追跡開始
レールの先を暫く進むと、メリーとミュウの前には暗い闇夜も呑み込む一つのトンネルが待ち構える。
果ての見えない穴の脇には、三つの文字が並んでいた。
「伊佐貫……トンネルの名称かしら」
「うぅ……通りたくにゃい……」
「トンネルは冥界への入口とも取れるけど、既に入る前からおかしいのだし、このまま先に進みましょう」
つかつかと迷いなく進むメリーに、おどおどと続くミュウ。手に持つ鈴とでんでん太鼓を祈るように打ち鳴らす。
音は反響し、これまで以上に大きな音色となって、トンネルの奥へと抜けていく。
「ふにゃぁぁぁ、神様仏様猫大明神様……なんまいだなんまいだ……」
「妖怪が神仏に祈るなんて、世も末だわ」
延々続くかと思われたトンネルも、次第に限りが見えてくる。
ミュウは堪らず駆け出して、そしてトンネルを抜け出た先は――
「……何もにゃい。やっぱりここも、草と山だけの異界なのにゃ」
もしやトンネルの先ならばと、期待したミュウは膝を落とし、無限の闇の中で項垂れた。
「何を期待していたのやら。そんな簡単に出れるのなら、巷で噂となっても良いはずでしょう。入った者は易々とは出られない。考えれば当然のことだわ」
「そうだけど……女の人もいつまで経っても見えてこにゃい。果たして本当に、ここを訪れたのかにゃ?」
「…………」
「メリーさん?」
ミュウが見上げると、メリーの目は線路の外に向いていた。
その視線は真っすぐではなく少し下方、線路脇の草むらへ。
「まさかそこに女の人が!」
ミュウは咄嗟に同じ場所を凝らして見るも、ただただ潰れた雑草が広がるだけ。
「にゃんだ……何もにゃいじゃにゃいか」
「猫の夜目は節穴? あれはついさっき踏み荒らさたもの。いえ……あの二筋に潰れた草原の軌跡は、轢かれたものに違いない」
メリーはすぐに視線を上げると、遠くの山道を照らす光が垣間見えた。
「いたわ、車で動いてる。立ちなさい、ミュウ! 手遅れになる前に、あの車を追跡するのよ!」
「はいにゃ!」
メリーとミュウは車を目掛けて走り出す。
草を掻き分け木を潜り、岩を飛び越え爆走する二人。四足で駆けるミュウは俊敏で、メリーの隣を並んで走る。
それでも剛脚のメリーはまだまだ余裕を残している。
「遅いわ。もっと速く走れないの!?」
「こ、これが限界だにゃ……」
「……ここから見えるのはあくまで車。中の人物が確認できない。これでは絶対背後も使えない。ならば――」
メリーは隣で駆けるミュウの首を掴み上げると、ふわりと軽く前方に放った。
同時に踏み込むメリーの左脚。右脚はバネのように後方に引かれて――
「まさか……ボクはサッカーボールじゃ――」
「MARYAAAAAA!」
蹴り込まれるミュウの体。
大きな衝撃が芯まで響き、彼方を走る車まで一直線にふき取んだ。
「ぎにゃああああああ!」
凄まじい速度で景色が過ぎ去り、ミュウの体は豪快に車体に激突した。
「ひ……酷いにゃ……」
ミュウはそのまま地面に倒れ、木々に突っ込んた車も同時に動きを止めた。
衝撃にぼやけた眼で見上げてみると、車からは黒ずんだ男が降りて来て、ミュウの下へと歩みを進める。
「ひ、ひえぇぇぇ……お助けをぉぉぉ……」
満身創痍の体は言うことを聞かず、ミュウはひたすらに蠢くことしかできない。
男はミュウの琥珀の瞳を見下ろすと、醜く枯れた手をゆっくりと伸ばしてきた。
「ぶつぶつぶつ……」
「あ……あぁ……メ……メリィイイイさぁあああん!」
はしと――迫る男の手を掴む白い腕。
見下ろす男を更に見下ろす紅蓮の影が、いつの間にかミュウの背に立っていた。
「絶対背後。ミュウの背中なら追えるもの。女ばかりを狙う変質者め。懺悔は異界の先、地獄で吐くといいわ」
メリーの膝がゆらりと持ち上がり、足底の矛先は陰る男の顔面に向く。
見上げた男は最後に一つ、ぽつりと儚く呟いた。
「あ、白のパンティ――」
「MARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYMARYYAAAAAA!!!」
猛烈なストンピングを受けた男は地面に埋まり、遥か地獄の底へと叩き落とされた。
「私、メリー。だけど地獄まで追うのはごめんだわ」