表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/23

ばいばい大安町

 図らずも天赦屋敷は崩壊し、座敷わらし達は大安町の民家にお邪魔することになる。町人はそれを喜んで受け入れて、あれほどの陰気はどこへやら、見る間に町は明るい活気を取り戻した。


「ほな! たこ焼き百人前やわ!」

「外はサクサク、中はとろけるような舌触り、悪くないわ」

「んみゃあんみゃあ! 食べると幸せな気持ちになれるのにゃ」


 料理を運ぶのは化け狐の娘。

 厨房の奥では化け狐の夫婦が忙しなく料理を作っている。汗水たらしながらも、顔は精気に溢れていて、生きる喜びを体現するようだ。

 その様子を見るヒラコの目には、懐旧の念が浮かんでいる。


「ふむ、やはり大安町はこうでなくては面白くないの」

「狐さんはあの後、奥さんと娘さんに話をしに行ったそうだにゃ。もういじけないから、精一杯頑張るから、だからもう一度、戻って来てくれないかって」

「幸せは待つものではなく掴むもの。ちゃんと自分で動けたなら及第点ね」


 幸せな空気に包まれる中、しげしげとヒラコを見下ろす白い巨女。


「ぽふふ、可愛い可愛い。よかったらこの後に、私と一緒にいいことしましょ?」

「ほっ、ご免被るわ」


 ヒラコはたこ焼きを一つ摘まむと、だらしなく涎を垂らすユイの口に放り込んだ。


「ぽぽぽ!」

「にゃはは、それにしても傷も毒も完治して良かったにゃ。ヒラコの豪運と組み合わせれば、おやすみなさいも乱数調整のごとく一発で引き当てたのにゃ」

「熱っつ熱っつ! ぽっぽぉおおお!」


 顔を真っ赤にして、蒸気機関車のように煙を噴き上げるユイ。

 それも見るにヒラコは、思い出したように拳を一つ叩いた。


「ほっ、そういえば。大安町の北には鉄道が通るようになっての。うぬら旅の者じゃろ? よければ使うて行くがいい」

「鉄道!? ボクはじめて見るにゃ! メリーさん、ぜひ乗ってみたいにゃ!」

「そうね。歩くのにも飽きていたし、ここは一つ次の町までは、列車の旅というのも悪くないかもね」

「ぽぽ……そうした方がいいぽ。私も隣町から来たのだけど、歩くとなると山を越えなくっちゃならない」

「ユイはどこから来たんだにゃ?」

不死三(ふじみ)町だぽ。不死山(ふじさん)のお膝元、妖界一の山の麓の出身だぽ」


 西の妖怪(オカルトモンス)であるメリーでも、妖界一の山の名は知っている。

 それを思うに、メリーは店の壁掛け時計に目を向けた。


「結構距離がありそうね。今から出ても目的の町には辿り着けないかも」

「なぁに、夜間も走り続けるから安心せい。ほれ、これが時刻表と駅の一覧じゃ」


 ヒラコの差し出すパンフレットを受け取ると、そこには時刻表に加えて観光情報や名産品も載っていて、住所や電話番号まで記されている。

 さながら観光案内の小冊子で、末尾には不死三駅までの間を繋ぐ駅名がずらりと記されていた。


「あら、隣町と言った割には途中に降りる駅が幾つもあるじゃない」

「山村のあやかしが使う駅じゃよ。降りたところで何もない。それに――」

「それに?」


 今や幸福に包まれる大安町だが、ヒラコの瑞々しい眉間には深い皺が刻まれる。


「降りてはならん、絶対に。不死三駅に着くまでは、ゆめゆめ列車から降りるでないぞ」

「降りにゃいよぉ。山の中で降りたって、困るのはこっちだにゃ」

「……ならば良い」


 妖界には禁忌が無数に存在する。掟にしきたりに儀式に呪術。数えはじめたらキリがない。

 するなと言われたことは、しなければいい。ただそれだけ。だからメリーもミュウも、ヒラコの忠告を別段深く掘り下げることはしなかった。


「ユイはこれからどうするのにゃ?」

「せっかく座敷わらしに会えたのだから、もう少し堪能させてもらうぽ」

「悪戯はしちゃ駄目だにゃ」

「もう不幸は懲り懲りだぽ。大人しく愛でるだけにしとくよ」


 勘定は既に支払い済み。それを何故だとユイに問われてメリーが一言。私からのサービスだと答えると、ユイは感謝してメリーに頭を下げた。

 その後方でミュウは人知れず、ユイの背中に頭を下げた。


「ばいばい! 狐さん! これからもお幸せに!」

「ほんま……ほんまおおきに! おたくらの旅の成功を祈っとる!」


 化け狐の一家に見送られて、一行は大安町の北にある大安駅に歩みを進める。

 遠目には二階建ての瓦屋根の駅舎が見えて来て、切符を買ってホームに登ると、そこには巨大で長大、漆黒の機関車が停まっていた。


「にゃっはぁああああああ! 凄いにゃ! こんな鉄の塊が動くなんて!」

「あなたって本当、世情には疎いのね」

猫多羅(みょうたら)村から出ることにゃんて、滅多ににゃいもん」

「ぽぽぽ、ミュウが不死三町に行ったら驚きっぱなしになるだろうね」

「こちらの風情とはまるで違うからの。楽しみにしておくと良いぞ」


 メリーとミュウが列車に乗ると、機関車は黒煙を噴き出して、大安町には汽笛の音が轟いた。

 機関車はゆっくりと動き出し、二人は窓際のボックス席に着くと、窓を開いてヒラコとユイに手を振る。大安町は次第に次第に遠ざかり、ホームが見えなくなったところで、ミュウは名残惜しくも車窓を閉めた。

 ユイも最後まで見送ると、駅のホームを後にする。


「ぽら、ヒラコ。もう行こう」

「……鬼に呑まれんと良いが」

「ぽぽ? なんだって?」

「大安町を出れば、もはやわらわの豪運も通じん。”きさらぎ”の呼び声だけには、耳を傾けてはならんぞ――」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ