を立つと、メリーは屋敷の外へと歩みはじめる。

 赤い靴を履いて戸を開けると、隙間からは冷たい風が吹き込んで、外の景色は季節と違った氷の世界に包まれる。


「ほぉっほほほほほほ! まぁだ生娘がいましたのねぇ!」

「は、離せ……村のみんなの仇め!」


 崩れた石垣の先で、ミュウの首根っこを掴み上げるその女。

 雪のような白肌に、青く煌めくつららの髪。着物を召す姿は艶やかだが、見る者の血も凍らせる冷たい瞳は、愛欲すらも受け付けない。


「そんなに憎いのなら、お仲間もろとも氷漬けにしてあげましょう。たぁああっぷり血を抜いた後にね」

「ち、ちくしょう……」


 雪女は配下の餓鬼にミュウを預けると、駕籠(かご)に乗らんと屋敷を背にする――その間際、青く輝く氷の世界に、真っ赤な人影を見た。


「あなたは……」

「私、メリー。恨みはないけど、あなたの命を貰いにきたわ」

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