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幸福の時

 もはや完全に倒壊した天赦(てんしゃ)屋敷。

 その柱や屋根の残骸、床に畳に襖に提灯。それらから透けるように、たくさんの座敷わらしが現れ出でる。


「ヒラコサマー」

「シンジャダメー」

「ヒラコサマヒラコサマ」


 たくさんの座敷わらしに抱えられるヒラコ。

 意識を失くしたその顔は、悪夢を見るような苦悶の表情を浮かべている。


「オマエラヒラコサマニ!」

「ナンテコトスルノ!」

「オイタワシヤ……」


 (わらべ)たちはみな一様に涙を浮かべて、傷付いたヒラコを愛でるように撫ではじめる。


「自業自得よ。それにあなたたちは、狸の処刑を何とも思わなかった訳?」

「ソレハ……」

「ソノ……」

「ヒラコサマハ……」


 全ての座敷わらしの視線の先、破けた布にはオロチを表す、八芒星の紋章が描かれている。


「オロチが関係しているということね」

「ヒッ……」

「ウッ……」


 オロチの名を耳にして、座敷わらしたちは頭を丸めて縮こまった。


「ミラレテル……」

「紋章カラ、オロチガコチラヲミテル……」


 紋章の中心には蛇の目(じゃのめ)が描かれていて、その二重の円からはじっとり睨むような視線を感じる。

 辺りは不気味に包まれるが、メリーはライターを取り出して、たばこに火を付けると思いきや、なんと紋章を描く布の端に火をつけた。


「ナンテコトヲ!」

「ノロワレル……」


 めらめらと燃える紋章を前に、座敷わらし達はがくがくと震えだす。

 しかし当のメリーはすまし顔の鉄仮面。盛る炎も紅蓮の瞳の滾りには及ばない。


「私は元より呪われている。呪いは私が引き受ける。だから安心なさい。オロチは私が片付ける」

「オ……オロチヲ……」

「カタヅケル……」


 禁忌の言葉を耳にして動揺する座敷わらし。

 すると騒めきがきっかけか、ここでようやっとヒラコが目を覚ました。


「ヨカッタ!」

「メガサメタ!」

「う……うぬぬ……わらわは……」


 ぼやける視界は次第に鮮明に。

 すると目の前には己を破ったメリーが映る。


すはやぁああああああ(うわぁああああああ)!」


 メリーを見るなり飛び退いて身構えるヒラコだが、メリーは次にたばこを咥えると悠長に煙を吐き出した。


「もう戦う気はないわ。それに紋章もこの通り」

「な……なんてことを……オロチの紋を焼くとは……ゆゆしき大逆じゃぞ!」

「立場があるのなら、そういう風に報告すればいい。でも今はオロチの目は届かない。だからこの場限りでも、本当のことを話して頂戴」


 ヒラコの目は泳ぎ狼狽えるが、ぐっと息を呑み込み決意すると、神妙な面持ちに移り変わる。


「わらわは……ぬらりひょん様と共にオロチと戦った。じゃがわらわの豪運をもってして、オロチの災厄は止めれんかった。そしてオロチはぬらりひょん様を呑み込んで、うぅ……」


 過去の凄惨が脳裏を過り、ヒラコは口を手で覆う。


「敗北したわらわたちは、次々にオロチに呑み込まれた。じゃがわらわは生かされた。そしてこう言うたのじゃ。お前が不幸を呼ぶ者となれば、見逃してやると。そうすれば大安町の町人もろとも生かしてやると。己の命は(なげう)てても、町人は捨てれんかった。じゃからわらわは今一度、この大安町に戻ってきたのじゃ」


 ヒラコが告白することで、隠し騙してきた心が決壊し、座敷わらし達はさめざめと涙を流す。


「事情は分かったわ。でも先程あなたは町人である化け狸を殺そうとした」

「彼にはすまぬと思うとる。じゃがな、常にオロチに見張られとった。悪役を演じなければならんかった。今まで町人は生かしてきたが、もう限界じゃ。このまま辛い世を生きるのであれば、せめて一時でも楽にしてやろうと。どうせ助けてやれぬなら、オロチに吞まれるくらいなら、わらわ達が殺してしまおうと……」


 涙には嗚咽も混じりはじめ、さながら通夜の様相に。

 ミュウの目にも自然と熱いものが浮かび上がる。


「うぅ……オロチ……にゃんて酷い奴にゃんだ……」

「殺すだけでなく深い絶望を味わわせる。ただ皆殺しにするだけでは転生できると知っていて、ならば生きる世で地獄を体現をしようと……とんだ悪趣味な奴ね」


 そして話の最後にヒラコは、メリーを前にして頭を下げた。


「メリーよ。このままわらわを殺してくれ。もう耐えられぬ。それがわらわの幸せのならば、幸運配達(ウーバー・ダイキチ)も死を認めてくれることじゃろう」

「ウウウ……ヒラコサマ……」


 垂れた黒髪を見下ろすメリー。その目は冷えた漆黒の炎を宿している。


「ええ、そのつもり」

「メリーさん! どうか思いにゃおして――」

「だったけど――」


 瞳に宿る暗がりの炎は、オロチに向けた因縁であり、ヒラコを見つめる赤い瞳は暖かな色を灯しはじめる。


「私は誰の指図も受けないわ。やりたいことは自分で決める」

「メリー……それは……」

「私の目的は妖怪の頂点に立つこと。誰にも邪魔はさせないし、邪魔をするというのなら、私はオロチをも倒してみせる」

「あのオロチを……倒すとな……」


 ヒラコはその時、メリーに重なるようにぬらりひょんの影を見た。

 あの時、あの時代。妖界の平和を願い戦ってきた、輝かしい幸福の時を。


「ほほ……抜かしよる。抜かしよるが――」


 ぐいと涙を拭うと、目元の厚化粧は滲んで取れて、ヒラコ・テンシャンスの本来の童顔が浮かび上がる。


「抜かすなら、それまで待とう、メリーさん」


 屋敷は壊れ敗北し、それでもやはり今日この日はヒラコにとっての吉日だった。

 座敷わらし達は手を取り合い、共に頷き決意する。この大安町に再び活気を、元気を、幸せを。

 つまりこれにて大安町の座敷わらし不在事件は――


 一件落着なのである!

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