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幸運とは

 ミュウは一目散に駆け出すと、倒れるユイの上体を抱き起こす。


「飲むにゃ! 我が猫多羅(みょうたら)村に伝わる解毒薬。蟲毒の猛毒に効くか分からにゃいが……もしかしたら……」

「ほっほ、運任せとはの。ま、好きにせえ。しかしわらわの幸運配達(ウーバー・ダイキチ)がある限り、吉事に転がるとは思えぬがな」

 

 治療行為にも余裕の態度を貫くヒラコ。

 そんなヒラコの前に、高圧を湛えるメリーの赤眼が稚児髷(ちごまげ)を見下ろした。


「私は運などという、不安定なものに踊らされたりはしないわ」

「そう言ううぬは、不幸がべったりと顔に張り付いておるぞ」

「あなたを倒せば、この珍妙な偶然もなくなるのかしら」

「さて、”ねたばれ”は好かんのじゃ。それでもと言うのなら――」


 畳んだ扇子を(くう)に向け、再び書を走らせるヒラコ・テンシャンス。


「知りたくば、倒してみせよ、赤女」


 対するメリーはたばこ一本咥えると、白い煙を(くう)に吐いた。


「私メリー、今すぐあなたを、ぶっとばす!」


 これにて戦いの火蓋は切って落とされた。

 待ちの姿勢を崩さぬヒラコに、メリーは健脚を一歩前に踏み込んだ。

 すると踏み込みの勢いで跳ね上がる畳がメリーの顔を強襲する。


「畳返しで自爆とな、幸の薄い女じゃ――」


 そう、油断したヒラコに戦慄走る。

 慢心したヒラコの眼前に、メリーの足底が突き出された。メリーは踏み込んだ脚とは逆の脚で、返した畳を貫き破ったのだ。


「不運に見舞われても、それを超える実力を持てばいい。運だけの(わらべ)の野球チームでは、万に一つも大リーガーを相手に勝ち目はないわ」

「それほどの差があると申すか。肩腹痛いわぁあああ!」


 ヒラコが腕を振り上げると、袖から転がり出たのは大量の火薬玉。


「なっ……自爆!?」

然る事有り(その通り)。豪運のわらわを除いてじゃが――」


 直後に大爆発が巻き起こり、大広間は激しい爆風に巻き込まれる。

 三方の襖は吹き飛んで、しかし奥へと続くヒラコの側はまるで無傷。


「爆発前に踏み込んだ振動かの。目の前に屋根が落ちて来て爆風を遮りおったわ」


 己の豪運を誇り、高笑いを奏でるヒラコ・テンシャンス。

 天を仰いで、背中を反るほどに胸を張ると、頭上に見えてきたのは逆さに映るメリーの顔。


「…………あ?」

「あなたの豪運を逆手に取らせてもらったわ。爆撃からも無事が確約される、あなたの背後をね」


 振り向いたヒラコは座した姿勢で慌てて退く。

 メリーの足元には、共に運ばれたミュウとユイの姿もあった。


「さて、悪い子にはお仕置きといこうかしら」


 赤き闘気を身に纏い、歩み寄るメリー。

 その圧力を前に、ヒラコは思わず生唾を呑み込む。


「じゃが……わらわには幸運配達(ウーバー・ダイキチ)が付いていて……」

「果たして幸運とは――」

「!?」


 ふと目を瞑るメリー。足は更に一歩前に踏み出す。


「飛行機事故に巻き込まれる。あなたは一人助かった。それを奇跡だとか幸運だとか言うけれど、しかし前提として、稀な事故に見舞われている」

「な、なにを……」


 続いてもう一歩。ヒラコはじりじりと後退する。


「果たして幸運とは――絶対に勝てない私を前に、命だけは長らえる。大怪我はしたけれど、死ぬことは免れた。それもある種の幸運なのでは?」

「あ……あ……」


 二歩三歩。追い詰められたヒラコの背中は遂に壁に触れた。


「果たして幸運とは――既に屋敷は倒壊し、家屋を失ったあなたは幸薄なのでは? 酷い事故に巻き込まれ、凶に見舞われているのでは? 最終的に良しと思えれば、過程に不幸は存在する」

「ちょ……ちょ……」


 歩を止めたメリーの赤眼は薄く開かれはじめ――


「私に完膚なきまでに倒されて、生きていたことだけに喜び(幸せ)を感じてろ」

「ちょ……待ぁああああああ!」


 紅蓮の瞳が脅えるヒラコを捉えると、メリーの脚撃の弾丸がマシンガンの如く繰り出される。


MARYYYYYY(メリィイイイイイイ)AAAAAA(アアアアアア)!!!」

「ぎぃえええええええええ!!!」


 連打を受けるヒラコを支える壁は軋み、大きくヒビが入ると、砕けた壁もろとも遥か後方に吹き飛んだ。

 屋敷の壁を幾つも貫き、ヒラコの小柄な体躯は表の納屋まで叩き込まれる。


「ジ・エンド。これをハッピーかと捉えるかはあなた次第ね」


 突き抜けた壁穴を背にすると、視線の先にはユイを抱えるミュウの姿が。

 ユイは苦しそうにしながらも、穴の空いた喉で微かな呼吸を続けている。


「ACマギアに賭けてみれば? おやすみなさいが出るかは知らないけど」

「ぽ……ぽひゅう……」

「声を出すのも苦しそうね。それでは魔法の言葉が言えないか」

「すぐにお医者さんまで連れて行くにゃ。それまでにゃんとか耐えて」

「ぽ……ぽ……」

「無理しにゃいで、静かにして――」

「ぽ……ぽぽ……」


 潰れかけた喉で、必死に声を絞るユイ。震える手を持ち上げると、指先はメリーの方へと向いた。


「私がどうかしたのかしら?」

「ぽ……」


 メリーの問いに、ユイは指先を僅かに横にずらした。そのシグナルが意味すること。それは指しているのはメリーではないということ。

 その警告に気付いた時、メリーは咄嗟に後ろを向いた。

 すると三杖(9メートル)ほど離れたところに、血に塗れるヒラコが肩を押さえて息を荒げる。


「あ、危なかった……納屋に藁を敷き詰めていなければ、今日があの日でなかったら、わらわは確実に死んでおったわ。確かにうぬの言う通りこれも幸運。じゃが結果は、わらわの勝ちで”はっぴぃえんど”とさせてもらうわ」

「あなたが勝つ? それに”あの日”って……」


 はっとしたミュウは今日の日付を思い出す。

 それは月に数回、一粒の籾が万倍にも実る稲穂になるという、開運を表す吉日。


「今日は……一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)だにゃ!」


 何かをはじめる際に最良とされる一粒万倍日。

 しかしこのヒラコ・テンシャンスに限っては更に特別な意味を持つ。


「わらわはその日に限り、万倍の力を得ることができる! それがわらわの究極形態、(すぅぱぁ)ヒラコじゃ!」


 座敷わらしの中でも格の高いチョウピラコ。そのチョウピラコが一粒万倍日を迎えた時、真の力が発揮される。

 ヒラコを纏う膨大な気の塊。黒色の稚児髷は解かれて、金に輝く髪が天に向かって逆立った。


「我はぶち切れたぞぉおおお! メリィイイイイイイ!」

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