山の港町(3)
店を出てから半時間は過ぎただろうか。ハンドルを握る手に汗がまとわりついて滑りそうだ。
女寄の峠を越えるには小さすぎるエンジンが、フル回転している。スペックとしては平地で五十は出るB.C.JOG。それでもオーバーヒートギリギリで二十程しか出ない長く険しい坂。本来ならここは通らなくてもいいほど、通るのがおかしいほどの遠回りなのだが、久々の味を堪能して懐かしい気持ちになり気付けばここを走っている。
峠を登り切った先、女寄トンネルを抜け、少し開けた平地へ出る。そこからさらに山へと向かう、バイクでは少し遠い場所に私は住んでいる。途中小停止を挟みながらあと一時間もすれば着くだろう。最短で抜けるより倍はかかるが久々の小旅行だからまぁ良い。
でも、私の心に清々しさは不思議となかった。
いつも、何をしようにも。この坂のように前に進もうとも常に後ろへ引っ張られる。それにあの頃とは馬力も違うマシンで必死に進むものだから、速度も出ないのに負荷も燃料も余計にかかる。逆に進めたらどんなに楽だろう、もしここで戻ればあの頃と同じ速度で走れるのに。スリルがあって、でも爽快で。夕日を背に走るより、進みゆく時間に逆らって走る方が余程楽にも思えてくる。でも、それは出来ないのだ。どんなに楽だろうが楽しかろうが、懐かしむことで少し戻れてもそれは過去でしかなく、あの人もいない。結局現実に帰らないといけない。そのために、この長い坂を登らないといけない。
だから、私は止まった。止まることを選んだのだ。