表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/23

さすらいのメリーさん

 時は妖界の世紀末。

 前妖怪王ぬらりひょんが倒されて、オロチが妖怪の頂点に君臨する荒廃した世界。


「ヒャッハー!」


 こけた体躯に飛び出た腹の醜い妖怪。

 オロチの復活に合わせて湧き出た餓鬼どもが、荒れた大地を疾走する。


「ひええ! 誰か……助けてくれにゃあああ!」


 餓鬼どもに追われるのは二股の化け猫。

 普段は二足で歩く雌猫も、この時ばかりは四足で大地を駆ける。

 俊敏が売りの猫娘だが、対するモヒカン頭の餓鬼どもはバイクに跨り疾走する。

 旗にはオロチを表す八芒星の紋章を掲げていて、ふりふりと尾っぽを振る、猫娘の尻を追いかける。


「ひっさびさの上玉だぜ! 捕らえて喰ってやる!」

「ボクは食べても美味しくないよう!」

「そっちの食べるじゃねぇんだよ! 諦めてとっとと捕まりやがれ!」


 もはや猫娘の体力も限界が近付く。

 次第に足の動きは衰えて、餓鬼どもの手に落ちる間際のこと。

 荒地の向こう側から金の長髪を靡かせる、真っ赤なドレスを纏う麗しき長身の女性が現れる。


「お、お姉ぇさん! 助けてぇえええ!」


 その女が戦えるとは思えないが、しかし他に頼りどころもない。絶体絶命の猫娘は、通りがかりのその女に必死に助けを乞うた。

 だが直後に、猫娘は声を掛けたことを後悔する。

 女が向ける紅蓮の瞳は、餓鬼どもの蹂躙を浴びるより、更に恐ろしい恐怖を猫娘の頭に過らせた。


「あ……うにゃ……」

「あなた、誰。気安く私の前に立たないで」


 見れば魂をも燃やし兼ねない、殺気の宿る女の視線。

 狙った獲物は逃さない。そんな頂点捕食者エイペックスプレデターを思わせる、殺意に(たぎ)る女の圧力。


「おいおい、これまた上玉が現れたぜ。一石二鳥だ、お前も一緒に喰ってやる!」


 追い付いた餓鬼どもは、バイクを降りて二人を囲む。

 猫娘は怖気づき、香箱座りで頭を丸めた。


「やっちまえ!」


 どたばたと荒々しい物音が響いて、猫娘はひたすらに恐怖に震える。

 荒野は暫くの後に静まり返り、猫娘は恐る恐る顔を上げてみると――


「え……」


 およそ(とお)はいただろう。餓鬼どもは残らず地面に突っ伏し、後にはただ一人、紅の女が佇んでいる。


「あ、あなたは……」

「メリー・テラフォン、それが私の名だわ」

「メリーさん……」

「そういうあなたは?」

「ミュウっていいますにゃ」


 メリーと名乗るその女は、屈んだミュウに手を伸ばした。

 それを善意と受け取るミュウは、差し出された手を握り返そうとするものの、メリーの腕はぐんと首元まで伸びて、ミュウの身を纏う布の服の襟を掴み上げた。


「ミュウはオロチの配下なの?」

「ち、違うにゃ! ボクは近くの猫多羅(みょうたら)村に住む、ただの村猫娘だにゃ!」


 ぶんぶんと首を横に振るミュウは、無関係であることを必死に示した。

 メリーはミュウの琥珀の瞳をじっと見つめると、不意に胸倉から手を離して、ミュウはその場に尻もちを着いた。


「だったらいいわ。とっとと私の目の前から失せて頂戴」


 背を向けたメリーはあてどなく荒野を歩みはじめる。

 その背を見つめるミュウは息を吞むと、勇気を振り絞って声を上げた。


「メリーさん! 折り入ってお願いがあるんだにゃ!」


 しかしメリーは聞く耳もたず。ミュウは二足で駆け出すと、立ち去るメリーの背中を追って手を伸ばした――その瞬間。

 振り返るメリーはミュウの手を攫い取り、その顔は烈火のごとき怒りを湛える。


「私の後ろに立つんじゃないわ!」

「は、はいですにゃ!」


 尋常ならざる迫力を前にして、ミュウのお股はきゅんと縮まる。


「それで何? くだらない問答なら聞く気はないわ」

「その、メリーさんのお力を見込んで、ボクの村を救って欲しいんだにゃ」

「村を救う……それはオロチに関係することなの?」

「は、はいですにゃ。ボクの村はオロチの支配下に置かれていて、それはもう酷い扱いを受けているんだにゃ」


 腕から手を外すと、次にメリーはミュウの慎ましい胸に指を突き付ける。


「餓鬼のような雑魚なら用はないわ」

「いや……違うにゃ。餓鬼が大半だけど、その上に立つボスがいるんだにゃ」

「……誰かしら」


 唾を呑み込むとミュウの、震える唇が僅かに開いた。


「雪女……凍てつく笑みを張り付けた、ネージュ・フリージアが村を搾取するボスなのにゃ」

「雪女、ネージュ・フリージアか」


 胸に手を置くと、メリーは深紅のドレスから取り出した紙巻たばこに火を付ける。


「案内して頂戴。ただし私の隣を歩くこと。前を歩かれると、背中を無性に襲いたくなってしまうの」

「でもさっきは後ろもって……」


 メリーが一つ息を吹くと、たばこの煙がミュウの鼻を突く。


「後ろに立つのはもっと許さない。背後に立つのはメリー・テラフォンただ一人」

ご覧頂き有難うございます!

よければブクマ宜しくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ