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幻想の駅

 心地よい列車の揺れに身を任せるメリーとミュウ。

 窓の外にはのどかな自然の風景が映される。


「こんな景色を見ていると、オロチの魔の手が迫っていることにゃんて忘れてしまいそうだにゃ」

「オロチは妖怪の絶滅を望んでいない。妖界を地獄と化すことを望んでる。それが此度の一件で明らかになったってことね」

「オロチの目の届かない。そんな異界があればいいのに……」


 列車は山間に入り、渓谷には清水が流れている。

 秘境と例えても過言ではない、そんな無人の駅の一つに列車は止まった。


「こぉんなところにも、住んでいる人がいるんだにゃあ」


 列車は暫くのあいだ駅に停まっていて、メリーとミュウの二人はぼぉっと発車を待ち続ける。

 すると車両の奥の方から扉の開く音がして、続いてコツコツと床を鳴らす足音が近付いた。

 何の毛なしに見てみると、メリーとミュウの座るボックスシートの対角線に座る女性が一人。周囲には目も暮れず、手に持つものをしきりに眺めている。


「奇抜な格好の人なのにゃ。あんな踵の尖った靴で足を踏まれたら、穴が空いちゃうのにゃ。それにあの……手に持っているものはなんなのにゃ?」

「電話よ。携帯電話」

「携帯電話!? にゃんだそれ?」

「ほんとに世情に疎いのね。遠くの人と話をできる、そういう機械よ」

「メリーさんは詳しいのにゃ」

「……まぁ、私はそういう妖怪(オカルトモンス)だから」


 少し経つと列車は汽笛を鳴らし、再びゆっくりと動きはじめる。


「ふぁぁ、そろそろ外の景色にも飽きてきたにゃ。ちょっと眠ってもいいかにゃ――って……」

「……すやすや……」

「もう寝てるし。まだまだ時間が掛かりそうだし、ボクも居眠りさせてもらうにゃ」


 そうしてミュウはうつらうつら微睡んで、意識はぷつりと途切れたのだった。



「――――て――」

「うぅん……」

「――――なさい――」

「むにゃあむにゃあ……」

「起きなさい!」

「うにゃ! ボクは戸棚のまんじゅうを摘まみ食いなんてしてないにゃ――って」


 真っ先にミュウの瞳に映るのは、険しい表情を張り付けるメリー。

 ぐるりと辺りを見渡すと、窓の外は陽が沈み、ただただ闇夜に包まれる。


「んにゃ? どうしたのかにゃ? まさか寝過ごしちゃったとか!?」

「いえ……分からない」

「分からないって……いま列車は停まっているにゃ。駅名を見て確認してみればいい話にゃ」


 ミュウは鞄からパンフレットを取り出すと、指でなぞって大安駅の名を見つける。


「あったにゃ。それで今の駅名は……」


 ミュウは車窓を開いて顔を出すと左右を見渡した。

 ホームには駅名を記す看板が立っており、錆びた板には大きな字で――


「きさらぎ駅……」


 駅名を確認したミュウはパンフレットに目を落とすと、大安町からなぞって駅名を下っていく。


「きさらぎ……きさらぎ……きさ……らぎ……あれ? 不死三駅まで着いちゃったにゃ」


 目を擦りもう一度、しかし一覧には”きさらぎ駅”の名が載っていない。


「おかしいにゃ……やっぱり載ってない。乗る電車を間違えちゃったのかにゃ?」

「分からない。一度聞いてみた方が良いかもしれないわ」

「そりゃそうにゃ。じゃあ早速聞きに行くにゃ」


 メリーとミュウは席を立つと、車両の端へと歩みを進める。

 中には三人ほどの乗客がいて、みな俯き黙っているが、そこに途中乗り合わせた女性の姿はなかった。


「あの人も降りたのかにゃ?」

「どうかしら……私が起きた時には既にいなかったから」


 車両と車両の間には貫通扉が備わって、一つ先が最前方の車両に続いている。

 メリーは車掌に話をと、扉に手を掛けたその時だった。

 隣のミュウがするりと乗降口の方から駅に降りた。


「あ……」

「え? あぁ……車掌さんに話を聞くのかにゃ。てっきり駅員さんに聞くのかと思ったにゃ」


 そしてミュウは再び車両に乗ろうと、ホームと車両の隙間を跨いだのだが。


「痛て! 何かにぶつかって……って……え? あれ?」


 さながらパントマイムのように、ミュウは入口を境にした空間に両手を這わして動かしている。


「の、乗れにゃい……列車に乗ることができにゃい」

「絶対に途中の駅には降りてはいけない……まさかこれは……」


 その瞬間、無情にも列車は汽笛を鳴らした。

 扉は閉まり、一人きさらぎのホームに取り残されるミュウ。

 列車はゆっくりと動きはじめ、ミュウは列車にしがみつこうとその場を跳ねるも、見えない壁に阻まれて呆気なく地面に尻を落とす。


「そ、そんにゃ……メリィイイイさぁあああん!」


 列車は速度を上げていき、そして深淵の闇へと消えていった。


「メリーさん……ボクは一体どうしたら……」

「私、メリー。少しは自分で考えなさい」

「えっ!?」


 振り向くミュウの視線の先で、メリーが呆れた目を落としていた。


「う、うぅぅ……メリィさぁあああん!」


 ミュウはメリーに飛びつくと、胸の中でわんわんと泣きはじめる。


「ごめなさぁあああい! ボクがドジったばっかりに……メリーさんまで……」

「ほんとよ、正直置いて行こうかとかなり迷ったわ。だけれどこうなってしまったら、このあるはずのない”きさらぎ駅”から、なんとか抜け出すしかなさそうね」

「何か宛はあるのかにゃ?」

「分からない。とにかく調べてみるしか方法はなさそうだわ」


 メリーは改めて周囲を見渡すも、暗がりの山と木々が広がるばかりで、あるのは寂れた無人の駅舎と、延々闇へと続く鉄のレールだけだった。


「線路沿いに先に進めば……隣の駅にいけるかしら」

「少し待てば次の機関車が来にゃいかな」

「どうでしょうね。私はいつまで待てど、永久に来ない気がするわ」

「そ、そうかにゃ……でも念のため待ってみるのも……」


 しかしメリーは、ミュウの提案に首を振る。


「いえ、私たちは動くべきよ。さっきは宛はないと言ったけれど、実は一つだけ考えがある。手遅れになる前にそれを見つけなければ……」

「そ、それって……」


 メリーは親指と小指を立てると、耳から顎にかけてをあてがった。


「携帯電話よ」

「それって……同じ電車に乗っていた女の人が持っていた?」

「そう。彼女がここで降りたかは分からない。けれど降りてないとも限らない。仮にこの駅に降りていれば、巡り合うことができれば、私たちはこの空間から脱出できるかもしれない」

「そ、それってどういうことにゃ?」

「忘れたの?」


 彼女の名はメリー、固有の怪談はメリーさんの電話。

 着信を取った相手はどこにいようと逃れられない。

 ゴミ捨て場だろうが、たばこ屋からだろうが、国を跨ごうが、海を越えて星すらも跳躍し、次元の壁すら貫く、絶対に逃げられない無限の追跡。


「私、メリー。電話さえあれば、受け口の相手まで移動することができるのよ」

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