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口裂け女と不死三町

 今この時、”きさらぎ”の異界から出たメリーとミュウの二人は、不死三(ふじみ)駅の駅員控室にて尋問を受けていた。


「突然! どこから入って来たんだ!」


 怒鳴り声を上げるのは鼻の伸びた(めん)を被る、木の葉天狗の駅員だ。


「どこからと言われても」

「分からにゃいにゃ。異界からきたもんで」


 木の葉天狗はデスクを平手で叩くと、顔を真っ赤に――といっても、面の色は端から赤色だが、強い怒りを露わにした。


「ふざけるな! それに悪戯電話までしやがって、威力業務妨害だ!」

「ちょっとちょっと、駅員さん。落ち着くにゃ……」


 すると引き戸が開かれて、一人の女が駅員室に入って来た。

 白の服に乱れ髪、口には耳元までを隠す大きなマスクを着けている。


「ほら! 怪しい奴が入ってきたにゃ! むしろ問題なのは、ガバガバな駅員室の方にゃ――」

「おお、これはこれはご苦労様です」

「いえいえぇ、私は市民の味方ですからぁ」


 駅員は女にお辞儀をし、その様子にぽかんと口を開けるメリーとミュウ。

 女は呆けた二人に顔を寄せると、おもむろに問うてきた。


「私、綺麗ぃ?」


 二人は顔を見合わせて、再び女に向き返すと――


「別に……」

「マスクしてるから分かんないにゃ」


 すると女は懐に手を入れて、刃物でも出すのかと咄嗟に身構えるメリーとミュウ。

 そして女は取り出したものを、メリーとミュウの目の前に突き出した。


「け、警察手帳……」

「私、綺麗ぃ?」

「は、はい……」

「めっちゃ綺麗ですにゃ……」


 女は満足して手帳を懐にしまうと、駅員の退いた席に腰を掛ける。


「さぁて、さてさて、あなた達。色々と聞きたいことはあるけれど、まずは一つ大事なことを忘れてないですかぁ?」


 メリーとミュウは再び顔を見合わせると首を傾げて、女の方に向き直した。


「思い当たる節がないわ」

「ごめんにゃさいって、それは一番はじめに駅員さんに言ったのにゃ」


 女は深く溜め息を吐くと、やれやれといった面持ちで首を横に振る。


「そんなことどうでもいいでぇす。謝って済むなら警察はいりませぇん。それよりアレでぇす」


 女の指は駅員室の壁に向いていて、そこには一枚のポスターが張られていた。


「ソーシャルディスタンスを守ろう……」

「感染防止を徹底しよう……」


 ポスターに目を向けて、再び見返す二人の目には、青筋を浮かべる女の姿が映る。


「オロチが台頭してからというもの、不死三町には感染力のある瘴気が発生しましたぁ。マスクの着用は必須であり、知らなかったでは済まされませぇん」

「あの……」

「だから……」

「言い訳無用でぇす! この私、婦警のヨーコ・マドンナを前にノーマスクとは

! 現行犯につき私の能力で、厳罰に処してやりまぁす!」


 敵意を湛えるヨーコを前に、メリーはすぐに臨戦態勢へと入った――のだが、立った途端に頭がくらっとよろめいて、そのまま受け身もなしに背中から倒れる。


「メ、メリーさ……ん……」


 ミュウも同様に、眩暈から床に蹲ってしまった。


「こ、これは何? 凄まじい倦怠感に吐き気に頭痛。まさか毒を……」

「頭がくらくらするにゃ……ぼーっと、まるで風邪でも引いたようにゃ」


 床に突っ伏す二人を見下ろす、マスクを外す気のない口裂け女は、ソーシャルディスタンスを保ちながらに声を張り上げた。


「これが私の能力、マスク警察(ポリス)! マスクをしていない奴に、身をもって病の苦しみを味わわせる。究極の体調不良で反省しなさぁい!」


 さすがのメリーの俊敏も、超バッドコンディションの下では立つことすらままならない。

 立てば眩む視界に、動けば響く頭の痛み。気を抜けば逆流しかねない吐き気は、ただただ伏せることしか叶わない。


「し……死ぬ……インフルエンザの百倍きついにゃ……あ、お花畑……」

「逝っちゃ駄目……うぅ……その前に……あなたの鞄を」


 這いずるメリーは、なんとかミュウの鞄に手を伸ばし、そして中を覗きはじめる。


「あらあら、お友達の鞄に吐くつもりですかぁ?」

「ちょ……メリーさん……それはやめて欲しいにゃ」

「誰が吐くもんですか……探しものをしてるのよ」


 鞄に手を突っ込んで、中をガサゴソと漁るメリー。

 それを見るにヨーコはぷっと息を漏れ出した。


「今さらマスクをしても遅いでぇす。体調不良は暫く続きまぁす。地獄の苦しみを味わうことでぇす」

「そ、そうだにゃ……確かに猫のボクの鞄には……猫型ロボットさながら色々と入っているけれど……猫耳用のマスクしか入ってないにゃ……」

「違うわ……逆に猫耳用のマスクを持ってるのは驚きだけど……探してるのはそれじゃない」


 今までにミュウがメリーに見せたもの。

 思い返したミュウはピンと閃く。


「分かった……猫多羅(みょうたら)の秘伝の薬――」

「そんな胡散臭い薬を当てにできるか」

「酷いにゃ……」


 その一言を残して、ミュウの意識はぷつりと途絶えた。

 メリーももはや風前の灯。起きていられる理由は、ただただ執念の気力だけ。


「諦めて、とっととくたばるがいいでぇす。それとも私がちょいと一突き、頭に拳骨を落として引導を渡してあげましょぉか?」


 ヨーコはその場に屈むと、倒れるメリーをにやにやと見つめる。

 怒りは余計に頭に血を昇らせ、頭痛はガンガンとメリーの頭を打ち付けた。


「うふふ、このままでもすぐに意識は飛んでしまいそう――」

「あった……」

「ん? なんですかぁ?」


 メリーはミュウの鞄の中の”あるもの”を掴んで、最後の力を振り絞り、ヨーコに向けて放り投げた。


「おっと危ない――って、避けるまでもないか。実にくだらない最後っ屁でぇす。こんな小さな……玉を……」


 ヨーコの視線の先に転がるもの。

 それは威力もなにも全く皆無。小さな小さな透いた黄色の――


「べっこう飴ぇえええ! 超ぉおおお大好きぃ! いただきまぁあああす!」


 ヨーコは飴を拾い上げると、裂けた口でぱくっと一口、マスクを顎に下げていた。


「顎マスクよ……マスク警察(ポリス)破れたり……」

「あ……がふっ!」


 マスク警察(ポリス)の最大の弱点。マスクをしない者は無差別に攻撃する。

 究極の体調不良に見舞われて、ヨーコはあっけなく床に沈んだ。

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