信じる道
確実に相手の背後に移動する絶対背後。
その能力の効果範囲とは。
「コミュニケーションを取れる範囲、それが私の能力の射程。会話のできる範囲、アイコンタクトを送れる範囲、そして電話を仲介すれば範囲は更に拡大する」
「な、なるほどにゃ! でもそんなに便利なのに、なんでメリーさんは電話を持っていないのにゃ?」
「いないもの……友達」
気まずい空気が包む中、ミュウは咄嗟に作り笑顔を張り付ける。
「ボクがいるにゃ!」
「冗談よ。能力に使った電話はすぐに壊れてしまうの。呪って殺すのを呪殺なら、これは呪壊ね。メリットだけではないの。さ、行くわよ」
改札を出た先は、山と草原だけが広がる何もない土地だった。
ざっと辺りを捜索し、声を出して呼び掛けるも、周辺からの音沙汰はない。
「もしかしたら既に彼女も、線路を伝って隣の駅を目指してるかもしれないわね」
メリーは駅へと引き返して線路に入ると、来た方向に向かって歩きはじめる。
後を追うミュウはメリーの逆鱗に触れぬよう、斜め後ろの方から問い掛ける。
「ちょちょ……メリーさん。なんでそっちに行ったって分かるのにゃ?」
「来た道を戻るのが普通でしょ。先がどこに続くのか分からないなら、知ってる場所まで引き返す。心理的にはそうするはずだわ」
なるほどと手を叩くミュウも、メリーと並んで線路の上を歩きはじめる。
辺りはしんと静まり返り、足音だけが耳に届く。周囲は自然が囲っているはずなのに、生命の気配は感じられない。
「うぅ……薄気味悪いにゃ」
「まったく、妖怪の端くれの癖に情けない」
「そうだ! そういえば……」
ミュウは鞄をまさぐると、中から鈴とでんでん太鼓を取り出した。
「これを鳴らしていれば気付いてくれるかもしれにゃいにゃ! それに怖さも半減するにゃ」
「なんでそんなもの持ってるのよ」
「猫多羅村での宴の時に使ったやつを持ってきちゃってたのにゃ」
ミュウは右手に鈴を持ち、左手に太鼓を構えると、祭囃子を奏でながら高まる恐怖を紛らわせた。
「こんな楽しい音楽を聞けば、きっとあちらから来てくれるにゃ」
「どうかしら。むしろ気味悪いと思われそうね――って……あれは……」
先の道を凝らして見ると、ぼんやりと薄く人影が見えてくる。
まさかがミュウの頭を過って、一目散に駆け出すと大手を振って人影に近寄るが、なんとその者は片足の透けた老人だった。
「うにゃあ! お化けだにゃ!」
「うひゃ! 妖怪だぁ!」
共に腰を抜かして尻もち着き、遅れてやって来たメリーが冷ややかに見下ろす。
「おじいさん、一つ尋ねたいのだけど良いかしら」
「ん? なんだ?」
「私たちより前に、誰かがこの道を通らなかった?」
「おったぞ、おなごが一人通って行った」
「そ、分かったわ」
メリーは腰抜けたミュウの手を取り引っ張り上げると、続くレールを腕を引いて進みはじめる。
「おーい、危ないから線路の上歩いちゃ駄目だよ」
「私は誰の指図も受けないわ」
老人の忠告にも振り返ることなく歩き続けるメリーの手を、ミュウはうんと引っ張り返す。
「メリーさん! あの人にもっと話を聞いた方が……」
「聞く必要はないわ」
「でも! この場所の抜け方を知ってるかもしれないにゃ」
「知らないわ。というより知っていたとしたならば、余計に性質が悪い」
「え?」
ミュウの引く手は弱まって、小柄な体躯はメリーの行く先へと流される。
「ミュウはあの老人をどう感じた?」
「ほんのちょっとしか話してにゃいから分からにゃいけど……注意してくれてたし、悪い人ではにゃいような……」
「ではミュウが老人の立場として、脱出の仕方も知っていて、そこに誰かが現れた。果たしてミュウは老人と同じ態度を取る?」
メリーの問いに、ミュウは老人の違和感に気付きはじめる。
「い、いや……」
「でしょう? 良い人であるのなら、なにより先に教えてくれるはずでしょう? 前に通った女も助けてあげるはずでしょう? そして私たちを妖怪と知りながら、女が通って行ったとあっさり漏らした。結論、老人の言うことを当てにしてはいけない」
「でもそれにゃら、女がここを通ったというのもデタラメかも……」
「いえ、それはあながち嘘ともいえないわ。私は”誰か”と問うたのに、老人は”女”と淀みなく答えた。きっと女を見ていて、咄嗟に口に出たのでしょう。そして女が線路を引き返してないのなら、この先に行った可能性が高いわ」
老人が善人か悪人か、その真実は定かではない。
だがどちらにせよ、試して調べることはできない。
何も拠り所がないのなら、博打を打つのも一つの策。
しかしメリーには賭け事とは異なる、信じるべき道が残されている。
「いい? 私たちの目的は女の電話。この”きららぎ”の異界において、唯一信じられる真理。絶対背後は裏切らない。私は私の力だけは信じてる」