さすらいのメリーさん
時は妖界の世紀末。
前妖怪王ぬらりひょんが倒されて、オロチが妖怪の頂点に君臨する荒廃した世界。
「ヒャッハー!」
こけた体躯に飛び出た腹の醜い妖怪。
オロチの復活に合わせて湧き出た餓鬼どもが、荒れた大地を疾走する。
「ひええ! 誰か……助けてくれにゃあああ!」
餓鬼どもに追われるのは二股の化け猫。
普段は二足で歩く雌猫も、この時ばかりは四足で大地を駆ける。
俊敏が売りの猫娘だが、対するモヒカン頭の餓鬼どもはバイクに跨り疾走する。
旗にはオロチを表す八芒星の紋章を掲げていて、ふりふりと尾っぽを振る、猫娘の尻を追いかける。
「ひっさびさの上玉だぜ! 捕らえて喰ってやる!」
「ボクは食べても美味しくないよう!」
「そっちの食べるじゃねぇんだよ! 諦めてとっとと捕まりやがれ!」
もはや猫娘の体力も限界が近付く。
次第に足の動きは衰えて、餓鬼どもの手に落ちる間際のこと。
荒地の向こう側から金の長髪を靡かせる、真っ赤なドレスを纏う麗しき長身の女性が現れる。
「お、お姉ぇさん! 助けてぇえええ!」
その女が戦えるとは思えないが、しかし他に頼りどころもない。絶体絶命の猫娘は、通りがかりのその女に必死に助けを乞うた。
だが直後に、猫娘は声を掛けたことを後悔する。
女が向ける紅蓮の瞳は、餓鬼どもの蹂躙を浴びるより、更に恐ろしい恐怖を猫娘の頭に過らせた。
「あ……うにゃ……」
「あなた、誰。気安く私の前に立たないで」
見れば魂をも燃やし兼ねない、殺気の宿る女の視線。
狙った獲物は逃さない。そんな頂点捕食者を思わせる、殺意に滾る女の圧力。
「おいおい、これまた上玉が現れたぜ。一石二鳥だ、お前も一緒に喰ってやる!」
追い付いた餓鬼どもは、バイクを降りて二人を囲む。
猫娘は怖気づき、香箱座りで頭を丸めた。
「やっちまえ!」
どたばたと荒々しい物音が響いて、猫娘はひたすらに恐怖に震える。
荒野は暫くの後に静まり返り、猫娘は恐る恐る顔を上げてみると――
「え……」
およそ十はいただろう。餓鬼どもは残らず地面に突っ伏し、後にはただ一人、紅の女が佇んでいる。
「あ、あなたは……」
「メリー・テラフォン、それが私の名だわ」
「メリーさん……」
「そういうあなたは?」
「ミュウっていいますにゃ」
メリーと名乗るその女は、屈んだミュウに手を伸ばした。
それを善意と受け取るミュウは、差し出された手を握り返そうとするものの、メリーの腕はぐんと首元まで伸びて、ミュウの身を纏う布の服の襟を掴み上げた。
「ミュウはオロチの配下なの?」
「ち、違うにゃ! ボクは近くの猫多羅村に住む、ただの村猫娘だにゃ!」
ぶんぶんと首を横に振るミュウは、無関係であることを必死に示した。
メリーはミュウの琥珀の瞳をじっと見つめると、不意に胸倉から手を離して、ミュウはその場に尻もちを着いた。
「だったらいいわ。とっとと私の目の前から失せて頂戴」
背を向けたメリーはあてどなく荒野を歩みはじめる。
その背を見つめるミュウは息を吞むと、勇気を振り絞って声を上げた。
「メリーさん! 折り入ってお願いがあるんだにゃ!」
しかしメリーは聞く耳もたず。ミュウは二足で駆け出すと、立ち去るメリーの背中を追って手を伸ばした――その瞬間。
振り返るメリーはミュウの手を攫い取り、その顔は烈火のごとき怒りを湛える。
「私の後ろに立つんじゃないわ!」
「は、はいですにゃ!」
尋常ならざる迫力を前にして、ミュウのお股はきゅんと縮まる。
「それで何? くだらない問答なら聞く気はないわ」
「その、メリーさんのお力を見込んで、ボクの村を救って欲しいんだにゃ」
「村を救う……それはオロチに関係することなの?」
「は、はいですにゃ。ボクの村はオロチの支配下に置かれていて、それはもう酷い扱いを受けているんだにゃ」
腕から手を外すと、次にメリーはミュウの慎ましい胸に指を突き付ける。
「餓鬼のような雑魚なら用はないわ」
「いや……違うにゃ。餓鬼が大半だけど、その上に立つボスがいるんだにゃ」
「……誰かしら」
唾を呑み込むとミュウの、震える唇が僅かに開いた。
「雪女……凍てつく笑みを張り付けた、ネージュ・フリージアが村を搾取するボスなのにゃ」
「雪女、ネージュ・フリージアか」
胸に手を置くと、メリーは深紅のドレスから取り出した紙巻たばこに火を付ける。
「案内して頂戴。ただし私の隣を歩くこと。前を歩かれると、背中を無性に襲いたくなってしまうの」
「でもさっきは後ろもって……」
メリーが一つ息を吹くと、たばこの煙がミュウの鼻を突く。
「後ろに立つのはもっと許さない。背後に立つのはメリー・テラフォンただ一人」
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